第十二話「魔王城の庭園、風の遊戯」
魔王城の中庭は、今やかつての「処刑場」としての不気味な静寂を完全に失っていた。 私は執務室の窓から、眼下で巻き上がる砂埃を眺めていた。そこにはネルとミア、そしてあの日以来すっかり常連となった下級魔族の子供たちが、種族の垣根を超えて走り回る姿がある。
子供たちの遊びは、魔族流の「模擬戦」に近い追いかけっこだ。ミアたちが翼や尻尾、あるいは魔力を補助的に使って立体的に動く中、ネルは短い足を必死に回転させ、泥にまみれてその後を追っている。
「……ザルガス様。あんなに激しく動いて、ネル様の肺が潰れてしまわないでしょうか」
いつの間にか隣で窓枠をミシミシと鳴らしているのはリリスだ。彼女の視線の先で、ネルが派手に転倒し、地面を二、三回転した。 私が無意識に窓を蹴破って飛び出そうとした、その瞬間。
「あはは! つかまえたー!」
ネルは泣くどころか、土まみれの顔で快活に笑い、ミアの尻尾をがっしりと掴んでみせた。
「……案ずるな。あの娘は、我らが思うよりずっと、この世界の空気に馴染んでいる」
庭園の隅、枯れ木の下には白い骨の塊――モルテが鎮座していた。彼は「死霊魔術の無駄遣い」と称しながら、魔力で極限まで冷やした果実水を魔法のカップに並べている。 その隣には、氷の魔剣を杖代わりに、一分の隙もなく直立するゼオラの姿。彼女の周囲だけ、警護の熱気で気温が数度下がっているようだ。
魔王軍の最高幹部たちが、たった一人の幼女の「鬼ごっこ」を、最終戦争の戦略図を見るような目で見守っている。この光景こそ、どの戦場よりも異様であり、そして――何よりも尊い平和だった。
「おじちゃーん! リリスおねえちゃーん! 見ててねー!」
ネルがこちらを見上げ、ちぎれんばかりに手を振る。 リリスは顔を真っ赤にして「見てますわよー!」と窓から身を乗り出し、ゼオラは気まずそうに視線を逸らしながらも、わずかにその頬を緩ませていた。
子供たちの笑い声が、城を覆う重苦しい瘴気を浄化していく。 私は、ネルの眩しい笑顔を網膜に焼き付けながら、静かに己の剣の柄に触れた。
この小さな遊び場を、明日の約束を守り抜くこと。 それこそが、魔界最強と謳われた私に与えられた、生涯で最も名誉ある任務なのだと、改めて魂に刻み込むのだった。
あのね、ネルね、きょうもいーっぱい走ったんだよ!
ミアちゃんたちのしっぽを捕まえるの、すっごく大変なんだ。 でもね、転んでお顔が泥んこになっても、全然痛くないの! おじちゃんたちが窓から見ててくれるし、モルテおじいちゃんが冷たいジュースを用意して待っててくれるから!
ゼオラおねえちゃん、立ってるだけでかっこいいんだけど、ネルが手を振ったら、ちょっとだけ「ふふっ」って笑ってくれたんだよ。ネル、見逃さなかったんだから!
おじちゃん、お空が赤くなるまで遊ばせてくれてありがとう。 ネルね、このお城のみんなと、ずっとずっと一緒に遊びたいな。
明日は、今日よりももっともっと遠くまで走ってみるね!




