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10 忍び寄る影

「食堂で昼食とろうか」

「そうね」


 テニウスの提案にクロエが頷き、カルミアも同意する。ゼランは無言だ。けれども不服そうでもないので、四人は食堂に向かった。


 水の神殿の造りはほぼ火の神殿と同じものだった。

 火の神殿に女性の神官しかいないように、水の神殿は男性しかない。けれども女性禁制というわけではない。特に水の神殿は規律が緩く、夜を外で明かすことで罰を受けることもない。

 さすがに部屋に女性を連れ込むことはできないが、参拝目的等で女性が水の神殿を訪れることは珍しくなかった。

 和平が結ばれ火の神官も定期的に水の神殿を訪れ、交流をしている。その逆もしかりである。

 

 食堂に入ると、四人は一気に注目されたが話しかけてくる者はいなかった。

 遠目に見られながら、トレイを取り列に並ぶ。 

 料理人が二人で、トレイにパン、スープ、卵料理などを載せていく。主菜は日替わりということで、今日は魚料理だった。


「さて、祈ろうか」


 席に着いた四人を見渡し、テニウスがそう言い、四人は目を閉じる。

 火と水、祈る神は異なるが戦争が終わって五十年、歪み合うことは少なくなった。


「クロエさん、よく食べるねえ。栄養は全部胸にいっているんだろうね」


 テニウスの軽口は変わっておらず、クロエは相手にするのも面倒とばかり無言で食事をしている。カルミアはゼランを気にしつつ、パンに齧り付いていた。


「美味しそうに食べるな」


 真向かいに座ったゼランにふとそう言われ、カルミアは動きを止めて見てしまった。


「すごいほっぺただな。冬籠りでもするのか?」


 咀嚼する前なので、口の中にパンをたくさんに詰め込んだ状態のカルミアは、まさにリスそのもので、ゼランの言葉にテニウスが先に吹き出した。釣られたようにクロエも笑い出し、カルミアは頭に来てすぐに飲み込もうとした。それが間違いで、むせてしまう。ゼランは咄嗟に水の神石のかけらを使って、水の入ったコップを出現させる。

 カルミアは渡されたそれを無我夢中で飲んだ。


「え?飲んでもいいの?」

「うん。多分大丈夫だよ」


 クロエが驚き、テニウスが歯切れ悪く頷く。


「私の作り出した水は飲める。安心しろ」


 ゼランがそう言うので二人は黙るしかない。息を詰まらせそうになったカルミアはそれどころではなかった。命拾いしたとばかり胸を撫で下ろす。


「大丈夫か。すまんな。私がおかしなことを言ったせいで」

「こほっ。いえ、ゼラン王子は関係ありませんから」

「王子とまた言っているな」

「す、すみません」

「まだ水は飲むか」

「はい」


 カルミアの返事を聞いて、ゼランは再び水を作り出す。それをありがたくいただいてから、カルミアはゆっくりと水を飲む。

 普通の水と異なるそれはとても冷たくて美味しかった。


「カルミア。あなた、勇気があるわ」

「う、うん」

「失礼だな。私の水は飲めるのだ」

「はい。美味しい水ですよ。とても。ゼラン、様ありがとうございます。お二人も味見しますか?」

「え、遠慮しておくわ」

「俺も」

「そうですか?」


 カルミアは二人の返事を聞くと、水を飲み干し空っぽになったカップをテーブルに置く。するとそれはパリンと割れて消えてしまった。


「き、消えた?」

「正確には溶けたのだ。私が空気に溶け込むように調整した」

「そんなこともできるのですね。すごいです」

「……すごくなんてない」


 カルミアの褒め言葉に、ゼランはそっぽを向いて答えた。


 ☆


「クックック。水の神殿を訪れた火の神官が王女カルミアとな。都合が良すぎて笑いたくなるぞ」

「ゼラン王子の邪魔が入り襲撃は失敗してしまいました。次の計画はじっくり詰めていくつもりです」

「そうするがよい。ついでにあの忌まわしい娼婦の子も処分してくれれば最高だ」

「処分は無理とも、神殿から追い出すことができます。王宮に居場所もないので路頭に迷い、死に絶えるでしょう」

「わしの誘いを断ったことを後悔すればよいのだ。娼婦の子の分際で」

「計画通りいけば、火の神殿と水の神殿は争い、それは国全体に広がるでしょう。和平は崩れ両国の関係は五十年前に逆戻りです」

「わしが望む世界だ。我が祖父は水を操り、何百人もの神官や兵を葬ったと聞く。さぞかし楽しかっただろうな。神官にならなくても、こうして神の力は使える。神はわしの味方よ」

 

 恰幅のいい男は、青色の小さな石を右手で掴み、左の手の平を仰向けにする。すると手の平に小さな氷が生まれた。

 男は生み出した氷をコップに注ぎ、煽った。

 

「ああ、待ち遠しいものだ」


 男の名前は、ゾルク。王の異母弟であり、二代先の大神官の孫でもあった。現在彼は公爵であり、領地は王都から離れた場所にある。恵まれた土地で悠々自適に暮らせる。しかし、彼は権力を欲した。祖父から戦争の話を聞き、心を躍らせた。

 彼は両国を再び戦時下に戻し、異母兄を王位から追い落とし、自らの手で王冠を手にしたかった。

 戦争で名声を得て、それを糧に自身の支持者を増やし、王位を奪うつもりだった。

 そのため、和平のための両国王族の婚姻を潰したかった。

 機会は転がり込んできた。

 それを利用して、戦争状態に持っていく。

 野望を叶えるため、彼は己の駒を動かした。






 

 


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