ep.1 Re:大怪我から始まる異世界生活
よろしくお願いします
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ノーペイン、ノーゲイン。
痛みなくして得られるものはないと言うが、できれば痛みなしで何でも得たいと思うのが人の心情である。夢はノーリスクハイリターン。何もせずお金が得られるなら誰だって働きたくないのだ。ましてそれが現実的な「痛み」を伴うのであれば尚更。一部の特殊な人をのぞいて、普通、誰だって痛い思いはしたくない。
それが避けられぬ運命だとしても。
「今回も良い仕事だったわね、テル。狙い通りA級モンスター【レッドワイバーン】は消滅、他のモンスターの住処になり得るワイバーンの巣も、見事に壊滅したわ! クエスト完了、お疲れさま」
「う、うるせえ……」
荒れた山中にふたりの人影。
黒髪の少年と、金髪の少女だ。
小型の隕石が落ちたあとのような、そこだけ木々が抉り取られた半径数十メートルにおよぶクレーターの、ちょうど中心に彼らはいた。なぜか少年は地に倒れており、ぶすぶすと黒い煙を体から上げている。その肌は傷や火傷のオンパレード。まさしく死に体である。ここが重要なのだが、右半身が下で、体を「く」の字のように折り曲げている。なんかどこかで見たな。
少女はというとこちらは一切なんの汚れもなく、ちょっと市場に買い物に来て野菜を眺めてます、くらいのなんでもないような顔で少年を見ている。ただ、服装は明らかに高級品、さらにその豪奢な金髪が太陽の光を浴びてきらきらと宝石のように輝いており、どこかの貴族の令嬢と言われても誰もが信じてしまうような謎の気品があった。
ふたりは、プリキュア。
じゃなかった、傍目に見てかなりアンバランスだった。
「早速ギルドに達成報告に行くわよ! あっ、報酬の70万リラは諸々考えて、半々でいいわよね?」
「じゅ、10:0に決まってんだろバカアンジェ……。諸々なんて考えれるほど仕事してねえくせに……」
「怒んないでよ、ほらヒールかけてあげるから。あ、ほらこれ仕事でしょ? これで半々ね」
少女はそう言って両手を少年の方に向ける。
「はい、【ヒール】。ふっ、これが現実の死に戻り、ってね……。戻るのはギルドだし、歩いて行くけど」
少女がそう言うと、その両手から淡い光が放たれた。
それは癒しの力。光には治癒の効果があった。
高位スキル【治癒IV】の実力が遺憾無く発揮されたその【ヒール】は、みるみるうちに黒髪の少年の傷を癒していく。
少年の体から上がっていた黒煙はたちどころに消え、焦げた皮膚はみずみずしく健康的な元の肌色を取り戻す。それは少年の元いた世界では決して見ることのない、まさしく奇跡だった。
「コイツあとで絶対泣かす……。ボコボコにして許しを請わせてやる……」
「あら? 自爆してまわり吹き飛ばす以外、何もできないただの一般人のテルくんが、【光魔法Ⅰ】の攻撃スキルを持つわたしに許しを請わせることなんてできるのかな〜? ぷっ」
「はあ!? てめえ、今夜はぐっすり寝れると良いなぁ!?」
「え、ちょっと本気……?」
だが、少年はそんな奇跡に感動することなく、少女に食ってかかる。まるでもう慣れている、早く終われと言わんばかりにモゾモゾと動きながら。
すると少女が露骨に顔をしかめながら言う。
「ねえ、なんかキモいからモゾモゾするのやめてもらっていい? わたし、虫、嫌いなのよね」
「仕方ねえだろ……。まだまともに動けねえんだよこっちは。イヤだったら早く治せ」
「わたしに指図するな、戦闘力4の虫けらめ」
「しばく」
「あなたにできるのは自爆だけだけどね……なんて」
「じばくッ!!」
そうしてふたりは延々とぎゃあぎゃあ騒いでいたが、その間にも治癒は進んでいく。
やがて少女の手から光が消えると、少年の見た目は傷ひとつない健康体に戻っていた。
「うっ、痛ってえ……。もう二度とこんなスキル使わねえ……」
だが、未だにダメージは体内に残っているようで、少年は立ち上がるのもふらふらとおぼつかない。外傷は完治したが、傷はそれだけではなく、金髪の少女の実力をもってしても完治に届かないほどのダメージがあったということだろう。多分、内臓系だ。
「ほら、行くわよテル。【ハンターズギルド】まではここから1日かかるんだから、日が沈む前にふもとの宿屋まで戻らないと」
「コイツ、鬼か……」
少女は「ひと仕事終えた」と言わんばかりにぐっと伸びをして、くるっと優雅にターンすると、すぐにそそくさと歩き始める。
まるで少年のダメージを気にしていないような速度で。
ガックリとうな垂れた少年の顔は、しかし「仕方ない」という風で、どこからともなく持ってきた木の棒を杖代わりに、少女を追って歩き始めた。彼の通常通り、ぼそりと相手に聞こえない悪態をつくことを忘れずに。
だが、少年の呟いた言葉はどうやら聞こえてしまったらしい。少女は歩みを止めて振り返り、ふわりと微笑んだ。
「あら、鬼とはまた失礼ね。わたしは歴とした天使なんですから。女神さまから聞いてない?」
「……ああ」
時は夕刻。
傾いた太陽の光を後光のように背負った少女の美貌は、思わず息を飲むほどに美しく、少年はほんの一瞬だけ言葉を失った。
それを恥ずかしがったのか、照れ隠しのようにすぐに言葉を紡ぐ。
「だったら天使っぽく、もっと人当たりよくしやがれ、このエセ天使」
「はあ!?」
すると少女の顔から笑みが消え失せ、そのまなじりがみるみる釣り上がった。何やら少年は、彼女の地雷を踏んでしまったらしい。
「いま、このわたしに向かってエセって言った!? いやいやび〜っくり! すっごい不敬! 天使の怒りを思い知りなさいこのっ、【リバース】!」
「ぎゃああああっ!! そういうとこだよエセ! くそッ、やっぱりお前なんかと組むんじゃなかった!」
黒髪の少年は治癒戻しを受けて痛みに悶絶しながら、天を仰いで絶叫する。
「ああ、女神さま、どうかこのエセアホ天使に天罰を!」