おっさんはJKギャルを助ける
都心から離れた中途半端に栄えた街を歩く。
いま俺は、駅前の鬱陶しい喧騒を抜け、多少は静かな住宅地を目指していた。
さっきまではやけにノスタルジックな夕日が見えていたのだが、いつの間にか空は暗くなり、ほんのり冷たい空気が辺りを包んでいた。
「ちょっと前までクソ暑かったんだが……いつの間にか秋になったんだな。」
暦の上では先月から秋になっていたはずだが、茹だるような暑さに誰もが仮初の秋を思っていただろう。
ようやく過ごしやすい気候になったと、頬を緩める。
しかし、すぐにいつもの仏頂面に戻した。
駅前と比べると人足が減ってきているとはいえ、ここらも無人という訳ではない。
夜道を冴えないおっさんがニヤニヤしながら歩いているなどと思われるのも癪だ。
人当たりの良さなど持ち合わせてはいないが、それでも周りの目を気にしてしまうのは日本人の性か、俺が小心者なのか。
そんな益体もない事を考えていると、街灯とは別の人工的な光が見えて、思わず眉を顰めた。
いまや庶民には欠かせない存在となった、コンビニエンスストアである。
その強烈な光に足を止める。
「帰って作るのもめんどくせぇし…適当に買ってくか。」
料理は嫌いではないが、特別好きというほどでもない。
予定より帰りが遅くなったのもあり、コンビニ飯で済ませるのに迷う事はなかった。
「…だか………って……じゃん。」
「良いじゃ……うせ………だろ?」
「もう……とに………だけど。けい……呼ぶよ?」
「はぁ?なにして…だよ!」
「大人しくしろっての。」
「ちょっ!何すんのよ!」
コンビニの自動ドアを潜ろうとした俺の耳に、微かに声が聞こえた。
穏便とは言い難い声。
面倒そうな気配。
「はぁ……うぜぇ」
俺は溜息を零しながら声の方へ向かう。
コンビニの壁伝いに角を曲がると、無駄に広い駐車場の隅の方で男女3人が揉めているのが見えた。
爽やか気取りのチャラ男と柄の悪そうなカリアゲ男が、高校生くらいのギャルっぽい女を囲むように立っている。
チャラ男の手がギャルの腕を掴んでいた。
「い、痛いって!離してよ!」
「てめぇがふざけた事すっからだろうが!」
「何が警察だ。優しくしてりゃ調子に乗りやがって。」
「いやっ…誰か……」
そんな言い合いを聞きながらのそりのそりと近寄る。
大方、男2人があのギャルをしつこくナンパして、キレたギャルが通報しようとしたから逆上したのだろう。
ギャルの足元にはキラキラとデコレーションされたスマホが落ちていた。
ギャルは気丈に男達を睨んでいるが、その目にはうっすらと涙が浮かんでいた。
その目が俺を見る。
一抹の不安と期待、そして驚きに綺麗な瞳が揺れた。
「おい、そこで何してんだ?」
チャラ男とカリアゲがこちらに振り返る。
「あ?なんだてめぇ?」
「……邪魔すんじゃねぇよおっさん。消えろ。」
チャラ男は俺の顔を見て嘲るように笑った。
カリアゲは警戒するように睨んできている。
「悪いがそうもいかねぇんだ。警察呼ばれたくなかったら、今すぐその手を離してお前らが消えろ。」
「はぁ?おいおっさん、てめぇ俺らを舐めてんのか?」
「その歳でヒーロー気取りか?寒いおっさんだな。」
ヒーロー気取り…か。
そう言われても仕方ねぇかもな。
ただ助かるだけだったら、黙って警察を呼べば良かったんだ。
こうして直接介入しているのは、ヒーロー気取りと言えなくもない。
「…さっきから聞いてりゃ、誰がおっさんだクソガキ共。締め殺すぞ。」
だが、警察を呼ぶと色々面倒そうだしな。
「クソガキだぁ?ふざけてんじゃねぇぞこら!」
「痛い目見ないとわかんねぇみてぇだな。」
カリアゲが鋭く睨みながら近寄ってくる。
俺は鼻息の荒いカリアゲに対し中指を突き立て、鼻で笑った。
「身の程知らずのクソガキに現実を教えてやるよ。お兄さんに感謝しろカリアゲ頭。」
「っ!てめぇ!!」
カリアゲが大きく踏み込む。
それなりに鍛えられた右腕が俺の額に当たる。
思ったより鋭い踏み込みとクイックモーションのストレート。
こいつ、ボクシングかなにかしてやがるな。
「っ…つぅ……」
受けたのは俺だが、呻いているのはカリアゲだ。
鼻柱に叩き込まれるはずだったストレートだが、ヘッドスリップをきかせてしっかりと額で受けた。
グローブもしていない裸拳で打った為、逆に拳にダメージを負ったのだ。
とはいえ、もちろん俺もノーダメージではない。
ジンジンと額に痛みが走るが、視界に問題はなく、倒れる事もない。
「…殴ったのはお前だ。正当防衛だな。」
額の痛みに耐え、平静を装う。
「ぐっ…て、てめぇ……」
カリアゲが右手を抑えながら忌々しげに俺を見た。
「もう良いだろう。やめておけ。」
「ふ、ふざけんじゃねぇよ!舐めやがって!」
沈下しない怒り、返り討ちにされた羞恥、不良としてのプライド。
それらが理性を完全に上回ってしまい、カリアゲは再び踏み込んできた。
しっかりと体重を乗せた左の強ジャブ。
だが、今度は受けてやる義理はない。
「ふっ!」
鋭く踏み込みながらジャブを避け、素早く襟を掴んで体を引き寄せる。
カリアゲが反応する間もなく、体重の乗った左足を刈り取り、アスファルトに背を叩きつけた。
やや強引な形ではあったが、大外刈りで地に叩きつけられたカリアゲは全身に痺れが走り、肺の空気が押し出される。
「がっ!あぁぁ!!」
「安心しろ。後頭部は打ってねぇ。暫くは痛むだろうが、骨にも異常はねぇよ。」
痛みに悶えるカリアゲを冷たく見下ろしながら、俺はそう言った。
「……んで、お前は?」
「え……は、え?」
呆然と立ち竦んでいるチャラ男に目を向ける。
チャラ男は混乱してカリアゲと俺を見ていた。
「お前はどうすんだって聞いてんだよ。やるなら相手になるぞ。」
「え、え、いや……え……」
「早く答えろ。3秒以内に答えねぇなら俺からやらせてもらう。」
「あっ、あ……や、やらない!やらないです!!」
怯えたチャラ男が下がろうとするが、足が震えてうまく動けず、尻餅をついた。
これは予想でしかないが、おそらくこういう喧嘩沙汰は、これまであのカリアゲが担当していたのではないか。
まさかこんな冴えないおっさんにやられるとは思っていなかった為に、極度の混乱と恐怖に溺れているのだろう。
チャラ男に興味を無くした俺は、完全に空気と化していたギャルに目を向ける。
ギャルはビクッと体を震わせて、不安そうに俺を見た。
「おい、もう帰れ。誰かに見つかっても面倒だ。」
「あ、えっと……」
「お前らもとっとと失せろ。これに懲りたら、無理なナンパや喧嘩は控えるんだな。」
「うぁ…は、はいぃ」
「う…うぅ……」
チャラ男に引っ張られるようにして、カリアゲも立ち上がる。
2人して逃げるように立ち去っていった。
ひとまず解決と言って良いだろう。
あとは知らんとばかりに俺はコンビニに戻った。
「ありぁったっしゃー。」
大学生っぽいバイトのやる気の抜けた声を聞きながら、俺はコンビニを出た。
手に提げたビニール袋の中には、「温めゃっすか?」を断った冷たい弁当が入っている。
「ね、ねぇ……」
家に向けて歩を進めた俺に、横から声がかかった。
そちらを向くと、先程のギャルが俯きがちに立っていた。
さっきは暗がりでよく見えなかったが、コンビニの光に照らされて見ると、かなりの美少女である事がわかった。
背中まで伸びた金髪は、それ自体が光を放っているかのように艶やかで、秋の夜風にサラリと揺れていた。
身長は女性にしては高めで、何頭身なんだよとつっこみたくなるような小顔とどこぞの高校のブレザー越しにもわかる起伏のあるスタイルの良さ。
厚化粧をしているようでもないのにシミ一つない真っ白な肌に、血色の良いぷるんとした唇。
猫のようなやや鋭い目つきだが、細目がちな俺と違って大きくパッチリとしており、高校生でこれほどの美人がいるのかと驚いた。
可愛いというよりは美人な少女であるが、こうして正面で見てもやはりギャルっぽかった。
「ねぇ……ねぇってば!」
ギャルがやや強い口調で話しかけてくる。
ハッとした俺は口を開いた。
「あ、あぁ……すまん。」
「いや、別に良いけど。……もしかして、さっきので怪我とか……」
不安げに瞳を揺らすギャル。
俺がボーッとしていたから、カリアゲのパンチで脳にダメージを負ったとでも思ったのだろう。
「いや、それは大丈夫だ。ちょっと驚いただけだから。」
「あっ……急に声かけてごめん…その……お礼、言ってなかったから…」
声をかけられたからではなくギャルの美少女さに驚いたのだが、わざわざ正す必要もない。
そんな事言う柄でもないしな。
というか、わざわざその為にここで待っていたのか。
「意外と律儀なんだな。」
俺がそういうと、ギャルは形の良い唇をムッとさせた。
「意外ってなによ。見た目で判断してない?」
「そういう言葉が出るって事は、自覚あるんだろ。」
大人らしい屁理屈で対応する。
ギャルは更に口をムッとさせた。
そんな表情も可愛く見えるのだから、美人は得だよな。
「私、軽い女じゃないから。」
「いや、それは知らんけど。でもギャルだろ?」
「女子高生は大体ギャルでしょ。」
恐ろしい偏見だ。
「真面目な奴だっていっぱいいるだろ。」
「ギャルだからって不真面目とは限らないでしょ。私とかそうだし。」
まぁ、こうしてわざわざ礼をしようとする律儀さは真面目と言って良いのかもしれない。
自分で言うのはどうかと思うが。
ギャルといえば青春を言い訳に不真面目な態度や行動も正当化してしまう存在だと思っていたが、真面目なギャルもいるという。
ギャルとは何ぞや(哲学)
「ギャルって何なんだろうな。」
「知らない。てかどうでも良いし。」
確かに。
俺もどうでも良い。
思考の海に沈みそうなところを掬い上げられた。
潜水しようとしたら足湯並みの浅さだった気分だ。
「……それで、ここで待ってたのか。」
「うん……その、さっきはありがと。」
俯きながらも目はちゃんとこちらを向いている。
上目遣いなのに媚びる様子がないのは、逆に好印象だった。
「あぁ。まぁ、気にしなくて良い。じゃあな。」
「え、ちょ、待ってよ!」
手短に返事をして帰ろうとする俺の袖を、ギャルが掴んだ。
「…何だ?」
「あっ…ごめん……その…」
つい眉を顰めて振り向くと、綺麗な瞳を不安げに揺らして謝った。
怯えさせてしまったか、と頭を掻きながら小さく溜息を零す。
「まだ何か用があるのか?」
「その……おじさんって…一人暮らし?」
「そうだが、それがどうした?」
「家ってこの近く?」
「……何が聞きたいんだ?」
俺の怪訝な表情を見て、ギャルが小さく俯く。
緊張に口を結び、不安そうに見上げてきた。
「……?」
意味がわからず首を捻る。
すると、ギャルは意を決したように震える唇を開いた。
「その……えっと…よ、良かったら………」
何となく、面倒そうな予感がした。
「今晩……泊めてくれない…かな。」