序章3:新世界
将武は、自らこの国を統一し、治める者と信じていた。
それが、こんなところで『嵌められる』とは。
まだ人類が隣人に対抗する力は、ほとんどない。
自分のような先を見据えた者が、この国を再構築しなければならない。
「あと少し。悔しいなぁ」
将武は自らの最後を目前にし、思わず呟いた。
美亜が自らの残る全てを捧げた演算能力により、莫大な破壊力を内包したエネルギーの塊が、その暴力性を輝きに変えたかのような激しい構造色を纏って、将武の右手の上に浮かんでいる。
再度、攻撃に出ようとするのか、隣人の目から触手のように這い出し、ウネウネと動いている金属チューブが合計8本、揃ってその口を将武へ向けた。
「待てよ。ほら、最後に人間にはな、何とかの馬鹿力ってのがあるんだよ!」
将武の右手の禍々しい光が、強烈な熱を発しながら、その手元から消えた。
直後、隣人の頭部が光に包まれたのと同時に、隣人の肩口が光を発した。
光の中で吹き飛ぶ、隣人の頭部。
隣人の身体が突き飛ばされて後ろへよろめき、壊れた玩具の人形のように、四肢をあらぬ方向へ曲げたまま、ぐちゃり、と気色悪い音を立てて仰向けに、歪に崩れ落ちた。
倒れた隣人は、両肩口が大きく抉れ、鎖骨部分が焼き切れたように黒色に焦げ付き、背骨と思しき形状の突起が、背中側へ捲れあがっていた。
「その方が、俺の好みになった・・な・・」
将武は軽口をたたきながら、同じくその場に倒れこんだ。
仰向けになった将武には、右腕も残っていなかった。
「はは・・ざまあ・・みろ。勝った・・ぞ」
将武は、もう伸ばす手が無い代わりに、力の入らない首を動かして、美亜を探した。
美亜は、闘いが終わったことを感じ、将武の声がする方向へ這い進んでいた。
もう、ほとんど見えない目で将武を探し、動かない身体を引きずり、腕にわずかな力を入れて、将武へと近づいていった。
美亜が将武の身体を見付け、寄り添った時、もう、将武の命の火がほとんど消えていることが分かった。
将武の身体からは、新たな血液すら流れ出ていない。
まだ生きているのは、才を持つヘッドとなり得る人間だから、ということに尽きるだろう。
美亜は、もう自分自身も力が入らず、震える手で、腕の無い将武の身体を、抱きしめたつもりだった。
しかし、抱きしめる力も、もう無く、将武の身体に自らの腕を置いただけだった。
ガシャン
二人が寄り添って倒れている至近から、瓦礫が弾かれる音がした。
(助けだろうか・・)
美亜は、わずかに残る聴力と思考力で、反応した。
「セイメイ活動ヲ、停止シナサイ。貴方タチヲ回収シマス」
先の隣人よりもさらに1mほど大きな体躯――4mを越えようかというほど――の、雄型の隣人が立っていた。
漆黒の羽織袴を纏い、その手には、日本刀に酷似した形状の、深紅の刀剣を携えていた。
そして、その顔面は黒一色で、何も無かった。
「み・・美亜・・あいして・・る・・ぞ・・」
もう生きていることが有り得ない状態である将武が、美亜への愛を零した。
ただ、もう、開いている将武の目は瞳孔までが白くなり、その意識も美亜に向いているのか・・美亜を認識できているのか・・それすらも分からない状態であった。
将武の魂が、それをただ言葉にしたいという願いを叶えるために、音にしていたのかもしれない。
美亜は、自身ももう見えなくなっている目から、止まらない涙を流しながら、将武の身体をのぼるようにして這っていき、その顔と顔を合わせた。
もう、将武の心臓の音すら聞こえない。
身体の熱さえも感じられない。
でも、二人は共にいた。
美亜は、将武に唇を重ねた。
「過去にも未来にも、ありがとう」
二人の首元に、隣人の深紅の刀が振り下ろされた。
◇
2050年から始まった、カタストロフィと呼ばれる天変地異により、人類は旧文明を失った。
人類は自らが獲得した異形の能力と、叡智による新たなるテクノロジーにより、万物の霊長の座から追われた過酷な世界と対峙していた。
人が捕食者と戦い、人が人を創り、また争い、そして未来を創ろうと藻掻いていた。
これは、私たちの世界と少しだけ違う世界線の物語―――
私たちと同じ人、同じ愛情、同じ悲しみ、でも形の違う世界。
少年と少女と妖精の物語。
ここまでが序章となります。
以後、本編をよろしくお願いいたします。