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宙に名を刻め【完】  作者: 壱原 棗
宙に名を刻め
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優等生の悪巧み

◆ナルムクツェ・アロ

魔術学部 黒魔術学科 教師 黒曜館寮監

エトと同期着任で、二人の間にはトラブルが絶えない

©️一倉エマ様

***


「一部の式典のダンスで、生徒以外と踊るにはどうしたらいいんですか」

「っ!?…ゴホッ!……お、おぉ」


 帰寮したリアンは寮監室の窓際で煙草をふかしている寮監にそう問いかけた。目を見開いて一度せき込むと、黒曜館の寮監_ナルムクツェ・アロはもう一度その人物を見据えた。


「ふはっ、これはこれは。本学随一の優等生がまた、どういう風の吹き回しで?」

 

 心底面白いものが始まるといった様子でにやついた顔を隠さずに、手元のプレートに持っていたそれをジュッと押し付ける。長い指先でひとつ弾くと瞬く間に消滅した。面白がられることを前提にされた空気でリアンはこのまま帰りたくなった。


「ちょっと、思うところがあって……」

「意味深に言うことか?どっちにしろ、お前には踊る義務がある。相手がだれであってもだ」

「はい」

「その相手は誰であっても問題ないと俺は思ってる。“同意”さえ得られていればな」

「……」


 いざ面と向かうと口ごもってしまい、ド正論パンチをノーガードで食らう始末。文字通り優等生のリアクションをするリアンにナルムクツェは少々同情した。口をつぐんで眉を下げる様子はまるで迷子のようでやれやれという気分になる。


「OBとして言えることは、お前みたいにバカ正直……悪い、正攻法じゃない__スリルを楽しんでるやつの方が毎年多いってことだけは言ってやる。月に数回来る制服のテーラーを落したやつもいれば、カフェテリアのウエイトレス諸々を射止めたやつもいる。こちらも問題にさえならなければ目をつぶってやってるしな」


「は、はぁ……」

「突っ走るのは良いこともあるが、せいぜい“逃げられない”ように“外堀”だけは埋めておくことだ」

「“外堀”……」


 勤勉な生徒らしく、なるほどと納得した様子にこれがおかしな状況であることがスルーされつつある。別に女の口説き方を教えているわけではないし、健全な生徒もといOB代表としてルールの抜け道を教えてやっているのだからセーフだろう。これが真珠館のお堅い寮監_パーシヴァルだったら、一発目の発言で出禁が確定していたところなのだから。


「“Nova”だっけか?天才を囲うあの国らしいが、随分なことじゃないか。お前は才能を開花させたんだよ、正しくな」

「……恐縮です」


 ストイックで他人に厳しい寮監の珍しく率直な誉め言葉に、リアンはなんだか泣きそうになった。周囲に認めてもらう努力はし足りないと思っていたから。


「最後に教師として言ってやるが、お前はまだガキでいい。いくら立場を確立できたとして、その短い生で獲得したのはせいぜい膨大な知識だろ。経験はまだまだこれからだ。だからな、羽目くらい外してもいいぞ。失敗したら尻ぬぐいぐらいはしてやるよ」


 どことなく嬉しそうな様子でナルムクツェはリアンの髪をわしゃわしゃとかきまぜた。この人は教え子を飼い犬と何かと勘違いしていないかとリアンは少々不服だったが、もらえた賞賛と許可にこれが最後だと思って照れながらそれを享受した。


***


「メイプル、俺と取引しないか?」

「お??おやおや~?熱でもあるんですか!?リアン先輩が私にそんなこと言う日が来るなんて!!いつもちょっとした賭け事だって乗ってこないのに!?」


 休日明けの昼休み、東塔の食堂でリアンは目的の人物の前に座って声をかけた。メイプルは学部違いの先輩がここにいることへの驚きよりも、投げかけられたワードに食いつく。トレジャーハンターを夢見る少女の好奇心を大いに煽った。


「聞きましょう。内容は?」

「プロムの前にやる第一部の式典にパートナーとして潜り込んでほしい」

「ははーん、もしかしてあれから心変わりがあったんですか?」


 「踊ってくれ」と言わないということは自分は踊る必要がないのだとメイプルは勘付いた。もしかしたら、己の欲望が叶う一端を担えるってこと?とメイプルは心躍らせた。許してくれ先輩、最後にオタクの欲望に忠実でもいいじゃないか。


「……最後にいたずらしてやろうと思って」

「式典でいたずらですか。先輩は優等生ですからハードル高そ~~で、報酬は?」

「魔力鉱物学のテスト対策ノートと俺の提出レポート、プロムの日ごはん奢る」


 用意がいいなあとメイプルは感心した。自分が揺らぐ要素をきちんと網羅している。だが優等生ゆえにズルの詰めが甘いと、なぞの立場からそれを評価した。二度とない彼に対して優位に立てていることを一瞬くらいは悦に浸らせてほしい。


「先輩のレポート引用したら速攻でバレて私が怒られますって!もう一声?」


 にんまりと笑ってそう告げると、リアンは難しそうな顔をして黙り込んだ。何かを渋るように言いかけて閉ざすを繰り返して百面相をし出す。学年の違う、そして所属寮や学科も違う自分が差し出せる彼女にとって魅力的なものとは。


「鉱物の売り先……紹介する」

「ハイ、交渉成立♪高級ランチ奢ってもらお〜!推しカプ万歳♪」

「やめて、ソレ」


 ぎゅっと手を握って成立を約束する。向けられたにっこりと含みのある笑顔ほど怖いものはない。味方にするのは心強いが、望んだ結果が得られるのかが重要だろう。自分にそんなつもりはない。

 ただ、一人の恩ある天才が願ったことを、叶えてみたくなっただけだ。


***


 魔術工学部の生徒は無事試験を終えて、ようやくエトの周囲も落ち着いてきて卒業の雰囲気が一気に加速した。ゼミ生は卒業する先輩たちへの贈り物やら何やらを、研究室で楽しそうに準備をしている。


「エトせんせーーー!お荷物届いてますよ」

「んん??なあに?」

「きれいな箱ですからプレゼントでは?」


 工具や器具の金属音の響く中、大声で生徒に声をかけられる。作業を止めてグローブとゴーグルを置くと、店頭のディスプレイの一部のような完璧なリボンをかけられたそれを解いた。箱の中から出てきたのは、5センチほどのシンプルな飾りのついたハイヒールだ。


「キラキラして可愛いね~」


 シルバーの控えめな光沢がきれいで、エトはニコニコして箱をひっくり返した。カードが一枚ひらりと落ちる。


『この前ヒールが折れたって叔母上から聞いたから、僕とピーアニーで選びました。自動色調節の魔法がかかってるからどのドレスでも安心だよ』


 贈り主は卒業生のヨハネス・リュバンだった。彼は卒業後美術商である家業を継ぐために、学生時代はずっと隠していた婚約者と一緒にリュバン家で暮らしている。拠点はここアラステアであるため、彼の叔母が経営しているアンティークショップで婚約者共々リュバン家とはなにかと縁がある。

 エトは以前、女店主のカトレアにお茶に誘われた際、靴についてぼやいたのを思い出す。歩き慣れて重宝していた靴だけにただ寿命が来たのだろうが、出先で折れてしまったのは不自由した。共同研究者にはさんざん笑われたし、その彼女に靴を借りたのは苦い記憶だ。いくら滅多に履かないからといっても、足に違和感があるといつも以上に集中できないから厄介である。


「一緒に選んでくれたんだ。仲良くやってるみたいでよかったよ~」


 カトレアの店で婚約者のピーアニーに会うことも増えた。初めて会った時のようなぎこちなさはなく、彼女はリュバン家にうまく馴染めているようだった。最近はケンカしたとかちょっとした愚痴もこぼせるくらいには心を許しているみたいだ。

 試しに足を通してみるとサイズ調整の魔法もかかっているのか、普通に買った靴とは履き心地が違った。


「せっかくだし、式典で履いてっちゃお。お礼考えておこ~~っと」


続きは明日の18時に更新します

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