曲がり角は森の、
真冬の山道を漕ぐ。ヘッドライトが浮かび上がらせるのは一面の銀世界だ。暗闇の横たわる急カーブをシフトチェンジでいなしていく。
「ひゃははは。秋は紅葉のシーズンで夜も駐車がいたけどね」
「人どころか鹿の子一匹いやしないな」
おら、と言って男の運転する車は幾つもの轍を造っていく。
「そういやこの山って出るらしいよ」
「出るって何が?まさかお化けとか言うんじゃないだろう」
ハンドルを巧みに捌きながら、車は白い傾斜面を駆け上がる。
「猛スピードでとばしていると、道端に女がいるんだってさ」
「そうか。轢かないように気をつけなきゃな」
アクセルを目一杯踏み込んだ男は、急加速にのけぞる友人を見て笑った。昼間に陽が当たる所はバーンになっていて危ないが、男はそれを知ってブレーキを踏まないほど愚かではない。あくまでスリルは太く安心感のある綱の上で行われていた。
すると前方に赤い光が仄かに動いた。二人は顔を見合わせた。
「まさか、な」
ぐんぐん加速して近づいてみれば、テールランプが揺れている。
「何だ、幽霊かと思ったぜ」
しかし前方の車はヘッドライトが切れていて、車間距離を詰めると辺りは真っ暗になった。車同士の間の積雪が眩い乱反射を引き起こすだけで、男たちの車のライトも役目を果たせない。
「くそ、邪魔だな」
「せめて追い越せればいいのに」
道幅は狭く、回り込むのは難しかった。
「しかも道が覚束ないからってブレーキ踏みすぎ。迷惑だよ」
ライトがない雪道を走るのは自殺行為以外の何でもない。
「おい、左にウインカー出してるぞ」
停車するつもりだろうか、だとしても狭小の道では後続車はどうもできない。ブレーキの頻度も増えた。
「流石にイライラしてきたな」
道が広がったら一気に抜いてやろうと、男はエンジンをふかす。ウインカーを小刻みに点けたり消したりされて頭がチカチカした男はクラクションに手をかけた。
「あ、曲がった」
男はアクセルが壊れるほどの体重を乗せた。追い抜いた刹那に、体がまるで宇宙に運ばれたかのように軽くなった。
「つ、月が」
こちらのフロントガラスめがけて向かってくる。或いは車が引力に逆らえずに上昇しているのだろうか。奇怪な浮遊感に抱かれつつ助手席に顔を向けると、
「眠っているのか?」
口を開けて、舌のだらしなく垂れた友人は、半開きの白目を鮮やかに剥いていた。
一瞬月が消える。
そしてまた現れる。
ゆらり儚げに揺れる月は、まばたきする度に近づいて。
このあと川面に落ちたかも知れない
もしくは宇宙人の力で本当に月に運ばれた可能性もある
たくさん選択肢はあるけれど
車をどこに馳せようか




