おっさんはJKギャルの過去を知る
「私のお父さんが会社の社長だって話はしたよね。」
金髪JKギャルの麗華が滔々と話し始めた。
「おう。」
「私が生まれた頃は、お父さんの会社は今ほど大きくなくて、お母さんも私の世話をしながらパートの掛け持ちとかしてたんだって。」
麗華が俯きがちに小さく微笑む。
その表情には父と母への愛情が伺えた。
「それから数年間で会社が急成長して、私が5歳になる頃には東京に本社を移す事になったの。」
「急成長ってすげぇな。親父さんはそんなやり手なのか。」
「運も良かったって。スマホの普及がここまでにならなければ、会社のサービスも需要が伸びなかったって昔言ってた。」
スマホの普及?
「スマホが何か関係あるのか?」
「お父さんの会社は、"メルクーリ"っていうフリマアプリの運営をしているんだけど、知ってる?」
「そりゃ知ってるさ。使った事はないがな。」
よくCMもやってる。
フリマアプリやら通販やらを使わない俺ですら知っている有名どころだった。
そこの社長ってんだから、さぞや良い生活をしているのだろう。
「そりゃ確かに急成長だな。」
フリマアプリなんてものが一般に馴染んできたのもここ数年の話だろう。
「それまでは地方でやってたのか。」
「うん、創業は福岡だよ。だから私の生まれもそっち。」
……ほう。
「奇遇だな。俺の実家も福岡だ。」
「えっ、そうなの!?」
「あぁ、大学進学を機に上京して、帰るつもりもなかったから今もこうして暮らしている。」
「すごっ!奇跡だね!」
奇跡というには大袈裟だが、珍しい事だとは思った。
「……いや、すまん。話を遮ってしまったな。続きを頼む。」
「あ、うん。」
コホン、と咳を1つ。
「とにかく、上京してからもお父さんの仕事はうまくいって、今では結構有名な会社になったんだけど。」
麗華の顔が曇る。
儚げな表情に目を奪われた。
「5年前に、お母さんが交通事故で亡くなったの。」
「……そうか。」
俺も幼い頃に両親を事故で亡くしている。
だから麗華の話を他人事とは思えなかったし、柄にもなく運命的なものを感じていた。
「お母さんがいなくなってから、お父さんはそれまで以上に仕事に打ち込むようになった。」
最愛の妻を亡くしたのだ。
何かに逃げたくなる気持ちは、わからないとは言えなかった。
「私はお父さんに嫌われたんだって、その時は思ってた。今考えてみればそんな事なかったんだけどね。お父さんは不器用な人だから、お母さんを亡くしたショックもあって、私にどう接すれば良いのかわからなかったんだと思う。」
過去を悔やむような、己を責めるような、そんな悲しげな笑みを浮かべる。
「それから私とお父さんの仲は余所余所しくなっていった。会話はするけど、どこか冷たいような感じがしてた。」
「………」
「それでも高校生になってからは、私もお父さんの気持ちとか何となく察するようになって、前よりもずっと普通に話せるようななったんだけど……。」
「それでもこうして家出してるのには、何か理由があるんだろ?」
「うん……まぁ、よくある話ではあるんだけど。」
麗華は苦笑した。
「お父さん、再婚を考えてるらしくて。今日、家に来てるんだ。」
「あぁ……そうか。」
「相手はお父さんの秘書なんだって。一度会ったけど、優しくて明るそうな人だった。」
「良い人なのか。」
「うん、たぶんそうだと思う。私のお母さんは物静かな人だったけど、その人は話すのが好きで、私にも色んな話をしてくれた。」
麗華の瞳が潤んでいく。
「楽しかったよ。きっと私は、あの人の事を好きになれると思う。お父さんの事もしっかり見てくれてるのも伝わった。お父さんは今までいっぱい頑張ったから、幸せになってほしいと思うよ。」
唇を噛み締め、肩が震える。
堪え切れず、その瞳から涙が溢れ出した。
「でもさ……そうしたら、お母さんはどうなるの?」
麗華の心から溢れる慟哭。
「お父さんにとって、お母さんはもう過去の人なの?あんなに仲が良かったのに。あんなに愛してたのに。ずっと一緒だったのに。お父さんを支えてたのはお母さんなのに。」
麗華が俺の胸元で服をぎゅっと掴んだ。
止めどなく溢れる涙を拭ってやる事もできず、俺はただ黙している。
「私の"お母さん"はお母さんだけなのに!あの人はお母さんじゃないのに!何でお父さんはそんな顔で笑うの!?何でそんな風に話すの!?何で私に申し訳なさそうにするの!?何で!何で何で何で!!」
叫びながら俺の胸を叩く。
鍛えてもいない女子の力で殴られたところで傷つくような柔な体じゃないが、胸の奥に疼くような痛みが走った。
「嫌だ…嫌だよぉ……私の"お母さん"を盗らないで……私のお母さんを忘れないでよ……」
「麗華……」
震える頭を不器用な手つきで撫でる。
サラサラの髪が心地良かった。
この状況でそんな事を思ってしまう自分を嫌悪した。
「………ごめん。急に泣いちゃって。」
「いや、大丈夫だ。」
数分ほど、震える麗華を撫で続けていたが、やがて落ち着いたようで、ぎゅっと掴んでいた手を離した。
顔が赤いのは、泣いていたからというだけではないだろう。
「てか私、情緒不安定すぎるし……ほんとごめん。あー恥ずかしっ」
パタパタと手で顔を仰ぐ。
その表情は、さっきよりかなりまともになっていた。
「気にするな。たまには誰かに甘えるのも悪くない。特に、麗華みたいなガキはな。」
「が、ガキじゃないし。JKだし。」
拗ねたように顔を背ける。
その頬は未だに赤かった。
「高校生なんざまだまだガキだろ。だから、甘えたい時はそう言えば良い。少なくとも俺は、それを悪い事だとは言わんよ。」
「……何それ、慰めてるの?ニッキーのくせに。」
その呼び名はもう変えられんのか?
「………そんな事言ってると、ほんとに甘えちゃうよ?」
顔を背けたまま、横目でこちらを見る麗華。
拗ねたように口を尖らせているが、気恥ずかしそうにチラチラと盗み見ており、頬は一層赤く染まっていた。
「あー……まぁ、俺なんかより頼り甲斐のある奴はいくらでもいるだろうが……そいつらがどうしても駄目な時は、俺でも別に良いんじゃないか。」
「……ふふっ、何それ。素直じゃないね、ニッキー。」
頬を染めたまま、悪戯っぽく笑う麗華。
その笑顔に、またしても俺は目を奪われた。
今日会ったばかりのガキを相手に、俺は何を言っているのか。
会ったばかりなのにちゃんと話してくれた麗華に報いる為か、熱い涙に絆されたのか、はたまたその両方か。
いずれにせよ、俺は麗華を"放って置けない奴"だと思ってしまったのであった。
あの後、風呂に入って飯を食った俺達は、リビングでぼーっとテレビを見ていた。
ちなみに風呂は麗華の希望で俺が先に入った。
飯はコンビニ弁当と以前買っておいたカップ麺だ。
「……私ね、お父さんの再婚に反対なんてしてないよ。」
バラエティ番組の合間のCMが流れ出した時、ソファの上でクッションを抱えて体操座りのように座っている麗華が、唐突にそう言った。
「お父さんには、ちょっと時間をちょうだいって言ってる。色々と整理したいからって。」
俺はソファの前に座ってテレビ画面から目を離さず、その声を聞いている。
このソファは2人で座ると、狭くはないのだがどうしても手足が当たってしまう為、俺はこうして床に座っていた。
お気に入りのフカフカカーペットのお陰で尻も痛くならない。
「そうか。」
「相手の人も急かさず待ってくれてるみたい。ほんと良い人だよね……良い人、なんだよねぇ……」
自分に言い聞かせるように呟く。
斜め後ろにいる麗華の顔は見えないが、その声音から彼女の複雑な感情が窺い知れた。
母への愛、父への愛、子どもの感傷、1人の人間としての理性。
麗華の心には、様々な感情や思いがうねっている事だろう。
それは、外野の俺が簡単に踏み込んで良いものではない。
麗華自身が考え、折り合いをつけていかねばならないものだ。
「……気が済むまで悩めば良いさ。お前の想いだって蔑ろにして良いはずもない。きちんと考えて、きちんと話せば、親父さんもしっかり受け止めてくれるだろ。」
当たり障りのない言葉。
言ってる自分がひどく空虚な人間に思えた。
「…うん、そうだね。」
麗華もきっと呆れているだろう。
いや、そもそも俺なんぞに過度な期待はしていないか。
それはそれで虚しいものがある。
などと1人で考え込んでいると、後ろで麗華が動く気配がした。
次の瞬間、柔らかい感触に包まれる。
「っ!?」
思わず目を見開いて横を見る。
あと少しでくっついてしまうのではないかという至近距離に、美しく大きな瞳があった。
すっぴんのはずなのにシミ一つない真っ白でキメの細かい肌や、ぷるんとした柔らかそうな唇も見える。
「な、なんだ。どうした?」
後ろから抱きつかれて狼狽してしまう。
すると、形の良い唇から吐息混じりの言葉が返ってきた。
「ありがとね、ニッキー。」
目を細めて柔らかく笑う麗華。
この距離で見ても欠点の見当たらない美少女だ。
「ニッキーのお陰で、私、ちゃんと考えられそうだよ。」
「そう、か。」
「頭の中がグルグルしてたのが、ちょっとスッキリした。心が軽くなったの。だから、ありがと。」
「あぁ、まぁその……どういたしまして。」
で、良いよな?
「ふふっ……私、ニッキーに会えて、良かったよ。」
「まだ今日会ったばかりだろうに。」
「何だかそんな気がしないね。ずっと前から、ニッキーの事を知ってたような気がする。」
「……そうか。」
俺もそんな感じがする、なんて絶対に言えないな。
俺は気恥ずかしさを誤魔化すように顔を背けた。
「そろそろ寝たらどうだ?明日も学校あるんだろ?」
空き部屋には既に布団を敷いている。
極稀に知人が泊まりに来た時用に置いてある布団だ。
まだ数える程しか使われた事はない。
「うん、そうだね。ニッキーは寝ないの?」
「寝るさ。一服してからな。」
机の隅に置いていたタバコとライターを手に立ち上がる。
「え、お風呂入ったのに吸うの?」
「一本しか吸わねぇし、歯も磨くから大丈夫だ。」
「そっか……ふわぁ…」
麗華が片手で口を隠して欠伸をする。
大人っぽい外見に反してその仕草は可愛らしかった。
「それじゃ、おやすみニッキー。今日はほんとにありがとね。」
「わかったっての。おやすみ。」
部屋に向かう麗華の背を見送り、俺はベランダへ足を向けた。
「メルクーリ…メルクーリ……お、あった。」
タバコを咥えて火をつけた後、スマホで麗華の言っていたフリマアプリを検索する。
だがそれは、アプリをインストールする為ではなく、ある情報を確かめる為であった。
「メルクーリ運営…株式会社マーキュリー……社長は……」
メルクーリのwikiには、会社の概要などが割と細かく記載されていた。
俺が見たかったのは社長の名前。
そしてそこに書かれていたのは……
「社長、星宮信太郎……やっぱりか……」
星空を見上げて溜息と同時に煙を吐く。
予想が当たって良かったのか悪かったのか。
俺は頭を抱えた。
"星宮"の名。
そして約12年前に福岡から上京した社長。
更には昔から柔道をしていたという。
まさかとは思って検索してみたが。
「何してんですか……信さん。」
麗華の泣き顔を思い出し、2度目の溜息が溢れた。