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ブレイキングワールド  作者: キィ
episode1ー始まりの大地
6/19

5ー転換

 テイダの後ろ姿が人混みに消えぬ様、必死で後を追いかけてから数分。

 ギルフェルトは共に、薄暗い通りに入った。

 そこは、表通りとは裏の世界で、賑わう家々の狭間に生まれた静寂な空間。

 近道としてや、帰路として、または遊び場としての活用をしない限りは滅多に通らないであろうそんな場所に来ていた。


 そこで見るのは、足元を動く小動物、主にネズミの様な魔物の小鼠(スピンクラット)が中心で、他には猫より一回り小さく、三叉の尾を持った叉猫(またねこ)

 ここでは、逃げ回るネズミと、それを追う叉猫の構図をよく見かける。


 しかし、追えば追うほど深くへ行き、最終的にはネズミの王と呼ばれる巨鼠(ギガントラット)の元について、形勢は逆転する。

 単独で動く叉猫は、その行動が仇となり、他の小鼠が背後には大勢集まる。

 数が集まれば力となり、それは、1匹では抜け切れない大きな壁と成りえた。

 そして、最終的に袋の鼠と言うより袋の猫となってしまう。

 叉猫は、大きさが元々手の平大より少し大きい程度なので、人の頭一つに相当する巨鼠には対面しても敵わない。


 故に、最終的な光景は、土地によって適応する魔法を扱う鼠達による叉猫の惨殺か、或いは風を扱い、まるで芸を見せるかの様に華麗に逃げ切る叉猫の芸術か。

 ここでは、完全なバランスが出来ているのだ。


 しかし、人間はそうもいかず、ギルフェルトは弱者的立場にある。

 にも関わらず、誘われる形で後を追う羽目になり、今は、それに加えた袋小路。


 辺りはついに人影も無くなり、後を追っていたはずのテイダの気配は潰えた。

 先にあるのは行き止まりのみ。

 ふと来た道を振り返れば、そこにある角からテイダが姿を表す。


 彼は昨日、ギルフェルトを襲った。

 殺意はなかったとしても、あのままでは死ぬしか無い。つまりは、一度は殺されかけた相手。

 冒険者の気まぐれで、暴力沙汰がよく起きるとはいえ、それは擁護できるものではない。


 テイダはその例の中でも異質。

 他者が感じている無力感に愉悦を覚える。

 それは様子を見れば明らかで、弱者を見ると、弄ぶように嘲笑ってくる。

 こんな場所に誘導するなんて正にそう。

 四方を塞ぎ、一対一で対面することにより、相手が助け呼べない状態で、その弱さをはっきりと痛感させる。

 弱者なら、この場で余裕など無いだろうと、そう言うようにジリジリと迫ってきた。


 これは単に精神的な揺さぶり、状況の演出で襲う気が確実にあるとは限らない。

 が、それでも危険を感じるには十分だ。


 ギルフェルトはその危険性を初めから考慮しながらも、この場まで来た。

 危険と奪われた物との天秤では、釣り合いの度合いがそれだけ違うのだ。


「テイダさん、僕の輝石を返してください」


 今、目前にいるのは強者。

 一瞬の気の緩みも許されない。

 例え町でも、襲われる可能性は決して低く無い。

 この場では特にだ。

 故に、決意の表明として、本来の性格には似合わぬ力強い視線で対峙する。


「おぉ、怖い怖い。昨日あんなことがあったのに、伊勢がいいことで」


 怒りの剣幕で語るギルフェルトに対し、テイダはわざとらしく身体をすくめる。

 しかし、それでも本来あるべき存在は簡単には変わらない。やがては、元の力の立場に戻る。


「普通、あの層でのお前のランクから考えて、森での孤独(ソロ)は死を意味する。ましてや気絶までしたでしょう?何故死ななかったんです?」


 じわじわ迫る距離から、その圧は直に迫る。

 まるで、何かを探るように、嗅ぎ分けて見つけるように、鋭い眼光でその時を逃すまいと、じっと見つめて来る。


 しかし、生憎とギルフェルトはその答えを何も持たない。

 期待された生存の理由など、自分が知りたいぐらいだ。

 よって、基本的な考えを元に、己が推測した予想を話す。


「詳しくは分かりません。生き残ったのは偶然、近くに魔物が通らなかったか、あるいは見逃してもらったか、でき好きた話ですよね。でも、そもそも、気絶していれば何もできないですからそれくらいしか答える事が……」


「すいやせん、聞き方が悪かったですかね?では、別の視点から考えてみるとしやしょう?例えば……何か、特別な力でもあるとか?」


「特別な力?」


 力ーーそれがあればどんなに救われたか分からない。

 何故なら、今もこうして下手に出ることしかできないから。

 奪われた宝物に対しても、腰を低くして対応することしかできない。

 よって、答えることは完結。

 身に覚えが無い、だ。


「そんなの、僕にはないということぐらい、あなたなら分かっているでしょう?僕は弱い……その問いに言えることはこれだけです」


「そうですかい、こまりやしたねぇ……」


 テイダは意味深げに呟くと、空いた手を使って頭を触る。

 それは、本当に困っているように見せているだけの、ただの仕草。

 本心では、苛立ちを抑えているのだろう。

 聞き出したい答え以外は、彼にとって無意味に等しい。

 しばらくは、両者無言が続く。


「話はまだ続きますか?」


 沈黙を破ったのはギルフェルトの方。

 どうも、テイダはギルフェルトが語り出すのを待っている様に感じた。

 テイダが自身から動く気配を見せなかったので、ここは出るしかなかった。


「いえいえ、別に話すようなことはもうねぇんでさぁ。ただあっしは、聞くべき言葉がお前さんの口から出るのを待ってるだけで。それさえ聞ければそれで」


 それは、網にかかる魚を待っているときの目。

 この言葉に、どんな反応を示すのかを伺う。

 が、それでもギルフェルトに変化はない。


「聞くべき言葉?僕は、全てを真に語りましたが……」


 まずい。何か、尺に触ることでもしたのか。そう思わずにはいられない。

 さっきから、テイダの問いに対してうまく答えられている気が、内心では全くしていなかった。

 それは一目瞭然で、テイダは丸くなった背を崩さずも身体を小刻みに揺らす。

 彼にとっては我慢しているつもりだろうが、誰から見ても苛立ちを感じ取れる。


 状況は芳しくないと悟る。

 もしテイダが、感情のままに行動を起こせば、襲われるのは自明の理。

 そして、こんな場所で襲われたらひとたまりもない。

 人通りが悪いということは、目撃されるリスクが減り、現場を見られる可能性も当然下がる。

 それにより、事態そのものの証拠が得られない。

 それだけ、追い詰められていると感じずにはいられない。

 危険な状況から離脱するべく、話に区切りをつけにかかった。


「一体、何が聞きたいんですか?」


「あっしが聞きたいのは、お前さんの真の力の正体。もしかして、この光る石がその正体かと思いまして、その確認にね」


 テイダはその手に青く輝く輝石を内包するブローチを、見せびらかすようにしていた。

 その存在こそ、ギルフェルトが返上を求めているもの。

 しかし、同時にテイダが疑っていた物でもあるらしい。


「力も何も、それは母から貰った形見。言うなら、母が僕を守ってくれたと言うことです」


「そりゃ涙ぐましい真実でさぁ」


 テイダは言葉の綾を利用して、己の空想の涙を拭う。

 しかし、そこに感動は無い。

 実際に、思わせぶりな素振りをやめると、ニヤリと危険漂う笑みを現す。


「なるほど……どうやら、言いたく無いらしい」


 テイダは今まで暗黙の理解の上で成り立っていた距離の間を一瞬忘れさせるように、スッと身体を動かし前に迫る。

 それは一瞬でギルフェルトとの距離を詰めると、耳元まで口を寄せ、強い確信のある声で囁く。


「“欠片の力”じゃねぇんですかい?」


「欠片の力?それは一体……」


 ドス。瞬間、力を込める意識すらしていなかった腹部へ、その弱身を狙う一撃の拳が襲った。

 意識を失う程ではないが、痛みは身体をくの字に変形させる。

 うめきながら、ギルフェルトは目の前で嘲笑う男の方を見上げた。


「うっ……どうしてまた、あなたは暴力を」


「そりゃ、お前さんがしらばっくれるからですよ。まぁ、聞けなかったことは、更に聞いても時間の無駄。確証は無くても簡単な話。疑いがあるなら奪えばいい」


 そう言うと、青に光る首掛け型の輝石の紐に自身の指をかけて垂らす。

 まるで挑発するかのように再び見せびらかすその態度に、心の内では叫び返す。

 しかし、身体は諦めていた。

 今はそんなことなどしても無駄だと、何をしても取り返せないと、そう自身に告げるように。

 実際、言葉にできたのは、ほんの僅かな思いだけだった。


「ま、ってください。それは、僕の大事な……」


「そうでやしたね。昨日も大事そうに胸元に仕舞い込んでやした。形見ということは嘘では無いのかもしれやせんねぇ。ですが、これは明らかに“器鏡魔晶( ききょうましょう)“。実物とまんまそっくりなんで、本当に欠片の力がないか、確認のためにも、あっしが頂きやす」


 そう言い渡すと、腹を押さえて倒れ込むギルフェルトを背に、歩き出すテイダ。

 そこで、ギルフェルトは昨日と同じように、足元を掴む。

 しかし、それは、腹部に迫る蹴りが払った。


「どうして……」


 目の前に歩く人影はやがて消え、手を伸ばそうとも既に届かない。

 結局、大切な物を取り戻すことは叶わなかった。


 ****


 ギルフェルトはその後、ギルドへ戻った。

 思い返せば、ルナと言うフードを被った者との対談中だったのだ。

 それを、いきなりに中断してしまったと言う罪悪感から、謝罪を言い渡そうと戻った。

 が、先程いた場所にはいない。


「もう、行っちゃったかな……」


「ねえ」


 突然呼びかける声にもしやと思い、後ろを見た。

 すると、紫のフードを着た者が低い位置に頭を現していた。


「君はルナ……さっきは、ごめん」


「謝罪はいい。それよりも、大丈夫?」


かすり傷程度だが、新たにできた外傷にルナが心配を寄せる。


「さっきの奴ら、悪そうな感じがした。ギルも酷い目に。だから、言いたくないのなら私からギルドに……」


「そうですね……僕は今まで彼らにいろいろ……」


「だったらーー」


「でも、大丈夫です。見てください、ほら!腕だって動きます。まだ足も付いてます。それに、彼らはここら一帯でも有数の実力派冒険者。ギルドに伝えても、注意喚起が関の山です」


「でも……」


ルナはそれでもと、懸命に言葉を絞り出そうとしていた。


「ルナはいい人ですね。ありがとう」


そう言うと、ギルフェルトはフードの布越しに、ルナの頭上へ手を置いた。


「ギルがそれでいいならいいけど……」


煮え切らないギルフェルトの対応に尚気持ちを揺らがせていた。

しかし、本人が言った以上、他社が口出すべき事ではないと判断して、ルナはそれ以上追求はしなかった。


「ね、聞いて?」


「ん?」


「さっき、ここに赤仮面の男が現れて、それでーー」


「その話は、俺から言おう」


 ルナの背後から、その声が聞こえた。

 焦点を少し高い位置にずらすと、そこに立っていたのは赤い仮面をした男。

 仮面の装飾は特に飾り付けのないもので、あるのは僅かに黒く塗装された線のみ。

 その姿は、エバルから聞いたあの容姿と酷似する。

 ギルフェルトはそれに気づくと、はっとする。

 気づけば周囲も、ざわざわと騒ぎ立てていた。

 どうやら、少なからずこの容姿を知る者がいるようだ。


「お前がギル、か?」


「あなたが噂の”赫雷(かくらい)“……ん?どうして僕の名を?」


「それは、聞いてた名前だから?」


「?」


 全く身に覚えのない男が自分に対して話しかけてきた。それも、愛称の名でだ。

まぁ、ギルという呼び名は周囲にも無謀のギルで定着しているからまだいいとしよう。


 ギルフェルトはここで、一度全体を見渡す。

 服装は至って普通。特に際立った事は見受けられない。

 使い古された上半身の衣服から覗かせる腕からは、鍛え上げられた形跡が見受けられる。

 そこには、いくつものたくましい傷跡があった。

 背後には無骨な鞘に片手剣の大きさ程の黒剣を背負っており、更には腰に、木製の鞘と木刀のセットが確認できる。

 木刀は珍しいが、正に、剣士と言った感じだ。


「こんなに早く会えるなんて……」


ギルフェルトはそう呟く。


「俺も、こんなに早く出会えるとは思わなかったさ!」


そこで、ルナは言う。


「先客は私」


「分かってるよ。それで、結果はどうだったの?」


「それは……今から聞くところ」


「まぁ、落ち着けよ」


彼は2人を見渡す。


「今は、お前ら2人に用があるんだ」


「え?僕らに?」


 ギルフェルトとルナは、2人して顔を見合わせる。


「早速だが、冒険に行くぞ!」

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