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自爆は切り札になり得ますか?  作者: ひさ
第一章:異世界転移と天使降臨
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ep.8 天使降臨




 太陽が落ちた。


 そう錯覚するほどの眩い閃光の奔流、莫大な熱量、世界の果てまで届きそうな轟音と激震。

 そして、お伽話のように天に高く、ひたすら高く聳え立った光の柱––––––。


 そこまでいくと大袈裟に聞こえるかもしれないが、実際、ココナツの街でその光景を目にした者からすれば、本当にその表現がよく似合っている現象だった。

 まさか、魔王イルファの襲撃か––––––。

 街にいたハンターたちは慌てふためいて各々の武器や装備を身につけ、街の入り口に集団になって、これから街に迫って来ると予想した何かを待ち構えた。


 エネルギーの爆心地は、ココナツ西の名も無き山岳地帯。

 あのあたりは普段は最下級モンスターしかおらずハンターもほとんど行かないような場所のはずだが、まさかそんなところから魔王がやってくるのか。

 意表を突かれたハンターたちは、戦々恐々と西の方角を見やる。

 また、ココナツ西以外の外、比較的近いエリアで狩りをしていたハンターたちも、謎の光の柱を見て続々と街に帰還し、街の西口の集団に合流し始めていた。

 その中には褐色巨乳のビキニアーマーとゴリラのような大男のコンビ、知的そうなメガネの青年、果ては大きなフライパンを片手に持った酒場マスターの姿もあった。


 ギルドでは臨時会議が開かれ、今にも緊急クエストが発令されそうな状況。慌てふためくギルド職員の中には、数時間前に西の山へとキノコを探しに行った少年を知る受付嬢の、不安そうな顔もある。


 今、ココナツの街は、緊張と焦燥の中にあった––––––––––––。




 ★




「っあ……」


 ––––––痛い。


「ぅ、あぐ…………」


 痛い。


「ぁぁっ………………」


 痛い!


 痛い、痛い、痛い、痛い!!


 意識と呼べる意識は想像を絶する痛みに押し潰され、全くはっきりしない。視界は真っ暗。体は動かせず、自分がどうなっているのか分からない。いや、そもそも、自らの四肢が繋がっているのか、それすらも分からない。

 脳から出た電気信号が、指先まで届いていないことが分かる。いや、分からない。考えられない。脳のすぐそばにあるはずの唇すら、ろくに動かない。微かに漏れ出ているのは呻き声とも言えぬ汚い音だけ。そこに自分の意思は無い。

 身体の重さが、そのまま『痛み』という純粋なモノの重さに置き換わったようだ。

 切り離そうにも決して切り離せない痛みが、逆説的に身体の残存を告げている。


 ––––––死ぬ。


 意識と切り離された僅かな本能は、自らの死を悟っている。


 心が許容する限界を超えた激痛に襲われ続けたテルの意識は、再び暗転した––––––。




 ★




 ––––––何度目かの意識の強制再始動。


 既にテルは、自分がまだ死んでいないことに絶望すら覚え始めていた。

 普通はこんな状況、絶対に死んでしまうのだろう。少なくとも彼は、こんな激痛に襲われ続けて生きていられる気がしなかった。


 ––––––【回復】スキル。


 いま自分が死ぬことができないのは、女神リラが自らに与えたというこのスキルのせいだ。と、考えたのではなく本能でテルは理解した。否、理解させられた。


 日本では決して有り得ない意味不明な力のせいで、外部から生命力をかき集めているのだ。だから、死ねない。普通は恵みの力であるはずのそれは、今、呪いのようにテルを蝕んでいる。

 いっそ殺せ、そう思うのに。意志とは関係なく自らを生かそうとする。


 ああ、いつ死ねるのか。いつ、殺してくれるのか。


 早く。楽に。

 

 とうの昔に、自分の身体も心も、その魂さえ、燃え尽きてしまっているというのに––––––。

 



 ★




 ––––––夢を、見ていた。


 明晰夢、というやつだろうか。


「…………ール】…………」


 激痛に押し潰され続け、あっけなく、ぷちっと、微かな抵抗の音を残して跡形もなく消え去ったはずの意識が、どういうわけか光を捉えたのだ。


 と同時に、テルの身体は、意識は、妙な浮遊感を覚えていた。


 気づけば、少しだけ、体が動きそうな気がした。

 限界を超えたことで逆に痛みを感じなくなったのか、これまでテルを苛んでいた激痛はどこかに消えていた。


「っ……」


 動く、のか……?

 自分の意思で僅かに震えた己のまぶたの存在を知覚する。

 光は、この向こうにあるのか。


 暗闇に囚われたテルの本能は、ただ純粋に、光を求めて重たくなったまぶたを少しずつ持ち上げた。


「ぇ…………」


 そこに、天使がいた。




 ★




 まぶたを持ち上げた先にあったのは、絶世の美少女だった。


 いや、美少女などという、そんなありきたりな言葉では表したくないとさえ思った。

 夕陽にきらめく、宝飾品のように細く長く、圧倒的に美しい金髪。

 今まで見てきた中で、否、想像できる限界よりもただひたすら、誰よりも美しく、恐ろしいほどに整った相貌。

 それはまさしく、死の淵で出会った天使と呼ぶべき存在だった––––––。


「ぁ……。あなた……は……?」


 口が動かせた。テルがそれを知るよりも先に、既に言葉は出てきていた。


「…………ああ、よかった。……意識が戻ったのですね」


 しゃらん、と鈴が鳴るような美しく涼しげな声。

 テルの耳を一瞬で魅了したその声が、より一層、彼女の存在の格を押し上げる。


「……わたしはアンジェ。……アンジェ・リラクスと言います」


 天使がふわりと微笑む。

 テルはその顔から、目が離せない。それはまさに、吸い込まれるような美貌だった。


「あ、アンジェ……さん……うぐっ」


 思わず身体を動かそうとしたテルに、再び痛みが走る。

 どうして夢のくせに邪魔をするのか––––––。


「ああ、どうかまだ動かないでください。魔法を重ねがけしますから……」


 アンジェ、と名乗った天使は、痛みに呻いたテルを心配そうに見つめ、その両手をかざす。


「【ヒール】……」


 すると、彼女の手から淡い緑の光が放たれた。

 テルの身体はその光に触れた途端、確かな安らぎを覚えた。

 ––––––なんて、心地が良いのだろうか。

 何が起こっているのかなんてどうでも良い。

 天使が、自分を癒してくれている––––––それが分かるだけで、もう他のことは理解する必要すらないのだから……。


「そう、わたしはアンジェ。では、わたしにも、教えてくださいますか……? そう、あなたのことを。…………あなたは、誰ですか……?」


 天使は再び微笑んだ。

 ああ、もうこの夢が覚めないまま、まどろみの中で死んでもいい。テルは本気でそう思った。


 夢の中でのボーイ・ミーツ・ガール、始まったな。

 いっそこの夢が覚めることなく、無限に続けばいいのに––––––。


 ––––––無限月読じゃん……。




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