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自爆は切り札になり得ますか?  作者: ひさ
第一章:異世界転移と天使降臨
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ep.5 異世界食堂の労働者《アルバイター》




 俺は高校生ニート、波瀬照。改めテル。

 突然現れた女神様との交渉の末に異世界へ渡り、ハンターズギルドの、怪しげな登録料金を目撃した。

 登録料金に夢中になっていた俺は、背後から近づいてくる酒場の店長に気づかなかった。

 俺はその男からバイトに勧誘され、気がついたら––––––。


 ––––––体が仕事をしてしまっていた!




 ★




「だあああくそっ、なんで異世界まで来て仕事してるんだ!」


 アルバイター・テル、爆誕。

 日本で就職から逃げ続けた男の末路は、異世界での居酒屋バイトだった。転移したらアルバイターだった件。


「女神様、さすがに生活費くらい欲しかったよ……」


 厨房内で皿を洗いながらぼやく。

 彼の所持金はゼロ。すっからかんの一文無しだ。

 運命の女神リラの名はこの世界の通貨単位になっているほどメジャーなのだから、そのメジャーさから来る適当なコネ的なアレでちょっとくらい現金が欲しかったところだ、と思うテルであった。


「こういうとき、チートスキル持ちだったら、ちょっと一狩り行って簡単に金を稼げるんだろうか」


 異世界に転移した人間がめちゃくちゃ強いモンスターを討伐し「ええっ!? このモンスターを狩ってきたんですか!?」となり、冒険するのに十分な資金を得て、ついでに「あいつ、一体何者なんだ……」ギルドの全員から一目置かれる。

 ……みたいな流れが、テルが何作品も読んでいた異世界転移系ファンタジーでの王道、テンプレだ。

 テンプレって良いよね。どれだけ多くの作品を見ても「これだよこれ」となる実家のような安心感。主人公最強系でアレがないと逆に落ち着かないまである。

 ない(反語)。


「俺、何かやっちゃいました? なんてね。はぁ……」


 ドヤ顔。

 自爆するしかできない自分には縁のなさそうなシチュエーションの妄想に、テルはガックリと脱力する。


 ぱりーん!


「おわぁ!?」


 皿洗いの最中に力を抜いたことにより、うっかり手に持っていた皿を落としてしまった。しかも2枚。厨房内にかなり大きな音が鳴り響く。


「おい、どうしたテル! 大丈夫か!」

「おおお俺、何かやっちゃいました!?」

「いや、皿割っちゃってるけど!?」

「ああああすんません!」


 すぐに店長が現れる。

 ドヤ顔から一転、疾風怒濤の平謝りだ。

 日本では主に無職宣言や学校サボり宣言で平時から親に謝り倒していたテルであるから、謝罪速度は群を抜く。人生グッバイ宣言だ。引きこもりは絶対正義なのだ。

 何かやってしまったことに対する謝罪反応RTAは異世界一まである。もしこの世界にゲームマスターがいれば、反応速度の速さを評してエクストラスキルなんていただきたいものだ。

 ゲームマスター的な存在……よく考えたら女神リラなので無理だ。彼女はテルに自爆しかくれなかったのだから。


「まあ、皿は良い。自分で片付けといてくれ。……そろそろ客足も落ち着いてきたし、まかない作ってやろうか。金無いんだろ?」

「まじっすか! まかない欲しいです!」

「あいよ、ちょっと待っときな」


 まかない!

 噂には聞いていたが、飲食アルバイトの醍醐味的なアレではないか。テルは同級生が「バイト先のまかない超美味しいんだよね」とか言っていたことを思い出す。

 ちなみに会話していたのは友達ではない。ただのクラスメイトだ。休み時間中の教室で、机に突っ伏して寝たフリをしていた時にそのような会話が聞こえてきたのである。

 実はここだけの話、友達のいない人間は友達がいなくても、そうやって世間の情報を集めているのだ。

 ともかく、「まかない」という自分には一生縁がないと思っていた単語に、彼は謎の感動を覚えていた。


「ほら、できたぞ。テーブルで食ってくると良い」


 割れて散らばった皿の破片を拾い集め、ゴミ箱に捨てていたテルの横に、店長が料理を置いた。

 バイトは一日目、メニューの名前を覚えるだけで精一杯だったテルはそれが何の肉かは知らなかったが、それでもその料理はひと目見るだけで食欲をそそられるようなビジュアルをしていた。

 店長に礼を言い、そそくさと空いているテーブル席に移動する。


「異世界に来て初のメシ……いただきます……!」


 思い返してみると異世界に来てから、テルは食事をとっていなかった。いろいろあって忘れていた食欲が不意に、強烈に襲ってくる。


 余談だがこの世界でメジャーなカトラリー類はフォークである。次いでスプーンやナイフ。

 箸は少なくともここの酒場では扱われていない。

 そのため一般通過日本人であるテルは、フォークを指に挟んで手のひらを合わせる和洋折衷スタイルで食事に臨む。

 いざ実食。


「うめえ……っ!」


 噛んだ瞬間、溢れ出す肉汁……!

 そしてB級グルメの王様みたいな、こってり系の濃厚ソース……!

 犯罪的なうまさだ……っ。心がざわざわするんじゃあ……っ。

 食感は牛肉みたいだったが、この世界に牛がいるのか不明だったため、真偽不明だ。しかしうまいものはうまければ正義なのだ。ならば後はどうでも良いの精神で、テルはまかないを完食するのであった。




 ★




「今日も見なかったな。さすがに街のすぐ近くにAランク以上のモンスターはいないんじゃねえか?」

「だな。明日はもう少し森の奥に行ってみるか」


 テルの食事が終わった頃には、酒場のハンターたちもまばらになってきた。

 喧騒の中では他人の会話など意味のないBGMになってしまってあまり聞こえないが、会話の密度が下がってくるとその内容が自然と耳に入ってくる。木を隠すなら森の中、的な感じか。ちょっと違うか。


 ちなみに、空になったまかないの皿を店長に返したところでテルの今日のバイトは終了した。彼は手持ち無沙汰になったので、ハンターたちの会話を盗み聞きしていた。いや盗み聞きというとなんか犯罪チックだな。周囲の音を拾っていたということにしよう。

 なんか余計変態チックになった。


「……ココナツにモンスターが増えたのも、魔王の影響だって言うじゃねえか」

「まったく、俺たちハンターからすればうまい狩場だが、この街に住む人からすれば迷惑な話だよなあ」


 さて、異世界人をはじめ、物語上でのアウトサイダーたちは、得てしてこう言う場面でちょっと重要そうな情報を知るものである。

 いまも、テルにとって少し気になる会話内容が、ハンターたちの間で繰り広げられていた。


「魔王……? 魔神じゃなくて……?」


 魔神。魔王。

 自分が女神に倒して欲しいと言われたのは【魔神】だ。もしかしたらそれはこの世界では【魔王】と共通の意味を持っているのかもしれなかったが、両者に何か決定的なニュアンスの違いを感じて、テルはポツリと呟いた。

 幸いにも、答えはすぐに返ってきてくれた。


「おう、なんだ兄ちゃん、田舎とかの出身か? 魔神なんて今どきほとんど表に出てこねえぜ。今回は六魔王のひとり、イルファの影響だって話だ。まったく、魔神も面倒なやつを配下にしてるもんだぜ」

「ふむ……」


 往々にして酔っ払いは見ず知らずの人間に絡む。今回は豪快そうなヒゲヒゲのおっさんが、テルの呟きを耳聡く聞きつけて話しかけてくる。

 だがその精神、嫌いじゃない。

 テルは神妙な顔でうなずく。

 どうでも良いがこの絡んできたおっさん、身長が低いわりにガタイが良すぎる。ヒゲヒゲだし。このお手本のような見た目はひょっとして、異世界系種族あるある、【ドワーフ】的な種族の方なのでは……? リアルドワーフきた!?


「なるほど。魔神と、六魔王ですか……」


 思考を分裂させながらも、テルは初めて聞いた単語を反芻する。そして何か嫌な予感を覚えた。

 そう、すごく嫌な予感がした。


「(あれ、これ、もしかして……六人いる魔王を全員倒さないと、魔神にたどり着けない、なーんてクソシステム……あっちゃったり……?)」


 ……。

 …………。

 あれれ〜? 聞いてないよ〜?

 予感のショックから、テルの脳内は幼児化してしまいそうになっていた。

 脳はギリギリ踏みとどまっていたが顔は手遅れ。気づけばテルは白目をむいていた。

 ああ終わったわ。と、それはある種の悟りの顔に近かった。


「あぁ。どうやら【魔王イルファ】の配下のモンスターがこの近くをうろついてるって話だ。兄ちゃんもハンターなら、一応気をつけといたほうがいいぜ」

「そうっすね……どうも、情報助かります……」


 酔っ払いは気付いてないようだが、テルの返事はあまりに空返事だった。

 もう白目なおらないもん。口しか動かん。




 ★




 時間が解決してくれる、という言葉はある意味で真である。

 テルはとりあえず落ち着いていた。眠くなってきたせいもあるが。


「さて。今夜、私が宿泊するのは……」


 彼が見つめる先にあるのは、食堂兼酒場、ハンターズキッチンのテーブルだ。

 賑わっていた酒場の客はほぼ全員ギルドから出て行った。

 数グループに話を聞いたところ、ハンターというのは街中に拠点を持っていたり、宿をとって宿泊しているらしい。

 だが、テルにはそのような拠点はないし、宿に泊まれるほどの金もない。バイトで給料を貰いはしたが、急遽決まったバイトなので今日の稼ぎは多くなかった。

 そんな感じで今晩の寝床を探したところ、どうやらギルドは深夜でも閉まることはないらしいので、これ幸いとテーブルを借りてギルドに宿泊することにしたのだ。

 見れば、他にも数人が、テーブルやイスを並べて既に横になっている。自由だ。


「川とかないかな」


 一日の終わりには風呂に入りたいものである。この世界の人がどれだけの頻度で風呂に入るかは知らないが、そこは日本人的な問題だ。

 二時間ほど歩いたり、バイトで動き回ったりしたため、多少は汗が出ているはず。寝る前に体を綺麗にしたいと思うのは、ある意味習性だろう。


「あったあった」


 テルはギルドの夜勤の人に聞いた、建物裏手にある川にやってきていた。


「異世界の川、綺麗だなぁ……。ん、なんか心なし水がうまい」


 衣服を脱ぎ、川に足を踏み入れる。

 ゆるいガラがプリントされたトレーナーは酒場ではかなり浮いた服装となっていたが、テルの手持ちはこれしかない。服が1セットだと洗濯もできないが、まあそこは仕方ないなと、彼は川に全身をダイブさせたのであった。

 

「この川、深い……ッ! 気持ち良い……ッ! ボボボボボボッ!!」


 いや、溺れてないから。




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