第一話「泥の中の光」
鉄の匂いが鼻腔を突く。
それは、返り血か、あるいは静まり返った廃村に漂う死の残り香か。
魔族の重騎士、ザルガス。
漆黒の甲冑に身を包んだその巨躯は、月明かりを浴びて不吉な影を地に落としていた。
彼の行く手には、かつて「希望」と呼ばれたものが、無残な瓦礫となって転がっている。
その時だ。
「……あ、う……」
不快な音だった。
死に絶えたはずの村で、あってはならない「生の響き」。
ザルガスが足元の瓦礫を、無造作にその巨大な篭手で撥ね退ける。
そこにいたのは、泥にまみれた、一人の幼女だった。
名は知らない。
ただ、その瞳だけが、暗闇の中で異様なほど澄んでいた。
(殺すべきだ)
ザルガスの本能が囁く。
魔族にとって、人間は餌か、あるいは駆逐すべき害獣に過ぎない。
彼はゆっくりと、腰に帯びた大剣へと手をかけた。
鞘が擦れる鋭い音が、夜の静寂を切り裂く。
だが、幼女は逃げなかった。
それどころか、震える小さな手を伸ばし、ザルガスの血に汚れた甲冑の指先を、ぎゅっと握りしめたのだ。
「……ぱ、ぱ?」
その瞬間、ザルガスの思考が凍りついた。
殺戮を繰り返してきた彼の剣が、たった一言の、熱を持った呟きに敗北を認めた。
「……私は、貴様の親ではない。……ましてや、救い主でもないぞ」
吐き捨てた声は、自分でも驚くほどに掠れていた。
ザルガスは剣から手を離し、自分を繋ぎ止めるその小さな、あまりにも脆い指先を見つめ続けた。
これが、呪いか、あるいは救済の始まりか。
魔族の騎士と、人間に見捨てられた少女。
相容れぬ二人の歩みが、ここから静かに、そして残酷に刻まれ始める。
第一話あとがき
えっと、ネルがかきます。
あの日は、とっても雨がふってて、寒くて、もうだめかなって思ってたの。 周りはまっくらで、こわい音がいっぱいして……。
そしたらね、森の中から、すっごくおおきな「山」みたいな人があらわれたんだよ。 ツノがあって、おめめが赤くて、最初はちょっとだけ、びっくりしたの。
でもね。 おじちゃんの手、ネルがさわったら、すっごくあたたかかったんだよ。
おじちゃんは「さわるな」みたいに言ってたけど、ネルをぎゅってしてくれたの。 おじちゃんの大きな服、あったかいお布団みたいで、いいにおいがしたんだ。
ネル、おじちゃんについていけば、もう一人じゃないんだなって思ったの。 これから、おじちゃんと一緒にいられるのかな。
ネル、がんばるね。
ザルガスより (……こら、ネル。勝手に私の書状に書き込むなと言っただろう。それに「山」とは何だ。私は魔王軍の将軍だぞ。……まあ、あの日、お前が私の手を離さなかったのは事実だがな。……フン、勝手にするがいい)




