ep.4 異世界の食堂から
「さて、着いたよ。ここがココナツの街の【ハンターズギルド】さ」
「おお……!」
褐色美人のリア、その夫ゴリラのカールについていくこと、およそ二時間。
テルはついに、異世界転移後初めての「街に到着する」イベントを迎えた。
「じゃああたしたちはクエストの達成報告に行くから、ここでお別れだね。キミの事情は知らないけど、頑張ってね」
「ええ、ありがとうございました、リアさん。……それとカールさんも」
「ああ……」
結局、テルが転移後降り立った荒野からこのギルドまで、モンスターと呼ばれる存在に遭遇することはなかった。だがそれはあくまで結果論だ。
もしモンスターに襲われていたら、そのモンスターもろともテルは死んでいたのだから、ここまで同行してくれた二人には大変感謝である。
なおカールのコミュ難具合は二時間程度では一切変化しなかった。基本的に喋っていたのはテルとリアのみで、カールはその後ろを無言でついてくるだけだった。
わかるわーその気持ち。喋ってる二人の片方だけと仲いい時って、なんか入りづらいもんね。
「さあて、こんなところにきたら、やるイベントは決まってるよな……!」
ここはハンターズギルド。
中に入ると正面には広々とした受付、左右には食堂的な酒場的な、いわゆるバルとかみたいな感じの場所や、武器屋みたいなものも見える。
日本、いや地球上では決して見ることのできなかった、完全なるファンタジーの世界……!
こんな場所にきたらやることはただ一つ。
そう、ハンター登録だ!
★
「それでは、登録料5000リラいただきますね」
「は?」
テルは今、未曾有の窮地に立たされていた。
思い立ったが吉日、善は急げ、明日やろうは馬鹿野郎。
ともかく、やりたいと思ったことに対しては超がつくほどフットワークが軽いテルである。「ハンター登録だ!」と決めてから10秒後にはギルド受付のお姉さんに話しかけていた。
そして、すぐにこうなった。
だが、テルとて陰の者の端くれ。ひとりで「ええっ!?」なんてびっくり仰天するはずがない。そんなことしたら教室中から注目され、その後「なんだあいつ……」と、変人扱いされるのが目に見えている。これは正直めちゃくちゃつらい。陰キャ、話し声の小ささの割にオーバーリアクション過ぎか? やめてくれカカシそのブーメランは鋭利過ぎる。
そう、真に平穏な学生生活を送るためには、決して自分から波風を立てず、なんならもうクラスメイトに自分の声を知られていない……。そんな状態が望ましいのである。
そう、あれだ、ステイクール、だ。有名な人が言っていた気がする。剣二本くらい使ってそう。
いったん冷静に、心の熱量を基底状態に戻す。
さて、ちょっともう一回聞いてみよう。
「あ、すみません。……もう一回言ってもらって良いですか?」
「5000リラです」
「ふむ……」
テルはアゴを触り、わずかに下を向く。「考える人」みたいなポーズ。
気分的には推理中の名探偵、あるいは難問に挑戦中の天才科学者。
思索にふけってる姿というのはカッコイイ立場の人がやるとカッコイイものだ。テルはなんの立場もないので、ただの『ちょっと考えてる人』である。あんまりカッコよくない。
……しかし、5000リラ、と。わざわざ訊くまでもなく、この世界におけるお金のことだろう。
お金。カネ。つまりはマネー。
なるほどわかった。
「ふっ……無い」
チェックメイト!
★
「いらっしゃいませ、こちらの席へどうぞ! ご注文っすね、すぐに! はい? あ、すぐ片付けますんでお待ちを!」
「おう新入り、オメエ、結構イイ働きするじゃねえか! こっちも頼むぜ!」
「あざっす! 了解です!」
数時間後。
ココナツの街、ハンターズギルドにて。
陽は既に遥か彼方の地平線へとその姿を沈め、待ってましたと言わんばかりに世界を呑もうとする闇に対する最後の抵抗がごとく、夕色が天球の端で僅かに、しかし確かな輝きを放つ時分。
わいわいがやがや。
今日もひと仕事を終えたと、ギルドに立ち寄った多くの人たち、つまりはハンターが、ギルド一角に設置されている食堂兼酒場【ハンターズ・キッチン】へ向かう。
ハンターたちのご飯どきだ。
広いギルド内部の一角に所狭しと設置されていたテーブル群は瞬く間に満席状態となり、その上には豪快に盛られた料理と、大きな木製コップになみなみ注がれて今にも泡がこぼれ落ちそうな酒が大量に並んでいる。
「がっははははは! 今日の狩りは最高だったな! 【ブラックウルフ】が入れ食い状態だったぞ!」
「あれだけで30万リラにもなったんだから、最近のココナツはうまい狩場になったもんだよな! おい兄ちゃん、酒の追加を頼むぜ!」
「あっはい、ただ今!」
それらを囲む人々の構成は多種多様。
もっとも目につきやすいのは、筋骨隆々の男どもだ。
モンスターを狩る的なゲームなどでおなじみのザ・ハンターという感じで、大剣だの斧だの槍だの、武器を身につけていて誰もかれも強そうである。威圧感が凄すぎて、日本の道ですれ違ったら絶対に道を譲ってしまうだろう。シンプルにだいぶ怖い。空気のフリしてよう。
「ふっ……僕の魔法にかかればあんなモンスターの群れ、一撃だ」
「さすが、【氷魔法Ⅲ】スキルは強力だね。でも俺の【雷魔法Ⅱ】と【風魔法Ⅱ】もなかなか良い仕事をしただろう?」
「ふ、そうだな。……そこのボーイ、ワインの追加を頼もう」
「あ、はい、わかりました!」
だがハンター皆がイカツイばかりでないようで、どちらかというと学者肌然とした、メガネをかけている優男風の者もちらほら見受けられる。見た目強そうとかではないが、謎に纏う雰囲気があるのでこれにも道を譲ってしまうだろう。もはや人だったらもれなく道を譲るまである。哀しきサガか、謙虚の神か。後者でありたい。
「あっ、すみません、このお肉もうひとつください」
「【サンドリザード】のタレ焼きですね、お待ちください!」
だが意外と女性も少なくない。男女比は7対3から8対2くらいか。テルが出会ったリアのように見た目からして屈強そうな者は少ないが、テルの知識が言っている。彼女らは補助系のスキル持ちだと。
なお真偽は不明である。
「オーダーお願いします、1番テーブルに大エール追加、7番テーブルにワイン、20番テーブルに同じ料理を!」
「あいよ! おいテル、洗い物が溜まってるから中入って片付けてくれ!」
「了解!」
そう、そして、このごった返しの異世界食堂であくせく働いているスタッフのひとりが、何を隠そう日本人のテルである。
逆異世界食堂じゃん。
「逆異世界食堂じゃん」
体は仕事をしているのに相変わらず心の声が仕事をしていない。ほら仕事しろ仕事。
体は仕事、頭脳はニート。その名はテル。
彼はいま、皿を洗っていた。
仕事をしていた。
「……って、なんでこうなったぁぁあああああああああ!?」
厨房の片隅で、静かに絶叫がこだました。