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いちご大福が紡ぐ

作者: 雨足怜

はっちゃけました。

頭を空っぽにしてお読みください。


いちご大福はすばらしい――そんな布教です。

 かかとがつぶれ、つやのない革靴。皺の寄ったシャツ。無精ひげ。

 目の下の隈が消えたのはいつだっただろうか。


 ああ、これでは妻に見捨てられるのも当然かと、俺は息を吐いた。


 順風満帆な夫婦生活も気が付けば五年。

 燃え上がるような恋などとっくに過ぎ去って、倦怠期を経て少しずつ亀裂が広がっていった関係は、とうとう終わりを迎えようとしていた。


 インターホンを押した先に、人の気配はない。

 当たり前だ。何しろもう何日も、妻は家に帰ってきてなどいないのだから。


 妻との日々を、隣にいるだけで多幸感で胸がいっぱいになっていた日々のことを、思い出した。それが一層、俺の心に隙間風を吹かせた。

 夏であるはずなのに、ひどく寒かった。


 玄関を開けた先、少し恥ずかしそうにはにかんだ妻の、お帰りの言葉はない。

 電気の落ちた廊下。玄関の端に置いたままの、出し損ねた可燃ごみの袋。視界の先に散乱するシャツは、昨日のものか、一昨日のものか、それとも。

 電気をつける。うだつの上がらない男にはお似合いだと言わんばかりの、点灯までに五秒ほどかかるランプが、寿命を予感させる弱弱しい光を廊下に降らせる。


 明滅するランプが、ふっと消える。


 すでに外は暗い。玄関ドアを閉めた以上、碌な明かりは入ってこず、視界は暗闇に囚われた。


『きゃ⁉』


 突然の停電。悲鳴を上げて腕に抱き着いてきた彼女の柔らかさとぬくもりと、それから闇の中であってもわかるほど恥ずかしそうに茜差した彼女の顔を、思い出した。


「何を思い出してんだよ、俺は」


 もう、終わってしまったのだ。関係が戻ることはない。

 いまだこの身には未練という名の後悔が巣くっているけれど、それが過去になるのも、きっと遠くない。


 だから、大丈夫。胸の疼きも。寒々しい空虚感も。

 全部気のせいだと言い聞かせて、傷の目立つ革靴を脱ぎ捨てた。


 ◆


『先輩、もうちょっと身だしなみに気を付けましょうよ。この間、課長が先輩のこと悪く言っているのを聞いちゃったんですよ。あんな外見に無頓着な奴が、会社の将来のことを考えられるはずがない~って。なんか理由があって落ち込んでるのはわかるんですけど、俺が胸を張って自慢できる、以前の活力を取り戻してくださいよ』


 後輩の言葉が、帰りの電車の中で何度も木霊した。

 このままではだめだと、わかっていた。

 すべて中途半端。出て行ってしまった妻と離婚するわけでもなく、関係を変えるために話し合いに赴くわけでもなく、ただ胸に残る傷跡を真綿でくるんで目をそらすだけ。

 こんな状況はだめだと、そう何度も自分に言いながら、結局何もしていない。


 変わらない日々。変わらない日常生活。

 マンションのコンクリートの外壁が、自分を閉じ込める牢獄の壁のように思えてならなかった。その灰色の肌はひどく無機質で、人間味が感じられなかったから。

 俺を閉じ込め続ける灰色の牢獄は、今日もひどく冷ややかに俺を見下ろしていた。


 住み始めたころは、外国人移住者を大勢受け入れていたからか子どもたちのにぎやかな声が響いていたこのマンションも、ひどく静かになった。

 時が過ぎるとともに、住民は一人、また一人と終の住処、あるいは真の帰る場所――すなわち一軒家へと消えていった。


 俺一人だけまだここに残されているなどという思いは、カラスの泣き叫ぶ声に吹き飛ばされた。


 夜のとばりが落ちた中、ポツンと光に照らされた玄関の扉にカギを差し込む。わずかに違和感。鍵穴に砂でも入り込んだのだろう。

 鍵をだめにしないためにも、一度掃除でも依頼するべきなのだろうか?


 掃除――


 思い出したくもない言葉だった。

 玄関脇には、ごみ袋はない。ただ、玄関から続く道には、確実に行く手を阻む物が増えつつあった。

 狭き道へと一歩を踏み出そうとして、ふと足を止める。


 明滅する照明の中、いつものように脱ぎ捨てようとした革靴に、目が行った。


 後輩の言葉が、頭をよぎる。

 少しは身だしなみに気を使うべきだと。活力を取り戻し、前を向くべきだと、そんな言葉。


 鞄を放り捨てる。それで、退路はふさがれた。


 玄関横、棚へと手を伸ばす。

 最後にこの戸棚に触れたのはいつだったか。世話好きで掃除好きな彼女と結婚してから、自分で靴の手入れをした覚えがなかった。


 少しばかりほこりが積もった取っ手を握る。金属の冷気が、背筋まで走る。

 電球が点滅する。オレンジ色の光が明滅する様は、かつて見た映画の、廃墟で揺れるランプを思い出させた。確か、そうあのB級ホラー映画では、どういうわけか登場するゾンビたちがそろって衣装ダンスやら冷蔵庫やら階段下収納やら扉付き本棚やらシューズボックスやらに入っていて、館で肝試しをしていた学生を襲うのだ――


 ああ、そう、シューズボックスにもゾンビが入っていて――


 ふっと明かりが消える。


 ぞわりと肌に浮かび上がった鳥肌が、体を硬直させた。


「ああ、明日にしよう。明日……」


 幽霊などいない。そうわかっているし、そもそも見たこともないのだが、それでもどうしてもその扉を開けることができなくて、いつものように靴を脱ぎ捨て、晩酌を始めることにした。


 今日も何も、変わっていない。


 ◆


 日曜日。

 久々に体力と気力が残っていたからか、ふと外出する気になった。

 いや、正確には買いだめしていた酒が消えたから、追加を手に入れに行こうというただそれだけなのだが。


 まだ日は高く、部屋の外ではセミたちが大合唱を響かせていた。

 うだるような暑さの中で歩くか、酒なしでせっかくの休日を過ごすのか――


 余計なことを考えていたからだろう。通路に積み上げていた空の段ボールに触れて肘が触れてしまい、どすどすと雪崩が起きた。

 ほこりが舞う。

 やるせない思いが胸の奥底から湧き出して、それをため息に混ぜて吐き出した。


 いつも通り外出しようとして、問題に気付く。

 玄関には、靴は一足しかなかった。

 ろくに手入れもしておらず、くたびれた革靴、ただ一足。


 だらりとしたルームウェアとへたった革靴というのは、少しおかしいのではないか。

 わずかに残った社会人としてのモラルが、俺の行動を押しとどめた。


 ちらりと視線を向ける。

 部屋干しのにおいがわずかに残るシャツとズボン。

 消臭剤を適当に振りかけて、着替える。


 動きが止まる。

 せっかくきちんと着替えたのだ。ついでだから靴もどうにかするべきだろう――


 数日前の恐怖を、首を振って追い払う。

 大丈夫だ、今は昼。怪談の時間には、まだ早い。


 ひんやりとした取っ手をつかみ、勢いをつけて開く。

 風がシューズボックス内部に入り込み、ほこりが舞う。


 適当に手で払いながら、目についたのはずいぶん使っていないランニングシューズ。昔彼女とともに健康維持だと、早朝ランニングに励んでいたことを思い出した。

 頭一つ分は違うけれど、中学時代陸上部だった妻と、これまでずっと文化系で通ってきた俺とでは、運動能力が違って、互いにほどよい速度で走ることができていた。

 当時は「自分たちはぴったりだね」などと言っていたが、今思い出せば自分以上に妻には余裕があったように思う。


 彼女は、体力のない俺に合わせて、ペースを落としていたのではないだろうか?


 益体もない憶測を振り払い、ランニングシューズに手をかけて、思いとどまる。黒のスラックスに、白いシャツ。とりあえず清潔感を出すためにはこれを着ておけばいいと宣言し、ずっとこの格好をしていた自分に、彼女は何度かため息を吐いていた。

 もっと輝ける服があるだろうにと、若いうちは冒険すべきだと。


 オレンジ色のシューズは、今の服装に少しも合っていなかった。

 再度着替えるのも面倒で、手は自然と、手入れ道具が納められた箱へと伸びた。


「……ん?」


 くすんだ外見。砂と埃で薄汚れたそれに、不思議な既視感があった。

 ただの箱でしかない。けれど、高速で記憶をさらい始めた思考は、あっけなく答えにたどり着いた。


 箱を反転させる。

 わずかに黄ばんだ薄ピンクの箱。その一面の中央には、白と赤の美しい絵が一つ。


「いちご大福……」


 無意識のうちにつぶやけば、あんこの甘ったるさといちごの程よい酸味、それから餅の触感が口に広がった。


 同時に思い出されるのは、苦い記憶。


 ◆


 あの日、同僚と飲みに行った帰りに、なんとなく手が空いているのが嫌で、目についた店でいちご大福を買った。普段なら絶対に選ばないだろう、それを手に、アルコールの幸福感に浸りながら千鳥足で夜の町を進んだ。


 それを手渡して――ああ、そうだ。手渡したそれを見て、彼女は般若のごとき表情を浮かべたのだ。


『こんなものッ』


 俺が手渡したそれを、彼女は床へと叩きつけた。

 箱から飛び出した白い蹴鞠のような球体が床を転がった。


 その日は、結婚記念日だった。

 彼女は俺の頬を張り、涙に目を腫らして、家を飛び出した。


 もったいないと、そう告げながら食べたいちご大福は、何の味もしなかった。ただ無心で、三個も四個も、程よく満足していた胃に放り込んだはずだ。

 わずかに砂利っぽい触感があった気もしたが、正直覚えていない。


「おぼ、えて——」


 過去に、真実などというものは存在しない。どのようなものであったところで、人間の記憶の中にある過去は、当人によって脚色されたフィクションである。

 だから、それはきっと俺の記憶違い。俺の願望がもたらした、脚色。


 あの日、表情を怒りに染め上げた妻のその顔には、怒り以外の感情はなかっただろうか?ああ、彼女は、ひどく痛そうな顔をしていた気がする。苦しくて、うれしくて、悲しくて、そんな、無数の感情が入り混じった顔。

 そうだ、彼女は泣いたのだ。俺が手渡した箱の外箱を見て、激情に駆られてそれをたたきつけて、泣いたのだ。


 どうして彼女は泣いたのか。


 その理由はきっと、甘ったるいいちご大福だけが知っている。


 ◆


 あの日、じくじくと痛む頬の熱を感じながら、俺はどうしてか捨てるのが躊躇われて、三秒ルールなどと言いながらそれを口にねじ込んだ。


 一つ、二つ、そして、買った覚えのない、三つ目、四つ目を――


 それから、俺は、なぜが封印するようにこの箱を自分が最も目にしないだろう場所へと、シューズボックスへとしまったのだ。

 そう、俺が、この箱をここへしまった。当時、靴磨き用の道具を入れていたプラスチックケースと取り換えてまで、俺はこの箱を残しておくことを選んだ――


 思考のパズルがかみ合う。


 あの日、俺が俺の想像以上に酔っぱらっていなければ、記憶が正しければ、飲み会の帰り道に買ったいちご大福の数は二つ。

 けれど、食べた数は四つ。


 そして、俺が購入したいちご大福は、安っぽいプラスチックケースに入っていた。こんな、上品な外見をした箱ではなかった。


 ああ、そうだ。俺はこの箱を知っている。

 俺は、あのいちご大福の味を、覚えている。

 甘味の味を明確に区別できるほど俺の舌は肥えてはいないけれど、五感が覚えていた。


 居てもたってもいられずに、俺は財布片手に、結局何の手入れもしなかった革靴を履いて家を飛び出した。


 夏のセミが合唱をする炎天下の世界へと、飛び出す。

 少し傾いた太陽が、茜色に染まるとき――


 甘酸っぱい恋のにおいが、俺の鼻腔をくすぐった気がした。


 ◆


『好きだよ』


 何気ない日常の一幕。ありふれた会話の中で、俺は彼女に告白した。

 学校帰り、夕陽差す世界で、彼女はその光以上に頬を朱に染めていた。


 漏れ出た言葉を、俺は飲み込まなかった。

 ただじっと、彼女を見つめ続けた。

 足が止まって。

 後ろから近づいてきていた自転車が、俺の横を颯爽と走り抜けていった。


 セミとカラスと、自動車の音。

 そのすべてが世界からゆっくりと消えていく中、彼女はふらふらと視線をあちこちにさまよわせた。


 その目が、一つの老舗和菓子屋に泊まる。


 一個五百円。当時高校生だった俺たちには、手が伸びない値段をしていたそれに、彼女は救いを得たとばかりに飛びついた。


『あ、ああ!あんなところにいちご大福が!……た、食べない?』


 大根役者を地で行く彼女は、顔を一層リンゴのように赤くしながら、俺から顔をそらすように背中を向けて、けれど俺の袖を申し訳程度につかんで歩き出した。


 普段はからかってくる側だった彼女の照れたふるまいが愛おしくて、告白から逃げられたと気にすることさえなかった。


 ただ、目元を潤ませ、ちらちらとこちらの様子をうかがいながら小さな口で一個五百円、二個で十円引きの九百九十円のいちご大福をついばんでいた彼女がかわいくて。

 さすがは老舗というべきか、彼女は一口それを口にするだけで、告白から逃げた気まずさや恥ずかしさなんかをすべて忘れたように、目をキラキラと輝かせた。


 幸せそうに白い柔肌に口を近づける彼女の色香を、夕陽に輝く瞳のきらめきを、探るように、おずおずと触れてきた彼女のぬくもりを、震える声で、小さく、「うん」とつぶやいた彼女の声を、今でも覚えている。


 恋がかなった幸福感と達成感。和菓子屋の老婆の生温かい視線にさらされる気恥ずかしさ。


 それから、甘ったるくてけれど不思議と甘すぎないいちごの酸味とほんのり甘いあんこの味と匂いと食感を、今でも克明に思い出せる。


 ◆


 運動不足、酒浸りだった体は、突然の運動にすぐさま悲鳴を上げた。

 一瞬で足が重くなり、肺は限界を叫び、汗がすぐさまにじみ出た。

 けれど、たとえ鉛のように重くなっても、その足が止まることはなかった。


 目指す場所は、ただ一か所。

 そしてくしくも今日は、彼女とあの甘くて酸っぱいひと時を過ごしたあの日だった。


 恋人記念日であり、結婚記念日でもある今日。

 俺はそこへ行かなければならなかった。

 あの日彼女とともに歩む、その始まりとなった場所へ。


 そこは、家から徒歩で十五分ほど。全力で走れば五分とかからない場所にある。商店街の端の和菓子屋だった。


 体が休憩を叫びながら、けれど俺の足は、最後の一歩を踏み出した。


 目を大きく見開いて、呆然とこちらを見つめている、妻のもとへ。


「おつりの十円だよ」


 だいぶ白髪が目立つようになった、けれどシャンと背中を張った見覚えのある老婆が、俺と、それから彼女を見てにやりと笑った。


 頑張りなよ、と口をパクパクと動かして、ぐっと親指を突き出した。

 なんだか、気が抜けてしまった。あの日も店主は、そんな動きをしていた。


 一歩、前へ。

 彼女が――妻が、一歩下がる。


「なん、で、あなたがここに……」


 その手には、ビニール袋。透けて見える中身は、淡い桜色の箱。それが何かは、考えるまでもなかった。


 恐怖はあった。

 彼女が買ったそれは、新しい誰かとともに味わうためのものかもしれないと。

 あの日の思い出さえ、彼女の記憶の中ではすでに過ぎ去った遠き過去になってしまっているのではないかと。


 ハッと手に持った荷物に気が付いた彼女が、慌ててビニール袋を中身ごと鞄の中にねじ込もうとする。


 その頬には、かつてと同じように夕陽のごとき赤色があった。


 言葉が詰まったのは、一瞬のこと。

 吸い込んだ吸気に満ちる甘くも酸っぱいあの香りが、俺を奮い立たせる。


「好きだ。君が好きだ。」


 するりと、口から言葉が出てきた。それから、気づいた。

 自分は、彼女に対してもうずっと思いを伝えていなかったことに。


 好きだった。隣にいてくれるだけで、胸に幸せが満ちた。おずおずと握られた手の熱から、早鐘を打つ鼓動から、彼女も同じように思ってくれているという確信がたまらなく幸せで。

 そんな熱に浮かされて、そんな熱に甘んじて、いつしか俺は、彼女に思いを伝えなくなっていた。


 言葉にしなければ、想いなんて伝わらない。万言を尽くしたって正確な気持ちが伝わるわけでもないのに、彼女はきっと理解してくれるなんて、そんな甘い妄想に浸っていた日々は、もうやめだ。


 この記念日にこの場所で、二個の――三個でも四個でも割引されない、お釣りの十円が必要となる二個の――いちご大福を購入した彼女の心に、まだ自分がいてくれと、そう願いながら。


 俺は言葉を重ねた。俺は思いを重ねた。


「遅いわよ、バカ。もう、三年も経ったのよ」


 突き放すような言葉を口にする彼女は、俺の知らない彼女だった。美しい濡れ羽色の長髪は肩上できれいに切りそろえられ、化粧も俺が知る甘い雰囲気から、理知的な大人のそれに代わっていた。


 カツカツと、見たこともないほど高いヒールを履いた彼女が、手を振り上げ。


 頬を張られ、体に衝撃が走った。


 胸元が、ゆっくりと濡れていく。温かい思いの結晶がシャツを濡らした。


「……遅いわよ、バカッ」


 もう一度、かすれた声で彼女が告げた。


 もう二度と離さないと、もう二度とすれ違わないと、誓った。

 その誓いを、言葉にした。


 ◆


「……甘い」


「そういえばあなた、甘いものが苦手だったわね」


 夕陽を見つめながら、公園の小さなベンチで並んで、あの日と同じいちご大福を口にした。

 それは記憶の通り甘くてほんのり酸っぱくて、そしてなぜか、少しだけ苦いように感じた。


 いちご大福は、俺と彼女をつなぐ絆の一つだ。

 甘味に目がない彼女と、甘味が苦手な俺が、数少ない意見を同じくする、絆の一つだ。


 そう、絆の、一つなのだ。

 二人で歩む日々が、時間が、積み重なった思いが、俺と彼女を、他の誰も出ない二人の絆となっていく。


 暗い部屋に、新たな明かりが差し込んだように。

 よどんだ空気が吐き出されるように、開け放たれた窓から晩夏の風が屋内を通り抜けていったように。

 止まっていた時間が、日々が、動き出す。


 何一つ変わらない部屋で、けれど時間は進んでいく。

 これから何が待ち受けているのかなんて何一つわかりはしないけれど。

 それでもきっと、これだけは間違いない。


 俺たちはきっと、記念日はいつだって甘くて、けれど程よい酸味のきいた、あの白くて赤い大福を口にするんだ。




 それは今日も、忘れかけた恋の味を思い出させてくれる。

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