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自爆は切り札になり得ますか?  作者: ひさ
第一章:異世界転移と天使降臨
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ep.2 異世界転移は突然に




「波瀬照よ。大変残念なことですが、あなたは死んでしまいました」

「いや何これ? ドッキリ?」

「違います」


 なんてことない普通の高校生、波瀬照(はぜてる)。東京生まれ東京育ち。17歳。

 その前に立つ、銀髪の美少女。ぼんきゅっぼん。


「あなたは友人と『鉄塔登りチキンレース』で遊んでいる際、カラスの糞が頭に降ってきたことに驚いてバランスを崩し、頭から地面に落下したのです。……即死でした」

「ば、バカな……」


 銀髪の美少女は眉をひそめ、あまりにも可哀想なものを見る目で少年、照を見ている。

 厳かな雰囲気を醸し出すその美女は、白いローブ的な布を身に纏い、どういうカラクリか全身から淡い光を放っている。その様は、二次元的な文化に精通している者が見ればこう言うだろう。

 まるでどこかの物語に出てくる女神様のようだと。

 間違いなく、今、彼女はこの場を完全に支配していた。

 照はその雰囲気に呑まれ、わずかな言葉しか紡ぐことができない。


「私は運命の女神リラ。あなたには今、二つの選択肢があります」

「……」


 照の言葉に軽く首を横に振って、ひたすら荘厳に、自らを「神」と名乗った少女、女神リラは言葉を続ける。


「一つは、このまま天界の門へ旅立ち、審判を受けるか。そしてもう一つは––––––」


 一瞬の静寂。すべての時が止まったかのような空白のあと、かっと目を見開き、告げた。


「––––––異世界へ行き、魔神を倒す勇者となるか」

「っ……!」


 息を呑む。

 大きく目を見開く照の相貌には、大きな驚愕と、それに匹敵する困惑が浮かんでいた。


「さあ、どうしますか、波瀬照。あまり時間の余裕はありません」

「あの……! ちょっと、いいですか……!」


 だがそんな彼を気にも留めず、彼女は迫る。

 自らが提示した、運命の二択を。

 だが、照もずっと固まっているわけではなかった。驚愕その他諸々の感情による静止の呪縛から、ようやく抜け出したかのように、照はこの女神を目にした時からずっと気になっていたことをついに口にした。


「はい、なんでしょう。ほかでもない貴方からの質問なのです、私に可能な限りお答えしましょう」

「こ、ここって……」


 なおも女神リラは厳然、あるいは鷹揚な口調を変えず、照を見つめていた。……だが。


「……俺の部屋なんですけど?」

「っ……」


 照の言葉を聞いた瞬間、女神は、顔を思いっきり明後日の方向に向けた。

 と同時に、彼女の雰囲気に支配されていた空間が解放される。

 よく見ると、と言うか……。よく見なくても、そこは畳の上だった。


 もっと言うと、普通の六畳間––––––照の自室だった。


「ナ、ナンノコトデショー……?」

「どこ見てるんですか」

「さ、さあ波瀬照、さっさと世界を救うのです! 善は急げとも言いますからね! ほらハリーアップ! ハリーアーップ!!」

「いや思いっきりごまかしてますよね!? なんで急に俺が世界救うことになってんの!? 不法侵入者だっ、おかあさ––––––」

「わわわ、ちょっと待って待って、待ってください––––––!」




 ★




「お茶です」

「ど、どうも……」


 照の目の前に座る不法侵入者もとい自称女神は、ひとまず照に危害を加える意思はないらしい。照はお茶を出した。言動はどうあれ、絶世の美少女に対する本能的なもてなしである。

 なお照の視線は自称女神の胸元、その一点に固定されていた。

 白い布を適当に、あるいは複雑に絡ませたような彼女の服(?)は何故か、胸元だけわずかに隙間があるのだ。不思議だ。どうなっているのか分からないアニメキャラの髪型や、超短いスカートなのにその中が絶対に見えないアニメくらい不思議だ。


「これはきっと崇高な女神的な神秘に違いない……」

「あの、そんなに見つめられても困るのですが……」

「っ! すみませんでした!」


 ––––––神速の土下座!

 健全な男子高校生的なありふれた自然現象とはいえ、自分が悪いと思ったら謝るのが真理である。まずは自分の非を認めること、これが照的によりよい人間関係の構築方法なのだ。

 でも相手は人間じゃなくて女神らしいので効果は分からないね。


「えと、それで、なんのご用でしょうか。俺みたいなのに」

「ずずっ……。えーそれはですね……」


 出されたお茶を普通に飲んでいた自称女神が、若干目を泳がせながら口を開く。

 既に、最初あった荘厳なオーラなどは塵ひとつ残らず消え去っている。むしろどこか幼い雰囲気を感じるほどだ。


「こ、こほん。波瀬照さん、異世界へ行ってみたくはありませんか?」

「ええ……なにその怪しげな宗教勧誘みたいなの……」


 胡乱げな眼差しで自称女神を見る。

 女神の精神HPがやや削られた。


「あ、あれぇ……? 運命視的には既に同意を得られてるはずだったんですけど……ゴニョゴニョ」

「あの、聞こえてますけど?」


 運命視、というのが何かは照は知らないが、ニュアンス的に『未来を見る力』的な何かと推測できる。それくらいには照はいわゆるオタクだった。微妙に。

 オタクである、と胸を張っては言えないがアニメは普通に観るしゲームもする。そんな存在は真のオタクたちに完全には馴染めず、かといって陽の者にも決してなれない。どちらのつながりも中途半端にしかないから、友達と呼べる存在もできない。

 そう、照はこの世界が、ネット社会が生み出してしまった、どっちつかずの悲しき獣––––––【無色の者】なのだ……。


「む……そりゃちょっとは異世界に興味ありますけど」

「本当ですか!」

「まあ、就職決まらず高校卒業しますから」


 そして現在進行形で【無職の者】へ歩を進めている、怪物だった。

 自称女神はそれを聞いてはっと顔を上げる。


「……つまり、働きたくない、ということですね!?」


 その言葉に照はくわっと目を見開く。


「その通りッ! 俺は働かないで生きていたいッ!」

「なるほど……! 確かに、不労所得って憧れますよね!」

「ザッツライト! 俺は働かず、ネットの配信者とかで食っていきたい!」

「スキルはあるんですか?」

「ないです!」

「なるほどなるほど! ––––––では波瀬照さん、異世界に行きましょう」

「なんでそうなるの!?」


 労働拒否の気持ちが大きすぎるあまりエキサイトしていた照だが、しっかりと理性は残していた。

 今の盛り上がりが嘘のように、ため息をひとつ吐いた照はジト目で自称女神を見つめる。

 すると、じっと見つめられた自称女神は再び目を泳がせる。なんて調子の良い女神だ。


「というかこういうのって、本当に死んでしまった人に提案するもんじゃないんですか? 異世界転生的なやつですよね? 俺、知ってますよそういうの。好きです」

「い、いやあ……」

「でもなんで今を生きてるニートの進化前みたいな俺に、女神的ないかにも崇高っぽい存在が、わざわざ声をかけるんですか? お前はもう社会的に死んでいるってことですか? 秘孔突かれた?」

「そ、それは……」

「そもそもの問題、あなたが本当に女神だって保証もないですからねえ……」

「う、うう……」


 言葉責めである。

 自称女神はまるで針のむしろ。もうなんか泣き出しそうだった。


「ほら、観念してゲロっちまいなよ。本当はなんで俺の部屋に入ってきちまったのかをさあ……」


 スッ、と照はカツ丼を差し出す。実際には存在しない。エアカツ丼だ。

 こういうのは雰囲気が大切なのだ。


「うう、じ、実は……」


 ほら、あっさりいった。

 照はドヤ顔でそう思った。




 ★




 自称女神は、本当に女神だったらしい。

運命を見通す女神、運命神リラ。「今から10秒後、母親に呼ばれる」など非常に近い未来の予知を10連続で的中させたため、状況証拠と相待ってさすがに本物っぽいな? 神っぽいな? と照は結論付けた。

 話を聞いたところ、女神はまだ若い神らしい。日本人的に言うと新卒だ。

女神となって初めて管理人、いや管理神となった世界にてとある人物に力を貸したところ、反旗を翻され、それ以来世界のパワーバランスが見過ごせぬ状態になった、とのことである。

 そこで、仲の良い先輩神のツテで、異世界に理解がありそうで問題を解決してくれそうな日本人をスカウトしに、運命を見通す女神の大いなる予感の元、照の部屋にきた……という流れらしい。


「だから、そのとある人物、魔神でしたっけ? を、やっつけろってことですか……」

「そうなのです……」


 照は目を瞑って考える。

 メリットと、デメリット。


「異世界に興味はあるけど……やっぱり、危ないんでしょう?」


 最大の障害はこれだ。

 照はただ労働をしたくないのであって、人生に絶望して死にたくなっているわけではない。

 異世界に行って、はい死にました、では行く意味がない。


「そうですね……。やはり向こうでは、この世界と違って多くのモンスターが生息していますし、この世界にはない力……【スキル】は、使いようによって簡単に他者を害することができます」

「ほう、スキルですか……」


 スキル!

 RPGなんかをはじめ、ゲームやファンタジー小説の定番だ。照は耳聡くこの単語に興味を示した。


「ええ、私の世界にはスキルと呼ばれる力が存在します。火を起こしたり水を出したり、雷を呼んだりだってできますよ」

「な、なんだと……。それって、もしかして異世界転生の定番、『俺つえ〜』ができるのでは……!?」

「俺つえ……? それはよくわかりませんが……。あっ、言い忘れてましたが、日本の方が私の世界に転移すると、ほぼ確実に、強いスキルが手に入りますよ! 日本人の若い方ってスキルが好きなんですよね?」

「な、なんだと……」


 照の気持ちが揺らぐ。

 健全なオタク系男子たるもの、異世界に渡って俺つえ〜からのハーレムどうのこうのとか無双なんたらかんたらには、大なり小なり憧れるものだ。


「基本的には、上位神の管理世界から下位神の管理世界に渡ったものは、世界のバランス調整のためになんらかの力を手に入れる可能性が高いですね。照さんが住むこの世界はかなり上位の世界なので、私の管理世界に行けば、相当強力な力が手に入るはずです。それこそ、魔神をも打ち倒せるような強力なスキルが」

「くっ……」


 照の気持ちが揺らぐッ!

 だが、障害は危険性だけではない!


「で、でもこの世界とはお別れなんでしょう……?」

「それは……」


 この世界、日本には、家族も友達も(少ないが)いる。

 異世界に行くことを承諾すれば、二度と会えないかもしれないのだ。


「お、おそらくですが、私が他の神々に謝り倒せば大丈夫です! 上位世界から下位世界へは、あまり複雑な手続きは必要ないのですが、逆となると……。いいえ、できます! 魔神を倒して世界に平和を取り戻していただけるのであれば、やってみせます! 神々になんかフルペッコしてやりますよ!」

「謝り倒すの、フルペッコとか言ってんのか……」


 だが、一方通行の転移ではない可能性の浮上によって、照の意思はますます揺らぐ。

 でもまだだっ……。


「でも、結局俺にメリットってないですよね……?」


 そう、いかに強力なスキルを手にしたところで、それは異世界へ渡ることへの対価なのだ。であるならば、魔神とやらを討伐することへの対価がなければ、ただ疲れてしまうだけだ。


「(やっぱり、異世界に行くより、親のスネかじりまくる方が、俺の性に合ってるんだろうな……)」


 などと照が考えた、その時。


「魔神を倒していただければ、日本に帰還した際に、照さんを億万長者にします!」

「いきます」




 ★




「つまり運命の女神たる私は、未来を予見し、万馬券の三連単を教えることだってできるのです。ウィンファイブって知ってますか? たった100円が、1億円にもなるなんてすごいですよね」

「どうしよう、万馬券エサに異世界行かせる女神、すげぇ俗っぽいんだけど……。行くって言ったけど、やめたくなってきた」


 クエスト:魔神討伐。対価:万馬券。

 照の気持ちが揺らいだ。主に行かない方向に。

 先ほどの照の転移承諾を聞き、女神リラは既にいそいそとなんらかの準備に取り掛かっていた。

 魔法陣的なものが構築されていっているから、異世界転移用のゲート的なやつを作っているのだろう。

 自分はこれから異世界へ行くのだという実感が出てくる。


「でも、この部屋で何もせず歳くっていくより、全然マシか……」


 自分が育ってきた和室を見渡す。

 一日の終わりに必ず帰ってきたベッド、小学生の時からあり、高校生になっても使い続けていた勉強机。

 このままいくといわゆる「こどおじ」になっていたのだろうか、と考える。

 何故か、喉の奥にこみ上げるものがあった。

 これが、就職の喜びか。

 違うね。


「さあ、完成です!」

「きたか……」


 女神から声がかけられた。照は少しだけ長く目を瞑り、そして女神の方へ振り向く。


「これが【ゲート】。この世界と私の世界を繋ぐ、世界越境の転移門です。どうぞ、お入りください」


 畳の上に描かれた、人ひとりがちょうど乗れるくらいの円環。環の内部には五芒星や六芒星をはじめとする幾何学模様と、びっしり書かれた記号群。そこから溢れ出る怪しげな光。

 ああ、俺は異世界に行くんだ、と、否応なしに思い知らされる。


「行くぞ……!」


 照はゆっくりと、力強く一歩を踏み締め、ついに円環の内部に入った。


「うわっ!?」


 照が円環に全身を入れた瞬間、ビシィッ! と、環に沿った透明な壁が形成された。


「大丈夫です、それは安全な転移を行うためのトンネルです。急に迫ってきて潰される、みたいな心配はありませんよ。そして……」


 女神は一度言葉を切った。

 どこか勿体ぶるように微笑んで、言葉を続ける。


「ゲートに入った照さんの体が私の世界と呼応したことによって、スキルが見られるようになりました」

「おおっ! そ、それで俺にはどんな強スキルが……?」


 スキルきたっ!

 【全属性魔法】とか【ソードマスター】とか、超強くて無双できそうなかっこいいのプリーズ!

 と、照の心境は合格発表直前、告げられる結果を今にも知りたいと体の動きが抑えられない受験生のようだった。


「いま見ます。波瀬照、あなたのスキルは……ぇ」


 え?

 何か小さな音が聞こえたが、気のせいだろう。

 女神の口元がほんの一瞬だけ引きつった気がしたが、まあそれも気のせいだろう。

 なんせ『強力なスキル』だ。なんなら強力すぎて照自身が異世界をめちゃくちゃにしてしまう可能性があるのかもしれない。しかし照は健全な無双しかしないつもりだったため、それは杞憂というものだ。

 弱きを助け強きを挫く、これが健全な無双なのである。

 果たして言葉を切っていたのはほんの2、3秒。

 女神リラは、どこか会心の、あるいは……そう、やけくその笑みを浮かべながら、こう言った。

 言って、しまった。



「あなたのスキルは……【自爆】です!」



 自爆です……自爆です……自爆です……。

 エコーがかかった。ような錯覚を、二人は覚えた。


「……」

「……」

「…………」

「…………」


 圧倒的な沈黙が降臨した。

 二人とも、なんの言葉も発しない。ただじっと目を見合わせているだけだ。

 瞬きすらしていない。女神の笑みは完全に固定されていた。


「さあ勇者、波瀬照! 異世界へ行くのです!」

「え、ちょっと転移キャンセルキャンセルぅぅぅぅ!!!」


 ビシッと明後日の虚空を指差す女神。

 照はドンドンと結界を叩いてゲートを抜け出そうとするが、もう遅かった。

 ゲートは一方通行。一度足を踏み入れた者が出られないような仕組みになっているらしい。


「【自爆】って、なんだああああああああぁぁぁ……」


 結果として、照はゲート内部から一気に吸い込まれるような形で、畳の下へ沈んで行った。

 残された女神リラは、憂いを孕んだ、しかし意志の強さを感じさせる瞳で、照が消えた【ゲート】を見つめていた。


「どうか、ご武運を……!」


 こうして、日本人、波瀬照は異世界へ渡ったのだった。





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