アメルス一家の噂
(Privatter公開済みのSS 本編「星をみつける」より2年後)
世界最大の教育施設__アラステア王立学術院は9学年全寮制のギムナジウム。学生たちを支える教職員の数は多く、仕事内容も様々である。講義や寮監を務める教員から、寮や設備を管理・維持をする職員。校医やシェフなど数え切れないほど人々が身分を明かし、正しく管理されたセキュリティのうえで出入りをしている。
エトの雇用形態は講師にあたり、担当寮を持たない代わりに様々な条件の元、研究にあたっている。生徒の講義を受け持つ他に、論文発表やアイテムの品評会に出展、公的施設との共同研究など、それ相応の対価が求められるのだ。
常に多忙を極めているといっても過言ではないが、通常業務の繁忙期にどうでもよいことに専念し、学生にまで影響が及びそうなのがエト・アメルスである。そんな彼女もこの学術院で教鞭をとって5年目になる。
その間に様々な品評会を総なめにし、殿堂入りという名の出禁(正しくは出展不可)による審査員に選出されたことで、任意のタイミングで発表が許される立場にもなった。
しかし彼女の自由なマインドは一貫しており、毎日のように生徒と一緒に講義に紛れ込んでいる話を耳にするが、5年目にしてようやく対生徒への締め切りを意識できるようになったらしい。逆に今までがどうかしていたのだ。
そして今日は特に珍しい日でもあるようで。
魔術工学部エネルギー学科に所属するリアン・アスターは今年7年生に飛び級した。前年に提出した進級論文が評価され、1段飛ばして学べるようになった。この学術院で飛び級自体は珍しいことではないし、リアンも入学当時から一部の科目は上級生向けを受講したり聴講したりと、目的と結果さえあれば大概は自由なのだ。
騎士道を学ぶ学部は例外として、制服の着こなしが自由なところも、校風なのだなと感じられる。
リアンの近況で変わったことと言えば、飛び級のこと。そして身長だ。長期休みに入る前から、ほかの人から会うたびに「背が伸びたね」と声をかけられるようになっていた。新学期になって身体が軋むような違和感はなくなっていき大きな成長は止まったようだ。
「やっほ~エトちゃん!ってあれ?リアン君ひとり?」
「今日は食事会らしいですよ。珍しく仕事溜めずにネビュラルに移動してます」
「そうか、ご両親はあっちが拠点か。これ一緒に食べよ~」
「この前置いてった紅茶でいいですか?」
「うん」
いつものようにエトの研究室で雑用をこなしつつ自分の課題に取り組んでいると、ヨハネスがやかましく現れた。手土産に何か持ってきたようで、彼の好きな茶葉を棚から取り出す。
変化と言えばここに訪れる学生が増えていると思う。エトを慕う生徒や、ヨハネスやリアンの後輩がここまで探しに来てくれたりもする。最近は魔法アイテムを応用した武器錬成に手を出しているようで、騎士道学部の学生もちらほらメンテナンス依頼がくる。
そうして来客用のもてなしの品が増えた。ヨハネスにいたっては私物をここにおいて好きなように過ごしている。
「研修先決まりました?ご実家?」
「まさか~。僕は毎日実家のインターンしてるもんなのに。実家とは距離を置くいい機会だよ~」
お互い近況を報告しながら、お湯を沸かし手慣れた様子でお茶の準備をしていく。
「美術館だよ。研修期間中に美術修復の実務をさせてもらえることになったんだ」
「やっぱり実務経験詰めるところがいいですよね。俺もそっちの条件で探してみようかな……」
「うちの宝石鑑別ならいつでも大歓迎だよ♪」
「あ、ヨハネスさん家は大丈夫です。先生のところで頭がいっぱいで」
「あ~あ、フラれちゃった。まぁゆっくり考えなって言いたかったけど、キミ飛び級するんだもん。このままいくと2年後だね」
「そうですね。どうしましょ」
適当にティーセットを並べていき、リアンはお土産を手に取った。今日はシュークリームのようだ。エトへのお土産には向かないもの
「ん?今エト先生がいないこと知ってましたね?」
「昼休みに東塔で会ったんだ。おめかししてるようだったから」
リアンの指摘に、何ともないようにヨハネスは優雅な動作でカップに口を付けた。
エト・アメルスは年に数回、いつもと違う様子が訪れる。
柔らかそうなクリーム色の金髪はいつもどこかしら跳ねているし、前髪は眼鏡に乗っかっていて野暮ったいし、汚れやコゲのついた白衣を纏っていることが多い。
そんな彼女がまともになるのは、同僚に引きずられて出席する大きな年間行事や、国の重要な召集がある時。そして離れて暮らす両親に会いに行く時。
アメルス一家はいわゆる学者一家で、両親はともに天文学の有名な学者である。エトは一人娘のサラブレッドだ。三者三様に活躍していることもあり、なかなか集まることがないらしい。ただ家族仲はとても良く、何度か会ったことのあるリアンから見てもそれは感じられる。
「アメルス一家ねぇ、あんまり表に出てくるタイプの学者じゃないから社交界では耳にしないな」
「ネビュラルでも、みなさん所属機関がちがうから、パトロンになりたがる貴族様は多いよ」
「エトちゃんは王立研究所、お父様は天文学権威、お母様は観測士だっけ?」
「すごい人たちです……集まると特に」
エトに引き取られてから、対面した時の印象が強すぎてリアンは少し遠くを見た。終始ハイテンションで嵐のような時間だったことは確かだ。
「へぇ。今日はまだここにいるの?」
「まだ掃除したいところあるんですよね。本人がいないときが一番掃除がはかどるんで」
「そっか。リアン君も忙しくなるし、エトちゃんもそろそろリアン君離れしないとねー」
「え?」
「こんなこと言っておいて、二人が一緒にいないイメージ全然わかないんだけど、ずっとサポートできるわけじゃないからね」
「…………はい。でも」
「でも?」
「学生所属ができる条件の研究室方針を提出するところからなんだ。そこから審査もあるし、勤務態度……いや、フォロー力とかいろいろ!!問題が山積みでっ……!」
険しい顔で苦々しい口調で拳を握るリアンに、苦労の影が見えてヨハネスは苦笑した。
(けしかけたつもりが、ほんっと他人行儀なんだよなぁ……相変わらずこのふたりは)