ep.3 荒野より
「あぁあぁあぁあ……あ?」
【ゲート】の内部は、それはもう酷かった。
上下左右と瞬間的に、絶え間なく重力が変化しているような気持ち悪い空間にて、もう何秒、いや何分も経ったような時間感覚ののち、照はようやく自分の足が地についていることを認識した。
ふらつきながらも周囲を軽く見渡すと、岩と大地、わずかな植物しか見えない。遠くには土煙が移動しているのが見える。何かの生物が、集団で移動しているのだろうか。そんな感じだ。
地球上で実際に行ったことはなかったが、こういう場所の名前は知っている。
ここは荒野だ。
そしてそこは、異世界だった。
「じ、【自爆】って……なんだよ……」
––––––貴方のスキルは【自爆】です!
バカか。
強スキルってなんだっけ?
「うっ、気持ち悪い……ぐはっ」
強スキル、と聞いて照がイメージしたのは、強力な魔法が使えるとか、人より力が超強いとか、剣の達人になれる、みたいなモノだ。断じて自らの身体と引き換えに辺りを吹き飛ばすみたいな、そんな頭悪そうなスキルではないのだ。
【自爆】スキルについて女神から詳細は一切聞いていないが、絶対そんな感じだ。字面でわかる、やばいやつだ。
照は謎の絶望による脱力感と、【ゲート】による酔いにより、その意識を沈めようとした。
「ちょっとキミ、そんなとこで気絶したらモンスターに襲われちゃうよ?」
「へ?」
しかし横あいから唐突に声をかけられ、その意識を再び浮上させた。
重たくなったまぶたを持ち上げた照の、視線の先には––––––
「あ、あんたは––––––!?」
––––––エロい!
刹那、照の思考に過ぎる心の声!
危うく漏れかけたそれを気にしている暇はない、思考を置き去りにする驚異的な速度で、照の目が怪しげに光る。
「あたし? あたしはココナツの街の【ハンター】さ」
「ほう……」
ビキニアーマー、と、それは呼ばれていた。
健全な日本人男子であれば一度は目にしたい衣装ランキングTOP 10に名を連ねるであろう、装甲的にはまるで意味のない、あまりにも非合理、非現実的な防具。
それをきっちりと身に纏ったやや褐色の肌の美人さんが、そこに立っていた。肌の色は多分、ただの日焼けだ。
「それ、意味あるんですか?」
「え?」
「いや、なんでもないです……」
もはや照の心の声が心に留まっていない。仕事してない。心の声すら仕事をしたくないという強い意志が見て取れる。
しかしずっと彼女の全身を見ているのも気が引けた照は、思わずそっぽを向く。
ところで、先ほど照にとって気になる単語が出てきた。
「……さっき【ハンター】とか言いました? なんですか? それ」
「え? ハンター知らないの? キミ、どこの田舎出身?」
「ふっ、拙者は流浪人ゆえ……」
––––––ヤバイ、変なこと言っちゃった。
照は陰の者である。
通学ではドアトゥドアを全て一人でこなし、教室では休み時間ですらひとりぼっち、クラブ活動には属さず、話しかける者も、話しかけられる者もいない。そういうものにはなりたくなかった。
そう、つまり、会話スキルが極端に低いのである! 特に女子。
とっさの会話で変なジョークを飛ばしてしまうくらいには、彼は対女性コミュニケーション能力が低かった。
「ぷっ、なにそれ? 変なの」
「(よかった、ウケてる!) 俺は照……あ、テルです」
「あたしはリアよ。気絶するほど疲れてるんなら、街まで送っていくけど?」
褐色美人さん、リアの思わぬフランクさにホッとする。これで「え……はあ」とか言われて冷たい視線を向けられようものなら思わず自爆して死んでいたところだ。
【自爆】スキルの正しい使い方その1。恥ずかしくて死にたくなったら目撃者を巻き込んで死ぬ。
絶対間違ってる。
「マジですか、めっちゃありがたいです。けど、お姉さん……リアさんはおひとりですか? こんな平原で」
これはもしかして、フラグというやつだろうか。
ビキニアーマーの褐色美人さんと、こんな荒野にて運命の対面とは。
運命の女神様が、運命の出会い的な面でも支援してくれているのだろうか。
テルの心臓が少し高鳴る。トゥンク。
「え、いやキミの後ろに旦那いるんだけど」
「へ?」
どんっ!!
テルが振り返るとそこには、筋肉ムキムキ身長ビヨンビヨンのゴリラみたいな男が、テルを見下ろしていた。鼻息めっちゃ荒い。なんで今まで気がつかなかったのだろうか。心臓がトゥンクトゥンクうるさいからだ。この心臓め! 物理的ハートキャッチしてやろうか。……とテルが考えたかは定かではない。
「あ……あなたが、リアさんの旦那様で?」
「……」
対するゴリラ、もといリア夫は……リア夫って語感が良いな。リア王の縮小版みたい。
<<閑話休題>>
リア夫は、無言。フシュー、フシューと荒い鼻息が聞こえるだけだ。
テルは命の危険を感じた。もしや先ほどからの心臓音は、ときめきじゃなくて命の危機を知らせていたのだろうか。
トゥクトゥクトゥクトゥク。
あ、どうもそれっぽい。DJみたいになってるもん。
「あ、あのあの別に俺はリアさんをどうにかしようとか運命感じてたとか別になくてですねいや運命感じてたのは自分の死に際だったのかななーんてあっこれが走馬灯ってやつですかねHAHAHAHA……」
「…………」
え、なに、めっちゃ怖い!
実は本当にゴリラか?
会話できずにリアさんと結婚までしたんか?
逆に何やったんだお前!
などと思考が恐怖なのか怒りなのかに覆い尽くされパニックになっていたテルに、ようやく助け舟が出された。
「カール、いつまで緊張してんの? ちょっと変わった人だけど、多分悪いヤツじゃないよ」
「あ……そう、か」
「へっ?」
喋った。
こいつ、喋れたのか……。もう九割くらいゴリラって結論出してたよ……。
めちゃくちゃ失礼なことを考えていたテルの前で、リア夫もといカール氏が一歩後ずさった。
後ずさったことにより、今まで下から見上げていた形が解消され、その顔がよく見えた。彫りが非常に深いが、ちゃんと普通の人間だった。
「あ……カールだ。よろしく頼む」
「あっ……あ、テルです。よしなにどうぞ……」
彼はどうやら、極度のシャイなだけだったようだ。
★
「……てなわけで、ハンターって言っても、お宝探しメインのトレジャーハンターとか、うまい食材を探し求めるグルメハンターとか。あたしらみたいなモンスターハンターとか、ハンターにもいっぱい種類があるってことね」
「それを全部まとめてるのが、今から行く【ハンターズギルド】ってことなんですね」
「ん、そゆこと」
さすが異世界といったところで、ゲームみたいな用語が次々と飛び出してくる。
テルは落ち着いてリアと話しているように見えて、内心かなり感動していた。
と同時に、彼は絶望していた。
「やっぱりハンターとかになるには、戦えないといけないんですよね……」
「んー……まあ、そうねえ」
自爆することしかできない自分に。
戦闘力皆無な自身の無力さに。
今までビキニアーマーにしか目が行っていなかったが、リアは背中に巨大な斧、バトルアックスとか言われている武器を備えていた。リア夫カールは大きなハンマーらしきものを。
見ればわかる、強そうな感じだった。
「まあでも、トレジャーハンターには探索系のスキル専門のヤツとか、荷物持ちのメンバー募集してるチームもよくいるし、戦えないからってハンターになれないこともないと思うよ。ああ、キミがハンターになりたいならの話だけどね」
「むぅ……」
異世界のパーティーの荷物持ちは、大概いじめられるポジションだ。テルにはそのような偏見があった。
そしてお前は役立たずだからとメンバーから追放され、ひとりで成り上がっていくのだ……。ただし超有能なスキルがある場合に限る。
「俺のスキル……」
【自爆】。
終わりである。
テルは人知れず、肩を落とした。