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僕らはただ、夜風に泣く。  作者: 霜月コトハ
3/3

第3夜 夜が喰らう喧騒

僕が溜まり場(ここでは「あの場所」と呼ぶことにする)に行くのは、週に3〜4回だった。アルカさんは週に1回。コハネさんは大体いつもここに来るので、僕があの場所に行く日は、毎日僕の家の前で待っていてくれた。

 僕はそんなコハネさんと二人で、あの場所へと向かうのである。

 

 ある日、アルカさんがいつもより少し早い時間帯から、あの場所にいた。

「あれ、アルカさん。今日は早いですね」

「たまたま早く来れたんだ」

 彼女が珍しくシラフなことに驚いている間もなく、彼女は僕にお菓子とジュースを出してくれた。

「とっとと食え。ロールケーキだからすぐ腐っちまう」

「週一のペースでしか来ない場所に生菓子を置いとかないでください」

「るせぇな。大家にもらったんだよ」

「誰にもらったって関係ないですよ」

「…お前、嫌な奴だよな」

「僕からしてみれば、人にもらったものを大した工夫もせずほっぽっておく人のほうがよっぽど酷いと思いますよ」

「…ほんと理屈っぽいなお前」

 彼女は両手を上げて降参の意を示すと、僕に「ほいっ」とプラスチックのストローと紙皿を渡し、その上に切ったロールケーキを乗せた。

「…一応、冷蔵庫に入れといてあったけど。…もし傷んでたら、ごめんな」

 彼女は俯きながら、詫びの言葉を口にする。

 この2ヶ月で分かったのだが、彼女は豪胆なように見えて、意外と繊細な人だ。

 だからこうやって、些細なことでも気遣いをするし、自分のミスはしっかり謝る。

 こういうところが、僕が彼女を好きな理由である。

「…お前、声に出てる」

「え、マジですか」

 どうやら僕は、思ったことを口に出す癖があるらしい。

 今回もその例に漏れず、妙なことを口走ってしまっていた。

「一応言っとくけど、私彼氏いるからな?」

「この前聞いてたので知ってます」

「彼氏持ちの女にあんまりそういうこと言うもんじゃねぇぞ」

「何を言ってるんです」

 僕の言葉に、彼女が眉を顰める。

「今は夜ですよ。お互いの『昼』には干渉しない。それがマナーってもんでしょう」

 彼女はその言葉に、「なるほど、一理あるな」と応じた後、ニヤリと笑って、

「んじゃ、私がお前の『夜だけのカノジョ』になってやってもいいぞ?」と言う。

「あ、じゃあよろしくお願いします」

「待て待て待て待て」

 彼女は顔を真っ赤にしながら、ブンブンと手を振る。

「ナ、ナシだ、今のはナシ!」

 意外と男女関係に関しては硬派なアルカさんだった。

「ハハハ、冗談ですよ。まぁ僕も付き合えたら付き合えたで嬉しいですけど、いかんせんさっきの表現はなんか卑猥な感じがしてアレですから」

「名前が卑猥じゃなかったらOKなのかよ⁉︎」

「冗談ですよ」

 ハハハと笑っていると、後ろから凄まじい殺気を感じた。

「アルカさんに乱暴したら、どうなるか分かってますね?」

 後ろに立つコハネさんは、手に持ったコロコロ(カーペットの汚れをとるときに使うアレ)を上段に構えている。ガッツリ臨戦態勢だった。

 僕はその日一番の恐怖を感じ、発言を瞬時に撤回したのだった。

 その後、僕らは3人でお菓子を摘んだり、コハネさんのダンスの練習に付き合ったり、テレビゲームで遊んだりと、有意義なひと時を過ごした。

 そうして、3時ごろに解散する。

 アルカさんが早く来ていたことを除けば、これがいつも通りである。

 僕らの夜は、安らかで騒がしい、退屈とは無縁の世界だ。

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