第四話
店近くで出会い、仲良くなったつるりん系モンスターのことをギィと呼ぶことにした。いつも「まぎぃ」とか「みぎぃ」とか語尾にぎぃが付いてくるからである。いやー、かわいいなギィ。初めてできた友達かもしれない。ギィを胸に抱えて歩く。少しひんやりして気持ちいい。胸の奥のわだかまりもギィを抱っこしていると安らぐ気がする。
とりあえず、先ほどはひどい目に合わせてくれたマーダさんのもとに向かわなければいけない。ひどいことをしてくれたとしても、給料も住処も飯もいただいているのだ。なにぶん文句が言えないのである。
「ただいま帰りましたよ店長!」
「別に待ってないけどな。まあ無事ならよかった」
自分から魔法打ち込んどいて無事でよかったと言い切るマーダさん。これが乙女心というやつなのだろうか。
もう怒っている様子ではない。
マーダさんはいつも通り、帳場の椅子に座って、タバコを吹かしている。
「その、さっきはすまん。お前が急に情けないこと言いだすから」
「え、いやいや、自分こそすいません。変なこと言っちゃって」
マーダさんから謝ってくれるとは、予想外だった。いつも俺を奴隷のように使っている癖に、どうやら良識はまだ忘れていないようだ。
俺も社会人として随分と恥ずかしい行為をしてしまった。あんな醜態は本来、人様に見せていいものではないのだ。心の中で強く反省する。
「まぎぃ!」
お互いが謝罪し、うまくまとまろうとしている空気をぶち壊すように、ミキヤの腕からギィが飛び出してきた。ギィは怒った様子で、マーダさんにめがけて一直線だ。
「待てギィ!その人とはもう仲直りしたんだ」
ギィが自分のために憤慨してくれているのだとミキヤは直感的に理解できた。
マーダさんは首を少し右に傾けるだけで、ギィの体当たりをよけた。
「マーダさん!大丈夫ですか!」
「ああ。私は平気だが…もしかして今の奴ってお前をさっき襲ってたモンスターか?」
「はいそうです。でもあいつ実はいいやつで、治療してあげたら機嫌直して俺の友達になってくれたんですよ。だから…」
ミキヤの言葉を聞き終えるとすぐに、マーダさんはギィが飛んで行った方向へと走り去った。そしてギィをつまんで持ち帰ってくると(マーダさんは指先に少し魔力を纏うことで滑りやすいつるりん系モンスターの体を掴んでいる)、血走った眼をガっと見開いた。
「こいつ、…………幻獣だぞ」
マーダさんはボソッと言った。
「幻獣?なんですかそれ?」
ミキヤは知らなかった、仲良くなったばかりのモンスターが数百年に一度しか現れないような超ド級のモンスターだということを。
「こいつは幻獣ヌメルシス。数百年に一度、つるりん系モンスターのふりをして地上に現れ、一度決めた主人に死ぬまで付き従う。知能はモンスターのくせに人間並みで、あいつの主人になってしまった人間はどんな奴でも大魔術使いになれるくらいに魔力量が増大する。モンスターというよりも兵器だよ」
「なな、なんでそんな奴がこんな田舎の魔道具店に!?」
「幻獣の考えていることなんかわかるか!とにかく今から逃げるぞ!」
マーダさんはまるで家出でもするかのように店の中のあらゆるものを魔法で仕舞い始めた。
「どういうことですか。マーダさん!」
「話はあとだ!いずれここに魔術師が来るに違いない。そうなったら終わりだ。私の魔法なんかで太刀打ちできる相手じゃない。いいか。とりあえず、このヘンテコモンスターだけは絶対に離すな!」