1-出会い
偶に、1、2話分量が多いです。ご了承を。
ハゼルド暦500年。
世界は勇者が誕生してから、それだけの月日が経った。
この世に存在する万物万象、それら全ては魔を有し、世界は成り立っている。
天高き空、果てぬ海、灼熱の大地に晶石が生み出す地底の洞窟。
それら全ても魔を有す。
それは生き物然り、人間も然り。
存在の真髄にあるのは魔力であり、此度まで進化や発展を遂げ続けた。
これは、自然の脅威も同様で、時の流れに逆らい、変化を遂げない物などごく少数。
それらも、厳密には微かな変化を受ける。
とすれば、自然界が荒れることも摂理の常。
世界は100年周期に変革が訪れ、今年もまた、活性期と呼ばれる時期が迫り、あらゆる場所で魔物が溢れる。
そこで、先陣を切って張り切るのは冒険者と呼ばれる者たち。
彼らは、伝承にある勇者に憧れ、又は自由に憧れ、冒険に出る。
そこで見出すのは、未知との遭遇や、異常の発生。
予測不可能な毎日が、彼らの生活にはあった。
だが、それらの果てに生き残るのは、力を持ち、知恵を持つ者のみ。
自然は常に、弱肉強食。
時には、そこが拠点という理由ではなく、己の力不足故に旅立を恐れ、消去法的に、活動を故郷付近に止める者も多かった。
****
周囲は木々が鬱蒼と茂り、あたり一面には魔物の死体があった。
天井は緑の草木で覆われ、隙間からは夕暮れ迫る日光が斜めから突き刺す。
そこで一人俯く少年を取り囲み、3人の男は威圧的に近寄る。
「おい、おい、ギルフェルト。お前、俺がせっかく臨時パーティー組んでやったのに、なんだよこれ。殆ど俺らがやったじゃねーか。お前、むしろ邪魔だったな!降格システムでもあったら、お前もこんなに苦しまねぇでよかったのに。まぁ、今更か」
「へへ、流石はCランク最弱の“無謀”。その名は立てじゃねぇです」
『ハハハ!』
「す、すみません……」
男らの悪笑は周囲に響き渡る。
それに対して少年は俯きながら頭を垂れ、ただひたすらに謝罪する。
彼らは少年がどのような存在かを知っていた。
冒険者のランクがSからDがある中、ギリギリでCに這い上がったギルフェルトは、そこからの成長が乏し過ぎた。
しかし、それでも無謀に冒険へと挑んだ結果、周囲からは最弱とまで呼ばれる。
既に、多くの冒険者の面々には覚えられている顔だけに、知名度は高く、それを知ってでも彼らは受け入れてくれた。
だから、これが普通なのだと、これこそが自分が今すべき事だと、使命感に苛まれながらただひたすらに頭を下げた。
下げた頭の位置から入り込む目先の存在は、魔物の死体。己で倒した内の一体だった。
勘違いしてはいけないのは、ギルフェルトもギルド公認のCランク冒険者。
一般人と比べれば戦力は勝る。
ただ、他と比べたときに戦果が乏しかった。
それは、辺りを見れば明らか。
自らが下したと見覚えのある死体はごく少数で、頭の中には己への戒めで埋まっていく。
(彼らはこんな僕をひと時でも仲間に……。だから、弱い僕が悪い。ーー弱いのが悪いんだ。だから、これでいい。僕は謝るしかないから)
何故、そこまで謝るのか。
臨時と言うからには、勿論関係も今回きり。
切り捨てればいい。
縁があったとしても、その時はその時で立ち回れば、多少の弊害も乗り越えられる。
とすれば、理由はどこに。
ここで、1番大事だとギルフェルトの脳内が唱えている物は報酬。
つまり、お金。
クエストクリア時に貰える報酬を目指す以外にこの場にいる意味はない。
強いて言うなら、冒険者としての生活の維持と、夢。
だから、何としてでも無報酬を避けねばならない。
がーー
「ーーつまり、お前はお荷物だったんだ。だから、報酬を分配する必要もないわけだ」
ギルフェルトは絶句する。
聴きたくなかったあの言葉が、その男の口から出てきたのだ。
目の前には、ニヤリと笑う大柄の男ーーその言葉を言い放った張本人のリーダー、ガイルが先頭を来る。
体格は人並み以上に大きく、腕は歴戦の傷が目立つ。
背に背負った大剣は、いかにも強者を演出していた。
「え……待って下さい!話が違います!やっと、今日でやっとなんです。それに、今日じゃ無いと……。だから僕はーー」
そう言って、迫るガイルに縋ろうとすると、真横から衝撃。
何者かによる横薙ぎに払われた蹴りは、ギルフェルトの身体を押し上げ、気づけば身体は空中に浮かぶ。
その勢いは止まらず、横飛びに動くと、地についた後に2、3度転がり、最終的に木に直撃する。
その時に直撃した背の痛みは、呼吸を一瞬詰まらせ、同時に空の声が漏れる。
「ッ、カハッ!」
痛みを耐えながら悶え、四つん這いになりながら首を上げる。
すると、少し先でガイルの隣に立つ、低身長で気味悪く笑う男が足を振り上げていた。
「おいおい、いきなり蹴ってやるな」
ガイルの言葉は耳に届き、やがては犯人がその男だと確信する。
今の衝撃、もし彼が本気の蹴りなら、背後の木を軽くへし折っていただろうと軽く想像つく。
何故なら、冒険者の中でもBランクまで上り詰めた彼ら。
その実力を加味すれば、今のは優しいくらいだった。
だから、気づいてしまった。
自分は騙されていたのだと。
その力に見合ったクエストを選ぶ彼らが偶然募集を呼びかけ、誰かれ構わずに応募を繰り返していたギルフェルトは“偶然”拾われた。
そう思っていた。
が、それは元々“タダ”で荷物持ちをさせるための彼らの意図が働いていたのだと、今更になって気づく。
最初は愛想が良かった彼らも今は急激に人相を変え、恐怖を与える笑みを作っていた。
「へへ、つい抑えきれなくて。すいやせん、旦那ぁ」
いかにもわざとらしいその態度。
後頭部を片手で抑え、やってしまった感を演出しているらしいが、笑って済ましている。
それは、いかにも悪意に満ちたもの。
だが、それを指摘する者はいない。
なぜなら、それが、彼らの共通の意思なのだ。
「いきなりは良くないなぁ〜。いいか?蹴りっていうのはな、こうするんだよ!」
「ーーガ、ガハッ」
再び近寄った巨漢の男、ガイル。
背にかけた剣を揺らしながら近づくと、四つん這いで立ち上がろうとするギルフェルトの腹部に、下からもう一撃。
その一撃で起き上がる力は無に帰し、再び地に伏して身体を丸めた。
「うぅ……」
「これだけじゃ足りねぇだろ?ほら!もういっちょ!」
1つ、また1つと衝撃は増え、その度に痣は増え続ける。
遂には人数も増え、1人、傍観する長身の男を除く2人の冒険者の力が一極集中した。
勿論、集中するのは攻撃する対象であって、攻撃部は様々。
腹に、腕に、頭に、足に、背に、それぞれがバラバラで予測不可能な場所に衝撃を生む。
受ける側は意識が朦朧とし、狭まる視界の中、予測ができない衝撃の恐怖に恐れながら、身構えることすら出来ずにただ耐え続けるしかなかった。
(痛い、痛い、いたい……)
押し寄せるのは衝撃から来る激痛と、溢れ出る恐怖。そして、今まで常に抱いてきた惨めさ。
同時に、胸までも苦しくなる。
「ーーっは、このくらいにしとくか」
ガイルが攻撃の手を止めれば、周囲もそれに付き従う。
が、不満を未だ抱えた男、初撃を放った男はガイルの顔色を伺う。
「旦那ぁ、コイツをやらねぇんですか?」
「こんな奴、ほっといても勝手に死ぬだろ。何せ、『無謀のギル』だからな」
「そうですかい」
すると、倒れるギルフェルトの側へゆっくり近づき、目の前にやってくると、わざとらしく大声で言う。
「お前さん運がいいですね。まぁ、あっしはトドメを刺す気満々ですが、お前さんが”変人“だから助かるらしい。ねぇ、”無謀のギル“さん」
『ガハハハ!』
濁った笑いは再び周囲に響く。
もう用済みだと言う様に男は吐き捨てるが、今のギルフェルトの耳はピーっと音を鳴らし、何も聞こえない。
今できるのは、腫れ上がる目蓋を押し上げ、無音の世界と相対するのみ。
恐怖は、痛みが既にかき消した。
残るのは使命感のみ。
現れた唯一の望みーークエスト報酬をせがむ為、這いつくばりながら、誰かわからぬ目の前の服の裾の部分を引く。
だが、その足はガイルのものだった。
「うぅ……。ほ、報酬を……」
「ッチ、まだ動けるのか……ったく、お前みたいな弱者がいつまでも夢を見続けるなんざ、一番腹立たしいんだよ!そんなに死にたきゃ、勝手に死ね!」
唯一の望みは潰えた。
縋った最後の力は振り解かれ、気づけば目の前に足が迫った。
****
目を開ける。
そこは、森の中だった。
周囲は既に闇が落ち、代わりにキノコやコケ類の類が自ら発光する神秘の地。
その中は緑や黄色と言ったものから赤、青までに渡り、色とりどり。
だが、そんな世界を認識する前に、まずは痛みが身体中を襲う。
「ッ!イテテ…」
どうやら、地に伏したまま気絶したらしく、今尚生きているのは奇跡。
何せ、危険な自然界の中で身を晒して生きながらえたのだ。
現在の体勢は地面に丸まりながら横になっており、冷える地肌に冷やされていた。
頬が触れるその感覚は、痛みを余計に鮮明化した。
そこで、真っ先に行うのは頭の整理。
状況を飲み込むため、冷えた身体で理解をゆっくりと生み出す。
「どうしてこんなところに……あぁ、そうか。騙されたのか」
目覚め直後は意識の覚醒。
思い出す記憶は、迫りくる恐怖と追撃がもたらす蹴りの衝撃による二重の波。
だが、その結果こうなってしまったのはギルフェルトにとって仕方のない事。
あれは、己の弱さ故だった。
(仕方無いさ。僕が強ければ、彼らにやられる事も、弄ばれる事もなかったんだ……)
草木の間から覗く空を見上げて思う。
そこは、手を伸ばす先にはあっても届かない。
遥か彼方に存在する離縁の地。
そこにある輝きの星々すら、叶わぬものを目指す人々を嘲笑っているかのようだ。
ーーあぁ、どうしてこんなに弱いんだろ
と、そこから急に聞こえる地の振動、地響き。
咄嗟に浮かぶ発生原因は魔物。
ここまで揺れるなら余程の数が集まる群れか、大型の物。
ここで終わってしまう事が正しいのかと、受け入れてしまえば簡単な事。
この場から離れる事なく、ただ空を見ていた。
「ハハ、こんな状況じゃ逃げられないや。ここで冒険も、人生も終わり……。僕の最後は呆気なかっ、た……ん!?」
そこで、目前に迫るのは黒い影。
その正体は、時期に人影だと知る。
五体満足のその影は、あり得ない方向から、あり得ないスピードで、あり得ない高さから舞降る。
それは、まさしく天災だ。
「ーーーぁぁぁぁあああ!」
ズドーンと巨大な音を立て、土埃を舞い上げた。
揺れる木々からは落葉が生まれ、衝撃は辺りを弾き飛ばす。そこはまさに未曾有の事態に陥った。
いったい、静寂な夜に、誰がこの事態を予測出来ただろうか?
死すら覚悟した少年は、呆気に取られる。
「ックそー!もう少しだったのに、なんで上手くいかねーかな?ィタタタ、身体中が悲鳴上げてらぁ。そもそも、わざわざ殺さずに、なんでここまで……ん?」
そこで、舞降った影は、気配を感じて振り返る。
そこは未だ土煙が上がるが、やがて見える光景に目を丸めた。
夜の森に、偶然飛ばされた場所で、身体中がボロボロで寝そべる誰かが、こちらを向いているのだ。
「や、やぁどうも。初めまして?」
自分でも、何をしたらいいのか分からず、首を傾げて困惑しながらも対応にでた。
見たところ、二足で立ち、腕が二本生えて言葉も喋る誰か。
影で素顔は分からなくとも、人間と断定して会話する。
しかし、互いに認識はズレ、対する相手は驚愕の声を上げる。
「おぃ、ぉいおい!なんでこんな時間、こんな所に人がいるんだ?そもそも、お前人間?」
二人の間を照らす月光は、彼らの姿を現す。
そこに居たのは、大地に転がる黒髪の少年と、天から降り立ち、地に立つ赤髪の少年。
2者は、己の歳とそう変わらない存在を見つめ、しばらくは沈黙。
が、先に動くは赤い炎。
目の前にいるそれは、黒い影が生み出す何とも知れない存在。
世界に異常は付き物。
研ぎ澄まされた感覚は保身に回り、ハッとした瞬間、背後に手を回すと、月光に輝く鋼を持った黒有剣の刃を突きつける。
「もう一度聴く。お前は人間か?それともーー」
「ニ、ニンゲンです!人間!だから、危ないのでその剣を下ろしてもらえませんか?」
咄嗟に働いたのは生存本能としての自己防衛。
無害を訴えることに大きな意味などなく、だが反射的に口が動いた。
しかし、それを受け取る側は疑心暗鬼。
少し頭を捻りながら、マジマジと、未だ仰向けの少年を見る。
「はぇー、最近の魔物は怖いよなぁ。こんなに上手く喋る魔物がいるんだから」
「アハハ……、いる訳ないじゃ無いですか?まさか、まだ信じていただけないと?」
「ったりまえだろ?だって、お前、こんな場所で1人、ボロボロな姿でずっと地面に寝てるんだぜ?そいつが人間なら、誰だって正気を疑うさ」
「ッ!!」
そこで、自分が今まで一度も立って話をしていない事に気づいた。
そこに至るまでの思考回路は、いったい何をしていたのか。
あるいは、それ程までに注意力すら薄れて、自己へ固執していなかったのか……。
ともあれ、周囲が見えていなかったと分かると、次は相手目線から考える。
「……確かに、夜の森で、寝ながら他人と話す人間はそうそう居ませんね」
「あぁ、だろ?」
「ですね。では、少し待ってください」
立ち上がる事を思い至ると、咄嗟に全身へ力を込める。
が、全身に迸るのは電撃の如き激痛。
まるで、痺れたかのように上手く動かせない身体に身悶えていると、再び地に伏せる。
「ッイテテ……」
「だ、大丈夫か?俺も相当だが、アンタも相当怪我が酷いみたいだな」
「心配……人と認めてくれるんですね?」
今度は、即座に立ち上がらなくとも、身体半身を起こしながら目の前の人物と対峙した。
「あー、そう言うの今はいいだろ?で、大丈夫なのかよ、怪我は」
立ち上がると同時に、ギルフェルトはまず腕を上げた。
痛む腕には無数のあざが存在し、どうやら痛みの原因を察するのは簡単なようだ。
「……これは。だいぶやられてしまったようです」
「そうか、奇遇だな。俺も身体中に穴が。後は、色んな所がいてぇ。ハハ」
森が照らす光の中を、潰れた瞳でよく凝らすと、男の腕には確かに穴のような傷があった。
1番目立つのは、振り上げられた右腕。
穴ではないが、何か巨大な柱に貫かれたようなあとが、表皮を抉っていた。
その男は、傷を見るなり、腰元の革袋へ手を伸ばすと、緑の液体が詰まった小瓶を取り出す。
それを飲むと、途端に身体から光が溢れ、ゆっくりと傷を治癒する。
しかし、全身は治らない。
一番大きな右腕の削ぎ後は、幾分かマシになったものの、今尚痛々しい。
そして、それを見つめるだけのギルフェル。特にすることもなく、視線をずっと向け続けた。
「……ん?あんた、もしかして、怪我してるのに回復薬がないのか」
「お金は節約しないとですから、ハハ」
苦笑混じりの乾いた笑顔。
ギルフェルトは、それ以上は語るまでもないと俯く。
何故なら、おおよその反応は想像がつくからだ。
(きっと、冒険者としての自覚が足りないと思われるだろうな。でも、仕方ないんだ)
危険意識を持って、常に回復薬を持ち歩くのは鉄則。
その常識を破っていれば、普通笑われる。
そして、笑われることは、ギルフェルトにとって、既に構えることでもなくなった。
節約の理由は明確でも、回復なしでの森への侵入は、その理由を知らない他者にとって見れば自滅に等しい。
だから、この場でも帰ってくる反応は今までと一緒。
また、笑われてしまう。
そう思い、地面に渦巻く影を見つめる。
「はぁ。ーーほら、やるよ」
声を聞き、見上げると、空中を飛ぶ緑色の液体が詰まった小瓶。
それは、ギルフェルトの手の元へ舞い込み、すかさず受け取る。
「それ、やるよ」
「え?でも、あなたはまだ完治してないのに……」
ギルフェルトは、目の前で自分より損傷が激しいであろう男を見る。
未だに、大きな怪我は残り、万全の状態とは言いがたい。
渡されたものは恐らく、さっき彼が使った物と同じで、それは小瓶の回復薬。
効力は彼にとってそこまで期待できるような代物ではないが、ギルフェルトにとっては効果が覿面のもの。
中傷程度を癒すのに最適なそれを、己に重ね掛けすることもなく渡したのだった。
「いいんだよ。別に、恩を売ろうってんじゃねぇんだ。俺は、元々体の治りがはえーし、そこらの人間よりかは頑丈だ。それに、あんたの方が今はボロボロだろ?」
「ま、まさか」
口から出た言葉は、便宜上の返し。
振り返って己へ焦点を当てると、膝は震え、立つこともやっと。
外傷の見た目は派手ではないが、怪我人として判断するには十分では、目の前にしっかりと直立する男がいた。
比べれば、総合的な被害、相対的な疲労はギルフェルトが勝った。
故に、ボロボロでないと否定した己の発言を脳内で正す。
「……分かりました。では、ここはありがたく」
小瓶に手をかけ、まずは瓶先の枝を折る。
使い切り用に設計された構造の瓶を容易く解放すると、今度はそれを喉元へ運び、後は液体を自らに注ぐだけの簡単な作業。
体内へ入れ込むと、その力、癒しの効果は身体中を巡り、その場から痛みが薄らと引くのが分かる。
「しっかしまぁ、お互い苦労するな。あんた、どうしてそんな怪我してるんだ?」
一瞬、躊躇う。
脳内に巡るは、沈黙か虚勢。あるいは、他人への真実の告白。
しかし、これまでの彼の対応を見れば、自然と選択は絞られる。
「……パーティーへの臨時加入で、無報酬を言い渡されました。この傷は、その切り捨ての際に」
「使い捨てか、ひでぇなそりゃ……」
「まぁ、もう終わった事ですから。生きていたのは奇跡ですが、命さえあればそれで」
「なんだよ、ずいぶんと潔いな。いやむしろ諦めか?もっと自分を大事にしろよ」
「それを言うならあなたこそ、その傷。一帯、どこから来たんですか?」
「ん?俺か?そうだな……、あっち」
赤髪の少年は、怪我した腕を使って方向を指す。
そこは、町からは正反対の、言わば森の深層部。
現在地は中層付近であり、その先となると、より一層危険因子は増える。
「そうですか、あっち……」
1人で行けるその実力を、心から羨んだ。
きっと傷も、そこで受けたもの。
それに比べて、己の傷はなんて情けないんだと言い聞かせる。
比べていい事などあるはずが無いと、己では自覚する。
しかし、それを知っていても、比較せざるを得ない。
目の前には憧れた、“強い”冒険者が立っているのだから。
この目でその状況を見ずとも、勇ましい姿を想像できれば、尚更卑下する。
「そう言えば向こう側。確か、森の守護者がいる場所で、”癒しの泉“がある方向ですよね?」
「そうそう、そこに向かってたんだよ俺」
「ーーん?」
一時、思考が停止する。
そこはナグラムの森内で最も危険且つ、不可侵の領域と暗黙の了解がある。
自体の認識に数秒を有する。そして、ようやく思考が追いついた。
だが、脳内の理解は支離滅裂。
一つ一つの理解を深めず、思い当たる色々を想像、思考する。
そこで、最後に行き着いた、と言うより最も頭で印象にに浮かんだ疑問を投げかける。
「何故そこに?」
質問する際に伺う態度は慎重的で、その答えを逃すまいと、じっと彼を見た。
が、意外にも軽いノリで返される。
「あそこには、この森の守護者が居るって聞いてな。俺はそいつを倒しに来たんだ。まぁ、結果はこの通りだが」
そこで、改めて彼を見る。
森の光と月光が合わさるとき、映し出されるのは赤髪の少年。
傷は生々しくあり、見ていると自分の傷も疼き出す。
彼は、守護者討伐を題目に掲げている。
しかし、それはギルフェルトにとって分かり得ない真実だった。
守護者は己へ向かうもの、森を脅威に陥れる者には牙を剥くが、町を襲ったなど前例がなく、メリットは見当たらない。
だから、彼はーー
「一帯、何のために?」
また、純粋な質問。
瞳もそれに呼応し、腫れ上がる目蓋の奥には透き通った黄色い瞳がある。
それに対し、見つめ返す赤目は、ただ単純に答えを渡す。
「決まってるだろ?勇者になるためだ」
「勇者?って、あの再録記に書かれてる?」
「そう、もうすぐ生誕祭が行われる、いたかも分からないあの幻想の勇者さ。俺はこうして、1人夜に忍び寄り、倒しに行こうと思ったんだ」
「そこまでして、一帯何の得があるんですか?」
「それは、力の証明だ!俺は、逸話を超える、全てを救う勇者になる!」
「ッ!」
それを語る少年の目は輝いていた。
ただ闇夜に沈む森の中、他人であるただ1人に伝える夢のために。
「……立派ですね」
「ん?お前は、俺を笑わねぇのか?これを言えば町中が俺を笑うぜ?」
似た様な境遇に苦笑する。
彼は、夢を語り笑われる。自分は、愚行を知られ、笑われる。
そんな事実があっていいわけないと、気持ちが奮い立つ。
「夢を語るには、強さが必要です。それは……そう。折れない力がたくさん、この手に溢れるほどの」
握りしめる己の拳を見つめた。
この手に溢れるだけの力が集まれば、一体どれだけのことが為し得るだろうか?
そんなことは分から無い。何故なら溢れた力はその反面、制御できない、予測不可能な力でもあるのだ。
さすれば、逆に何も為し得ない未来もあるのだろう。
やはり、己の器、その中に潜む力は微かなものだと自覚する。
が、目の前の彼は、そんなことなど考えていない。
例外的な、笑わない存在を前に驚く。
「そうか。お前は俺を笑わねぇのか」
「はい。僕は何も笑ません。その点で笑われるのは、むしろ僕の方です。知ってますか?弱さって、何も出来ないんですよ?」
「お前、どうしてそんなにーー」
俯いたギルフェルトに対し、何かを言いかけるが、最後まで言葉を紡ぐ事は出来なかった。
そうして、彼をそこまでにさせる理由はどこにあるのだろうかと、想像できない事実を考えていた。
そのまま沈黙する赤い少年。
ギルフェルトは、彼が己に疑問の心を抱いていると感じた。
実際、正体を知らないお互い、会話には常に疑問が浮かぶ。
だからと、己の正体を伝える。
「この言葉を聞いたことぐらいありません?ーーCランク最弱の、“無謀”のギル。僕は、巷で噂の、Cランク最弱冒険者。だから僕は、あなたの夢を何も笑いません」
その言い方は、諦めが見て取れた。
自分は何も語れないとでも言うような瞳は、悲しみを宿している。
そう感じたと同時に、舞降った彼は手を伸ばす。
「……よし。お前、明日から俺とパーティー組もうぜ。いや、今からがいいな」
「はい?何を急なこと……」
「いいな?」
「いや、でもーー」
突然の提案に、あまり乗り気では無いギルフェルト。
一度、それを振り払う。が、しかしーー
「よし、決まったからには、お前も明日から俺の勇者への道を支えるんだ!代わりに俺は、お前の冒険に色を与えてやるぜ!見とけよ?お前の冒険は、英雄譚になる程の壮大な未来が待ってるんだ!」
そう言うと、ギルフェルトへ拳を突き立てる。
もう、諦めてしまう方が楽だと思ってしまった。
否、まともな思考を放棄し、逃げ出した。
しかし、今夜出会った見知らぬ彼は、微笑みながら視線を向けてくる。
今はまだ、身体に衝撃が走る。
それでも、全ての痛みを堪えて身体を起こすと、拳は繋がる。
「言いましたけど僕、Cランク最弱ですよ?相当弱いですよ?」
その言葉は、己を仲間にする男への、最後の忠告だった。
だが、そんなことは愚問。
既に、仲間にすることは赤髪の少年にとって、確定事項。即座に答える。
「はっ、上等!俺が逆に鍛えてやる!勇者が弱いわけねぇだろ?つまり、その仲間もだ!だから覚悟しとけよ?」
渦巻く事情は全て意味を為さない。
アレンが得たいのは、ギルフェルトと言う1人の仲間だった。
久しく聴く“仲間”と言う単語に、ギルフェルトは目が輝いた。
「それじゃぁ、まずはその言葉から。仲間に対してはもっと気楽にな」
「わ、わかったよ。それじゃぁ、えっと……君の名前は?」
「アレンだ!」
(答えに躊躇いがない。本当に僕を………)
生まれた希望は新たなチャンス。
己を受け入れる存在に驚愕せざるを得なかった。
しかし、それもまた偶然の巡り。
これこそが、求めてきた冒険の日常だと、身体が求めてやまない。
身体中はその実現に震撼する。
そうして、今はうずく気持ちを抑えながら、言葉をしっかりと紡ぎ、ゆっくりと生み出していく。
「……それじゃぁ、アレン。僕の名はギルフェルト。これからよろしく」
「あぁ、よろしくな!ギルフェルト!」
取りあうは新たな道導。
突き出された力強き拳に、弱き拳は激突したこの夜。
周囲が照らす光は闇の中に空間を生み、まるで、2人の出会いを祝福しているようだった。