歪な育成ゲーム
【超新星発掘プログラム】
ネビュラルのギフテッド教育における通称名
世界的有名な展望台があることから名付けられた
該当するこどもはNova(新星)候補と呼ばれ
あらゆる分野に関して専門的学びの支援を受ける
卒業生はSuper-Nova(超新星)と呼ばれる
中でも突出した功績を残したものは
Hyper-Nova(極超新星)と称される
アラステア王立学術院とも連携しており
条件によって学費免除の特待生として入学できる
【ネビュラル 国民性や傾向】
自治国の独立心が強い。
魔術研究が盛んなのでアラステアを見下す傾向がある。
「うーん……だまされちゃったな~」
エト・アメルスは、グラスを片手に壁にもたれて目の前のにぎやかな会場を眺めていた。
その日、エトは今日中にやるべき仕事も全て片付けて、外出する準備をしていた。学術院では事前に申請していれば、クロノスの扉を所定の地点に繋げることができる。エトのような活動の範囲が広い職員のための措置だが、学生にも適用されることもある。
今日は久しぶりの家族3人がそろっての食事だった。午後にネビュラルにある研究所に用があったので先にそっちに顔を出したら、なぜかすでに両親がいて、そのままブティックへ。
そして今、ここはネビュラル最高学府内の迎賓館。エトはネビュラルの研究者が集まるパーティーに出席していた。
オフショルダードレスは首と肩がスースーして落ち着かないし、グレーのオーガンジー生地が膝の下で揺れてくすぐったい。ただ自分の準備や歩きにくいヒールが苦手なだけで、エトはパーティーが嫌いではない。
普段も学生に混ざってワイワイしていることが多いし、美味しい料理に舌鼓を打ちながら適当に相槌を打てばいいことを知った。研究者というものは語りたがりが多い。知識人の多く集まる環境であることネビュラルにおいてはなおさらだった。
「ごめんな~エト。いつのまにか家族で出席することになっちゃっててね~」
「もうパパったら、簡単に口車に乗せられちゃうんだから~。壺とか買わないでね??」
「母さんの方が壺とか元気よく売ってそ~」
「エトちゃん、料理食べられてる?家族でご飯はまた少しおあずけね。そろそろリアン君にも会いたいわ」
壁の花になりかけていたエトに両親がご機嫌で声をかけてきた。それぞれ顔が広いため、あいさつに訪れる人はエトよりも多いだろう。
「家族水入らずでしょ、って毎回断られちゃうもん」
「まぁ、相変わらず礼儀正しいこと」
「彼の定期報告は我々のネットワークで人気なんだよね。閲覧数が多いよ」
「ええ~あたしの時より??」
「エトの時とはちょっと違うかな。汎用性の高い分野だからね。ゼレストラードの機関がよくフィードバックしているよ」
「そういえば今度ゼレストラードに行くって言ってたかも……」
「え~?卒業したらネビュラルで会えないの~?ママさみしいから今度絶対会わせてね」
普段食事の時にするような会話をしているだけで周囲がざわついた。エトが教職に就いてからパーティーに訪れる機会は減り、多忙な両親がそろって出席することは少ない。ミセス アメルスに至っては観測士であり、業務の時間が偏ることもある。
それだけにこの場にいるアメルス一家は注目の的だった。
「そうだね。帰るタイミングあったら一緒に母さんのところ行くね」
「パパも会いたいから研究室寄ってくれ」
「うん。お小遣いあげてね」
満足そうな両親にしれっとリアンの小遣いを催促して、エトは今日の不意打ちを相殺することにした。そもそもリアンはエトからは受け取ってくれない。こういうのは年の近い自分より、両親世代から受け取った方が気兼ねなくていいだろう。
エトがふわふわと心地いい酔いとともに視線を遊ばせていると、見知った顔があった。
「あ、モーガン!久しぶり」
「あーあ、目が合っちゃったや。この視線の中、君に近づくの気まずいなぁ」
居心地の悪そうにしていた青年にエトが無邪気に近づいた。モーガンはエトとプログラムの同期で、現在はネビュラル南部で海洋生物関連の観察研究をしている。
「元気そうで何よりだね。ご飯ちゃんと食べてるみたいで」
「うん~。学食美味しいからね~」
「それはよかった。リアン君も元気してる?」
「元気だけど忙しそ~。ゼミもあるし、今学期から7年生なの」
「この前まで4年生とかだったじゃん!子供の成長は早いね~」
二人で壁の花になって、雰囲気のままにグラスを煽るとあの頃のようにだらだらと好きなことを話していく。懐かしさからエトもいつもより気が緩むようで、普段同僚には口にしないようなことを、モーガンにぶつけていく。
学術院に居るときはあくまでもいち教員と生徒。ここでは同窓の仲間に保護者として話せるのだ。子供を自慢する親の気持ちが少しだけわかるような気もした。
「ぐーーんって背も伸びたんだよぉ」
「ふふ、エトちょっと酔ってるね。珍しい」
「教育機関にいると自分がお酒飲んで良い年齢なの忘れるかも」
「それは、買い被りすぎ。もういい大人だよ僕たち。まぁ、年齢と手にした立場はあべこべに見えるかもね」
天文学的な確率を乗り越えて輝く人材を作り出す。そんな精神を掲げて始まったはずの制度はいつのまにか利己的な問題を抱えてしまった。
大人たちがきまぐれに始めた育成ゲームの果てに極めて稀な確率でその成果が現れたのだ。
予想できない速度で輝かしい経歴を得ても、大人たちを混乱させるだけだった。結局は育てたまま蔑ろにされた時期があったことは事実。
「アラステアにいると平和なんだもん。帰ってくるとやっかみばっかり」
「リアン君はいいタイミングだったよね。本当に」
「うん……」
アラステアに来れたことはリアンだけでなくエトにとっても幸運だった。自国で彼を導いていくのはもっと多くの困難が待ち受けていただろう。
多種多様な学問と個性あふれる生徒たちに囲まれ、毎日が吸収できる日々。寮生活も楽しそうでなによりだ。
「手、離してあげられる?」
モーガンが脈絡なくそう言った。「なにが」とは言わずともわかる。
ふと落とされたその言葉が、頭に鋭く刺さったような感覚を覚えた。
そんなこと聞かないで。いや違う。そういうことじゃない。
「離さないといけないんだよ、あたしもあの子も」
エトは間髪入れずにそう答えた。常人では考えられないスピードで言い難い何かを御した。
「僕らは星だ。誰かの手に収まるようでは務まらないんだよ」
続きは本日21時に更新します