朝は危険に溢れてる!
ヨレヨレの格好の若い女性がビール缶片手にベランダに出てきた。
開封するときのカシュッって音がたまらんのよな。
せっかくの平日休み、ベランダに出てビールを飲む。
愚民どもが働き蟻の如くせかせか動いていてとても気分が良い。良すぎて日課の高笑いも捗ると言うもの。爽やかな朝と人々の賑やかな声の組み合わせにはリラックス効果があるに違いない。もう一本飲もうかな。
その時、突如響き渡る爆音!
音のほうに目をやると、見覚えのある布きれが空を舞っていた。
「だから言っただろう。この愚弟が…」
ビールじゃなくて焼酎を飲むことにした。
ことの始まりは戦後の日本人が心身共にクソ雑魚になってることに嘆いた政府が、子供の頃から自然と鍛えられるように町中の至る所に試練を仕掛けた事が始まりである。
※この世界の政治家はみんな心身ともにゴリマッチョ。
それに感化された近所の元工作兵のおじいちゃんが暇つぶしに試練をアップグレードしたり、民間からの武器・火薬の寄付、現役引退したサムライ達による襲撃ボランティアなどなど…
多くの人々の善意によって、今日も日本の未来を担うor担っている人達は鍛えられているのであった。
なお試練の時間は朝の通学・通勤時間なので、その時間帯は海外観光客は外に出ない。だって危ないし。
※国は子どもに安全な社会を目指しているので、年齢によって作動する罠が違います。
そして現代。
「いやああ!ポチにマイクロビキニが着せられた!!」
「電柱のトリモチにランドセルが!取れないよ、このままじゃ僕遅刻しちゃうよぉ!」
「なっ!今日の会議の資料に時限爆弾だと!時代遅れの老耄ニンジャ共が!」
数多の阿鼻叫喚の中を典敏は滑るように突き進む。
「フン、バカ共が多くて助かるぜ」
彼は高校一年生になったばかりであるにも関わらず、年齢ごとに難易度が上がる妨害をスカした態度でかわしていた。
降り注ぐハトの群れを避け、二択クイズに挑み、回転式の壁にドアストッパーを設置する。
実は典敏はニンジャの家系であり、中学卒業後からの数日間、訓練を受けていたのだ。
「これじゃ俺が登校1人目になっちまう。やれやれ、目立ちたくないんだかな…」
嘘である。すごく目立ちたい。キャーキャー言われたい。アニキー!って言われたい。
確かにニンジャたるもの陰になるべしといわれたが。どこか陰のあるイケメンニンジャならまあ合っているだろう。
だがお姉ちゃんが昨日言っていたことがどうにも引っかかる。
─────典敏。中二病で目立ちたがり屋のナンチャッテニンジャ代表といっても過言ではないお前は初日こそ見せつけるように罠を避けたいだろうが、それは絶対にやめておけ。
(余計なお世話だっつーの!それにニンジャとかマジで目指すわけないじゃん。)
お姉ちゃんはダサいといって都会のOLをえらんだが、自分がなりたいのは副職ニンジャだ。正体を隠し、昼と夜の姿を使い分けるとかあまりにもカッコよすぎる。
そうこう考え事をしているうちに、高校が見えてきた。よく使われる道路なだけあって罠の数もとんでもない事になっている。
小学生ぐらいのチビが靴がどろどろになって泣いている横で会社員がレーザービームを最小限の動きで避けているし、少女がダーツを投げている後ろでは散歩中の犬が気絶している飼い主の上に立っている。
試練の大渋滞だ。
そのとき、殺気を感じ即座に屈むと頭上を何かが通り過ぎ塀に突き刺さった。
「なっ!棒手裏剣だと!」
典敏だって年齢ごとに罠の難易度が上がるのは知っているが、高校一年生にこれはあり得ない。
おかしいとすぐにその場を離脱するが、数々の妨害によりいつの間にか人気のない裏路地に誘導されてしまった。
「誰だ!姿を現せ!」
「ククク・・・」
「いや、そんなすぐに出てくるなよ」
姿を現すように言ったのは自分だが、テンポが速すぎる。あまりにも早すぎてもはや不気味に感じる。
そこにはTHE・NINJAでござい!みたいな服装の男がいた
「アンタが今日の俺の試練ってやつか?ずいぶん贔屓してくれるんだな、ニンジャ野郎。」
「おまえ、高校生になって今日が初めての登校日だろう。随分と目立っていたぞ?・・・哀れな奴め」
「哀れ?何のことだ?」
目立っていたことを馬鹿にされているのかと思いきや、奴は結構ガチトーンで言っている。
「お前はこの試練について何の疑問も浮かばなかったのか?」
「何って・・・。国民を強くするためのはた迷惑な訓練だろ。」
「それはあくまで副産物で、本来の目的はふるい分けだ」
このたわけ、と急に悪態をつかれた。
ムカつくものの、ここは俺が大人にならなければなるまい。
「ハイハイ、そんであんたは何のために俺をここに誘い込んだってわけ?今から高校の入学式なんだけど?」
「お前は目立ち過ぎたんだよ。戦いの素質あり、でも隠忍は無理。オメデトサン。陽忍科かサムライ科のどっちかだね」
「ハァ?ふざけんなよ!」
その言葉とともにこっそり回収した棒手裏剣と爆竹を投げつけるが、当たらない。
「未熟者、お前にこれはまだ早い。」
難なく避けられて悔しいが、それはそれ。本来の目的は違う。
目標は奴の後ろ、ガスボンベ。穴が貫通し、ガスが漏れ出る。そこには火のついた爆竹がある。
それに気が付いたニンジャ野郎が目をかっ開くがもう遅い。
だがそれを最後に俺の意識は途切れたのであった。
気絶させた典敏を片手に抱え、爆風に事前に決めていた合図の布をのせて上に飛ばす。
「まったく、お前の姉とは本当に正反対だよ。」
男の脳裏によぎるのは酒カスくのいちとの異名を持つ典敏の姉である。昼と夜の姿を鮮やかに使い分ける様は隠忍そのものだ。
隠忍になってほしいと酒カス女は言っていたが、その願いはかなわない。あと時間的に遅刻確定だしちょっと悪かったなと思っている
ル~ルルル~とどこからか悲しげなBGMが流れる。
※提供・マダムくのいちの会より
因みにこの男は、昼は教師、夜は忍者。どこか陰のあるイケメンである。典敏はこの男を参考にしたほうが理想への近道であることに気が付く日は来るのだろうか。