浮き足立つ周囲
「リアン先輩!好きです!!付き合ってください!!」
「ええ、っと……」
リアン・アスターは今月何度目かの場面に息が詰まった。
「先輩が卒業しちゃうってわかってます!迷惑はかけません!飛び級するって聞いた時からわかってた事なのに、いざその日が来たら我慢できなくて」
プロムは基本、男子が女子を誘うことがマナーとされている。そして女子はパートナーに選んでもらうために意中の相手にアピールをすることが多いのだ。パートナーだけにとどまらず、浮足立つ雰囲気は告白のシーンを多くさせる。
目の前で頬を染め思いを告げてくる少女は確か、図書委員のメンバーだ。加えて学科首席は第一部のダンスを踊ることが必須とされているので不参加はできない。首席として名が知れ渡ってる以上、リアンの参加は確定なのだ。すでに恋人やパートナーがいれば丁重に断ることができるがあいにく今のリアンには手札がなかった。
「本当に申し訳ないんだけど……俺、卒業したら遠くで働くことが決まってるし、君の気持ちには答えてあげられないんだ」
じぃっとのぞかれる潤んだ視線から逃げるように、リアンは明後日の方向を見た。声が震えそうになるし、なんだか息が苦しい。リアンはこういう状況が本当に苦手だった。ヨハネスは一体どうやって切り抜けていたんだ!と脳内でツッコミが起きる。いや、彼が特殊なだけだ。世間一般ではこういう時は気まずい思いをしているに違いない。
「わたし、我慢してみせます!勉強も頑張るから!!」
「んん……」
なんて支離滅裂なのだろうとリアンは閉口した。ついさっき我慢できずに思いを告げてしまった少女が、今度は我慢を宣言している。
ヨハネスほどの回数ではないにしろリアンは彼とは違い、ひとつひとつが深刻で重たいことが多い。向こうも悩みに悩んだ末に楽になりたくて思いを告げてくる節がある。リアンは毎回その思いたちの介錯に苦しんでいた。
本格的なインターンが始まる前は、恋人がいたこともある。いや、恋人と呼ぶにはいささか熱のある間柄ではなかったと記憶している。
いわゆる気の合う女友達の延長で、休みの日に出かけたりすることが多くなって流れでそうなった。お互いがゆっくりとその時間を大切にしていたと思う。でも学生たちが熱狂するような、恋に落ちるようなことはなかった。勉強が好きな、好奇心旺盛な学生同士。夢中になれるものがいたるところにあるのだ。
「ごめん、俺はキミとは付き合えない。やらないといけないことがあるんだ」
「……っ、はい。こちらこそ突然すみませんでした」
「ごめんね」
息が詰まりそうな空気を切ってリアンは頭を下げた。少女は目を赤くして、同じく頭を下げてその場を去った。
残されたリアンは、建物の影に移動して座り込んだ。幸いここは人通りの少ない場所。グッと首を伸ばして息を吸い込めば、初夏の終わり_草木の青臭さが一層香る。今日は天気もいい。もうすぐ夏が、プロムがやってくる。
メイプルにはああ言ったものの、リアンには今から他の女子を誘う気にはなれなかった。行かなくていいならそれまでだし、正直人前で踊りたくない。今も付き合っている相手がいたら、特別な時間に思いを馳せることもできただろう。
「……感覚的には、店じまいの気持ちなんだよなぁ」
「なにがぁ?」
「うゎ!?」
吸い込んださわやかな空気は肩の荷が下りないままどんよりとしたため息となった。断ることにもかなりのエネルギーが必要だ。浮かない気持ちのままよく晴れた空を見上げていたら、横からぬっと影が落ちた。
「北塔にいるなんて珍しいね、図書館帰り?」
「いや、ちがいます。エト先生はなんで」
「期限のやつちゃんと返してきたの。戻ろうと思ったらコッチから女の子が泣きながら走ってくるんだもん。てっきり告白現場に居合わせちゃったかと思った」
「……」
へへんと偉ぶったかと思えば、見透かすように肩をすくめたエトに対して、リアンはじとりと睨んだ。相変わらず年齢不詳で学生と何ら変わない表情を見せるものの、言葉の端々からこの人は教師で適わないのだと事実が突き付けられる。無神経なところはいまだ治っておらず、無邪気に核心を突くような物言いはナーバスな学生たちにとってクリティカルヒットものだろう。まさに今みたいに。
「あたりまえのことですよ。まぁ、期限守るだけまともになりましたね」
「あたしは『先生』だからね。もう大丈夫かも」
「……そう」
少し意地の悪い言い方をしたが、エトは先生らしく受け流した。生意気な生徒をいなすそれである。昔のように自分がいなければ生活力が著しく欠如していた彼女が、問題なく日常生活を送っているのがなんだかおかしく思えてくる。
「……週末だね、認定式。準備できてる?」
「それはもう。待ちきれませんよ」
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