プロローグ
***TP―TC Episode05.5
Moon Stranger
南米連邦・アルゼンチン・サンタクルス州
2374年06月(現在年月)
ガッ。ガッ。ガッ。
シャベルが大地を刻み、乾いて脆い赤土の山を築く。淀みなくシャベルを振るう者は小柄で遠目には少年に見える。だが、その横顔を見やれば、きつい顔立ちの30になろうかという女性だと分かる。褐色の肌に何の表情も浮かべない顔。その動きはロボットのように無駄がない。
吹き渡る風は思わず身震いするほど冷たいが、我慢出来ないほどではない。その風が彼女のテントもバタバタと音を立て波打たせ、同じ風は彼女の長袖シャツをはためかせ、短い髪を揺らす。シャベルを赤土の山に突き立て、厚い作業用の手袋で軽く額を撫でると、彼女は空を見上げた。
空は高く、青い。乾燥した大地の上は巻雲に彩られた深い青。日差しは眩しいが強くない。大地の畝は見渡す限り360度どこまでも広がり、所々に低い潅木と叢が見えるだけ。人の気配はどこにもない。正に何もない場所だった。
最初に彼女がここへやって来たのが7年前。以来、1年に一度はやって来ている。相棒たちの眠るこの場所は、彼女にとっての聖域だった。
周囲より僅かに小高い丘の上。彼女は携帯端末の擬似窓を開く。中空に三次元偽像で現れたキーボードを叩き、暫く掘った穴を見つめていたがやがてウインドウを閉じ、荒地山岳走行用の2人乗りホバーの荷台からゲル状遅延硬化可塑材料の小型ドラム缶を転がし降ろし、バールで蓋を抉じ開ける。旧式のクランク付きポンプを開けたドラム缶の穴に嵌め、掘ったばかりの穴の底にゲルを注ぎ込む。ゲルは穴の底に浸み込みながらやがて溜まり始め、それが平坦になると彼女はポンプを止める。
再びホバーに向かうと遥々ブラジルの奥地から荷台に載せて来た一抱えほどの立方体の梱包を解く。中から現れたのは艶やかに黒光りする御影石。彼女は既にスリングロープで玉掛けされていた石をホバーに取り付けられた簡易作業アームで吊り上げ、掘ったばかりの穴の上に位置を合わせながらゆっくりと降ろす。計算通り御影石の塊は穴にすっぽりと嵌った。
出来栄えを眺めた後、位置を決めたばかりの御影石の周りに丁寧にゲルを注ぎ込むと、それは地面に注がれるや乾いた大地に浸み込んで行く。滲み出るようにゲルが大地から顔を覗かせるまで彼女は御影石の周りに注ぎ続けた。
やがて石の周りがとろりとしたゲルで溢れると鏝でゲルの形を整え、荷台から散布機を取り出し、シャワーノズルから硬化促進剤をゲルに吹きかける。すると瞬時にゲルは固体になり、石を囲む土台となった。
「クイーン。ちょっとごめんよ」
彼女は独り呟くと、石の一角を編上げブーツで踏み付ける。石はびくとも動かなかった。出来栄えに満足すると彼女は散布機を外し手袋を脱ぎ、ウエスを取り出すと石の表面を丁寧に拭う。特に石の真ん中に嵌め込まれたメタルの銘板は時間を掛けて埃を払った。
そのメタルは唯の金属ではない。職務中に斃れた彼女の『相棒』、ピッカーと呼ばれる人型汎用思考端末、即ち高機能ロボットのボディの一部を溶解して作ったものだった。
彼女は銘板を曇り一つなく磨き立てるや運転席に行き、助手席に置いてあった一輪の白い薔薇を取る。御影石の上にそっと置き、風に飛ばされぬよう、これも相棒のボディから作った重石を置いた。彼女は膝を折ると頭を垂れ、手を握る。そしてそのまま数分間、身動き一つしなかった。
彼女の右側には、今設置したばかりの石と全く同じ御影石が一列に等間隔で4つ並んでいる。その上には等しく一輪の白い薔薇。表面処理を施してあり、物理的に破壊しない限り半永久に咲き誇る。銘板に刻まれた墓碑銘は年記を除いて全て同じだった。
『クイーン 誠実なる者 ここに眠る 23xx―23xx』
彼女は祈りを終えると道具を片付け、ホバーの荷台に放り込む。ふと高い空を見上げ、眺め渡した。風が唸りを上げてその顔を撫でる。巻雲の間に青白く薄く輝く上弦の月を認めると、それまで無表情だった顔に穏やかな、ほんの微かな笑みが浮かんだ。
(ウィン。愉しんでいるかい?)