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おっさんは仕事する

「それじゃ、行ってきます!」


「おう、気をつけてな。」


憑物が落ちたような笑みでそう言い、勢いよく扉を開け放つ麗華に廊下から声をかける。

麗華はもう一度こっちを振り返り、嬉しそうに手を振って学校へ向かった。


「さて、仕事すっか。」


一般の仕事に比べれば、俺の仕事は時間の融通がききやすい。

基本的に午前中に仕事を済ませてしまう俺は、早速書斎へと向かうのであった。






「ーーーって事で、ひとまずノルマは達成した。」


『相変わらず執筆(仕事)が早いですね、先輩。』


「今回は特に難産でも無かったしな。データを送っとくから、確認を頼むぞ。」


『了解です!今日中に確認しておきます!』


「おう、よろしく。んじゃな。」


『はい、また何かあったら連絡して下さい。』


「おー」


気怠げに返事をして電話を切る。

電話の相手は、俺がシリーズ小説を連載している角河(つのかわ)文庫の編集者だ。

大学で所属していた文芸サークルの後輩でもある。


現在、俺が連載しているのは"幻の探偵"シリーズという。

これは、多重人格者の探偵"淀川海里(よどがわかいり)を主人公とした作品群である。

10人の人格を持ち、それぞれの特殊技能を活用して事件を解決していくというミステリー小説だ。


先程の電話は、"幻の探偵"シリーズの第四作目、『悔恨の魔笛』の執筆の進捗についての話であった。

既に8割以上の執筆が終了している。

推敲まで含めても、来月中には書き終わるだろうというところまできていた。


このシリーズの第三作、『ライカの殺人法』がミステリーの伝統的な賞を受賞し、業界では多少有名になった。

だからこそ次作は各方面に期待されており、編集からプレッシャーをかけられる事も多々あるが、生憎俺はそんな事を気にするほど繊細な精神は持ち合わせていない。


それにまぐれ当たりという事もある。

これで四作目が駄作とか言われて干される可能性だって捨てきれないわけだ。

ならば、ここで調子に乗ったりプレッシャーに負けるのは良くない。

いつも通りで良いので。

どうせ書きたいものを書いているのだから。



……とまぁ話が脱線したが、とにかくそんな感じで午前を過ごすのが俺の日課であった。




午後は特に決まったものがあるわけではない。

のんびり本を読んだり映画を観に行ったりブラブラと街を徘徊してみたり、夜になれば飲みに行ったり。

小説のネタはどこに転がっているかわからない為、何かしらの行動をするようにはしているが、それだって仕事の事ばかり考えてはいない。


いまこの時間も汗水流して働いている方々にとっては羨ましい事だろうが、俺にとって午後は仕事がてらの休息の時であった。


「今日はどうするかね。」


昨日の午後は知り合いと会っていた。

今日はゆっくり読書しても良いが、せっかくの快晴だしどっか出かけるか。

だがその前に昼飯だ、と考えるが昼飯を作るにも材料が特にない。

外出ついでに昼飯も外で済ませるか。


夕方には買い物をして帰って来るとして。

ショッピングモールにでも行くか、適当にぶらつくか。

都心の繁華街に繰り出すにしては時間がなく、適当にぶらつくにしては時間がありすぎる。

ぶらついて帰ってきて、また買い物に行くのも面倒だからな。


という事で、駅前にあるそこそこ大きなショッピングモールに向かうとしよう。

その中なら昼飯食える所も色々とあるしな。






ショッピングモールに到着。

無難に定食屋で豚カツ定食を食った後、ただ気の向くままに店を見て回った。



「お、田中花子先生の新作だ…買っとくか。」


書店でお気に入りの作家の作品を見つけては購入したり。



「そういやあのコート捨てたんだったな……もうちょい寒くなってからでも…いやでもなぁ……」


服屋を適当に冷やかしたり。



「カエルの卵ゼリー…こんなもん買う奴いんのか…いるんだろうなぁ…」


雑貨屋で気味の悪いものを見つけたり。



「"沈黙の軍艦"……これ面白そうだな…来週放映か。」


映画の掲示を見て情報収集をしたり。



「旅行ね…暫くどこにも行ってねぇしな……冬の温泉も良いよなぁ…」


旅行代理店の店先で雑誌を流し見たり。



「そういや麗華(あいつ)、『ドライヤーの火力が雑魚すぎ』とか愚痴ってたな。……まぁ、今のやつも結構使ってるし、新しくすんのも悪くねぇな。」


押しの強い店員を躱しながら家電を選んだり。






そんな事をしていると、あっという間に時間が経った。

空は茜色に染まりつつある。


購入した本とドライヤーの入った袋を手に提げ、スーパーに向かう。

モールの中にもスーパーはあるが、重い荷物を持つ時間を減らす為に、なるべく家に近いスーパーへ行きたかった。


「………ん、あれは…」


道中、前方に見覚えのある背中が。

というか今朝見送ったばかりの背中であった。


「おーい、麗華。」


やや足早に近寄り、声をかける。


「ん……あっ、ニッキーじゃん!!」


訝しげに振り返り、声の主が俺であると把握した麗華が笑顔を浮かべる。


「お疲れさん。下校ってこんな早いんだな。」


まだ今から夕方だという時間である。


「帰宅部はだいたいこんな感じだよ。学校に残って駄弁ってる奴とかもいるけど。」


「麗華は違うのか。」


なんとなく放課後駄弁ってるグループに入ってそうだけどな。

ギャルだし。


「ん、まぁいつもはちょっと残ったりするけど。今日は………早く、帰りたかったし。」


うっすらと頬を染めて、長い金髪をクルクルと指に絡める麗華。

なに照れてんだこいつ?



「ふーん、そうか。」


「ふーんって…ニッキー興味なさすぎなんだけど。」


「いやまぁ……それより、今から買い物に行くんだが、先に帰ってるか?」


家の鍵は朝の時点で渡してある。

ついでに連絡先も交換していた。


「んーん、ついてく。」


「わかった。」


スーパーへ向け並び歩く。



「ねぇねぇ、なに買うの?」


「色々だな。食材とか何もねぇし、買い込むつもり。」


「へぇ…お菓子は?」


「あんまり食わねぇしな……何か欲しいのか?」


「私、チョコ好きなんだよねー。」


「キノコか?」


「タケノコ。ニッキーは?」


「アルフォート。」


「ちょっ、それセコくない?」


「ならホワイトロリータ。」


「いや、あんま変わってないし。てかそれなら私はポッキーで。」


「俺はポッキーよりトッポだな。」


「合わないね。」


「合わねぇなぁ。」




「……ま、いっか。」


「ん?」


子どもみたいに笑って大きく伸びをする麗華を見て、首を傾げる。


「合わない同士の方が、新しい発見があって楽しいっしょ。」


「……さよか。」


昔、そんな事を言っていた奴もいたな、と思い返して頬が緩んだ。


晩飯、なに作ろうかね。

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