8ー異物との対面
現在、町北部の門を抜けて辿り着いたナグラムの森初層。
街が見える辺りから歩いて30分余りが経過していた。
時刻は、太陽が上まで登るには余裕があり、人間の朝の活動時間帯の中で、多くの人が仕事に張り切り出す頃合い。
それは今日結成された3名の冒険者も同様。
今は茂みに隠れ、浮かぶ小石を監視していた。
その大きさは、子供が遊びで投げ合うほどの大きさの石大に等しく、よく目を凝らさねば見失う。
それを、最初に発見したのはイナズマ。
自分で、目がいいと豪語していた。
「身体が丈夫で、傷の治りは早い。ましてや、視力も一級品だなんて、もしかして超人?」
しかし、それを否定する。
「な訳あるか。目がいいってのは、その対象を遠くから見つける時に『だいたいここら辺だな』ってあたりをつける勘も大事なんだぜ?」
能力を持っていても、あたりをつけれなければ無意味と称した。
人は基本、視野範囲から見る対象を絞り、見る。
その範囲は、遠方へ行けば行くほど扇型に広がり、絞る対象の数も増える。
広がる世界の中で、小石を見つけると言うのは、そう言う事だ。
今までは物静かに、監視に徹していたルナ。
しかし、その沈黙を破り、呟いて言う。
「野性の勘」
「野生って、それじゃ俺も魔物みたいじゃねぇか」
「そう言ったの」
「お、俺が魔物?」
まさか、と思ったが冷静に分析する。
隣にいるギルフェルトやルナと比較すると、たしかに一般的な能力とは言いがたい。そして、それを複数有する。
一つのみならまだ特技という方向で誤魔化しが効く部分もあるが、複数となれば話は別。
有り得ない話だが、自分が魔物として存在していると、仮定してみる。
「あれ、意外としっくりくる」
「シッ!2人とも、動くよ」
今までは会話を繰り広げていたルナとイナズマ。
しかし、それは事態の急変が阻止した。
現在、浮遊石がいるのは、目先10メートル程。
時折その鋼色に反射する日の光が目を刺す。
それら合計6体が、動きを見せた。
近くに迫ってきたのは小型の魔物。
イノシシの小型化した様なその魔物、バイムードルが現れた。
特に目立つのは大きな牙。
小柄な身体に反して、天上へと反り上がる。
「バイムードルがやられたら僕が出る。後は頼んだよ」
「あぁ」 「うん」
まぁ、しかし、そのバイムードルがやられたら前提の作戦。
もし、勝利の結果が入れ替われば、対する相手は変わってしまうが、結果はいかに。
先手を取ったのは、もちろん浮遊石。
視界に捉えにくいアドバンテージをうまく利用する。
勿論、その様な意図はそれらには存在しないだろう。
悪魔でも、生存本能。魔物としての性が、魔力を貪欲に欲し、魔力を保有する対象へと迫る。
そして、降り注ぐ6つの石雨。
風の力を最大限利用し、襲う。
ここで、浮遊石について少しの理解を深めるとす。
何故、浮遊石は対象が死ぬまで追撃し続けるのか。それは、接触時に魔力を奪うからだ。
魔力を奪う力は闇の魔力を媒介とし、他者の命脈に迫る。
生命から魔力が枯渇するのは、体内生成を終えるまで。即ち死。その後は有した以上の魔力を宿さない。
死体には少しの魔力、使い残された分が残るので、取れる分を、取れるだけ奪う。
例外として、その中核であるコアが危機に晒された状態が唯一の逃亡する条件だが、その外皮も他の浮遊石と融合することで埋め合わせる。
「あ……」
よって、無限に続くであろうと思わせる攻撃は一方的に続き、為す術なくバイムードルの子どもがやられた。
その立派な牙が猛威を振るう事は、一度もなかった。
この戦いはバイムードルの死をもって雌雄が決したが、魔力は死して尚、体内には現在。流れる石雨は永遠に止まない。
そこへ、ギルフェルトは飛び出す。
思い出すのは、イナズマの声。
『いいか?まずは、お前らの戦闘力を見ておきたい。どんなに苦戦してもいいから一撃、敵へ与えてくれ』
「僕、そんなに強く無いけど!」
声を張り上げると、左手に握る短剣を振りかざす。
その短剣は少し馴染みがないが、理由は簡単で、今朝逃亡していた他者から、その武器を奪ったからだ。
馴染み云々とは言わないが、その一撃は空を切る。
ギルフェルトの実力では、一撃すら叶わない。
「それでも、諦めるわけにはいかないよね」
後ろをちらりと除けば、次の行動に身構え、戦闘を見守る仲間。
状況は決して芳しく無いが、ただ諦めて退く訳でも無い。
一矢報いる為、己が持てる最大の一撃を、打てるタイミングを探す。
狙うわ、最初の一体。初撃をギルフェルトにもたらさんとする浮遊石。
「は!」
すれ違い様に迫る浮遊石を前に短剣を構え、線を空中で描いた。
そうして、やっと一撃。しかし、敵の外傷は浅すぎた。
亀裂は僅かに生まれるも、浮遊石が退くまでには至らず、6つの雨が際限なくギルフェルトを襲おうとする。
そこで、作戦の概要の後半を実行する。
『危険だと感じたら、お前の魔法で身を守れ』
今がその、危機迫るタイミング。
石雨の迫る中心で叫ぶ。
「風壁!」
詠唱直後、ギルフェルトが伸ばした右手を中心に風が生まれる。
その気流はギルフェルトの魔力を糧に、風の壁を敵との間に隔て、術者の身を守った。
その壁を超えて迫ろうとする浮遊石。しかし、それは叶わない。
前進する努力を見せるが、風の膜が押し戻す。
「よし!ここからは俺の仕事!」
茂みからその姿を現すと、一瞬で浮遊石が飛ぶ場へかける。そして、腰に下げた木刀を抜くと秒間4撃、一瞬で打ち込む。
それは、浮遊石1体に対して1撃が行き、一瞬で中核は破損。地に転がる数は4つ有り、残る2つの行先を見た。
行先は、ルナが立つ茂みの方。その小さな体躯とは非対称の、大きな魔法杖を掲げて唱える。
「炎柱」
その詠唱が合図となり、突然現れるの柱状の炎。大地からその兆しを現すと、一瞬で立ち上がる。
しかし、それは浮遊石1体を逃す形となり、外皮を剥がした状態で、森の奥へと逃してしまう。
「任せろ!」
イナズマは地に転がる浮遊石を後にし、森へ逃げ込む浮遊石の、その後を追う。
が、その姿は緑の世界へ潜り込んだ。
「そのまま逃すわけないだろが!」
イナズマは、己の足を信じ切っていた。実力では、敵と対峙しても逃さぬ自負があった。
しかし、それはソロで活動し、1人で物事に当たっていた時の話。
今回は仲間に他を負担し、その結果、初めて後を追う様な状況となった。
頭に登る思いも、今まで1人でいた時を基準にしたもの。
その後ろに背負う存在に、気づけないでいた。
「待って!1人で行動したら……」
ルナは、チームの分断を恐れ、声を後ろからかける。今抜けられては、2人だけとなる自分とギルフェルト。
もしもの事態に陥っても、なかなかに対応が難しいと踏んでいた。
それでも、思いは届くことなく、イナズマは先をゆく。
「追おう、ルナ!今走ればまだ間に合う!」
その言葉を発するギルフェルトに、ルナはフード越しに頷く。今は、合流が最優先。
討伐した浮遊石の存在を後にし、イナズマが消えた方へ共に走り出す。
****
「たく、すばしっこい」
森の中をただ1人で駆け抜ける、赤い仮面をつけた男、イナズマは、目の前で逃げ惑う浮遊石の存在に苛立ちを覚える。
そもそも、挑んだ敵の背を追った経験が無い彼にとって、見逃すという選択肢はない。
己の力でなら、全てに対応できると自負しているからだ。
それ故に、苦悩する。
「どうして、こんなに遠いんだ」
目の前の存在を追っても、追っても、その距離は縮まらない。
理由は明白、周囲の木々が邪魔して、対象との視界の間に一瞬間が生じる。
それは、観察眼の高いイナズマでさえ、瞬間的に見失う原因となり得た。
「きりがない。まぁ、それでも逃さないが、な!」
追い込んでいるのはこちら側。優位的立場を思い、笑みを浮かべる。
刹那、再び見失った浮遊石の発見と共に、その木刀を投げ込む。
それは、一矢の遠撃と化し、森を直進する。そして、見事に命中。
だが、それはかすめた状態と言うだけで、まだ浅い。が、狙いは別にあった。
それは、敵の注意の削がれ。木刀へ魔力を宿し、投げたことによって、浮遊石は接近するそれへ対応せざるを得ない状況になり、左へ軌道を変える。
しかし、それによって視界が開けている僅かなポイントへ誘導された。
ーー見える
今まで、不定期に出没、消失を繰り返していた浮遊石には、ある共通性があった。
それは、残りわずかでイナズマの手が届く範囲だと言うところ。
今回はその先、トドメを刺せる範囲に入り込んだ。
イナズマは、背にかけた無骨な柄から黒刀を抜き出す。そして、一瞬で決着をつけた。
森には、撃音が響く。
****
今回の作戦、危惧していたのは浮遊石による融合、即ち巨大化。それは、的が大きくなる分、能力には変化が起きる。
それにより、危険度は一つ繰り上がるため、安易に攻めてはいけない。
故に、今回の殲滅型戦法。仲間の実力を見ながらも、一掃作業を目指したが、結果は失敗。
結果論だがルナが魔法を外し、戦闘では1体逃す。その後をイナズマが追う事で、仲間達はその場に置き去りとなった。
故に、その仲間はイナズマの元へ足を運ぶ。
なかなか見えない対象の背に焦りを覚えていると、やっと見つけた。
「見つけたよ、ルナ。あそこにイナズマが」
「うん。でも、少し様子が変」
ギルフェルトが指差す場所は、イナズマのいる場所。そこは、イナズマが浮遊石を撃墜したさっきの場とは少し離れた、木々から光が刺す開けた空間で、そこにイナズマが立ち尽くしていた。
そして、俯き様に足場を見つめている。
2人はその光景から、異様な雰囲気を感じとる。
「どうしたの、イナズマ」
駆けつけると、ギルフェルトがまず声をかける。
しかし、その視線の先にあるものを見て同じく沈黙した。
ーー人が死んでいた。
否、死んだと言う事実が起きた後の現場だと認識する。
そこでは、黒い液体の様な、ゼリー状でドロドロした異物が蠢き、人の腕らしい物に纏わりつく。
脱力した死体の腕は、空中に、輝く金の指輪をつけた手を浮かべる。
黒い泥の様なそれは、人を、人の腕を自らに取り込んでいる様に見えた。
「腕が、溶けていってる」
ルナはそう表現した。見方を捉えれば、その黒い泥の汚染に耐えきれず、溶けている様に見えたのだ。
「俺が石っころを倒したとき、突然、周囲から人の声がした。だから、その声を追っていたら、もう……」
言いたいことは、すでに手遅れであったということ。
しかし、それすら申し訳ないという様に、その光景を見る。残酷な死に様にしてしまった事。
せめて、死ぬ直前でもそばに居てあげたかったと、孤独で死なせたくはなかったと心の内で呟く。
黒い泥は、この世に死した存在すら、残さず消してしまうだろう。
せめてもの救いと思い、その手の指に付けられた金の指輪を消滅から救出した。
「せめて、コイツの生きた存在くらいは残してやらないとな」
「ええ、そうですね」
ギルフェルトもそう願わずには居られない。
「きっと、誰かのためにーー」
その言葉と共に、ルナは皆に頼まれて炎柱を唱える。
黒い泥は、その腕と共に爆炎の渦に飲まれた。
それは、まだ原形を僅かに保つ腕だけでも、人の状態で終わらせてあげようとする彼らなりの慈悲だった。