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ブレイキングワールド  作者: キィ
episode1ー始まりの大地
19/19

18ー夕闇

 馬車に乗って王城を後にする時、再び通る外門の周りには、未だに国民達が押し寄せる。

 彼らもまた不安なのだ。


「城門を開けろ!客人達がお帰りだ!」


 ガヤガヤする民衆へ、衛兵が叫ぶ様に言う。

 しかし、彼らは動こうとしない。

 勿論、そうなることを予測していた衛兵は列をなして並び、国民を押し出す様に、行手を阻む様な壁を形成した。


「おいおい!この国の王は、こんなご時世に不安な俺らを差し置いて、突然きた客人との面会か?あの無愛想で、しかし律儀に尽くしてくれた国王も、今では随分と落ちたものだ!年には抗えないってか?それなら、無駄に長生きせずに、歴代の様に早死にしろ!」


 1人の男はアイオニス失踪の紙を持ち上げて叫ぶ。

 彼はリーダー的立場だったのか、彼の挙げる声に、皆が沈黙し、耳を傾けた。

 それに対し、近くにいた衛兵は槍を突きつけた。


「貴様!この国の象徴を侮辱するか!」


 叫び声は周囲に轟く。その声を当てられた男は気圧され、地面に尻込む。

 近くで赤子を抱える女性は、その声に鳴き声を上げる子をあやす。

 周囲は、威圧的な衛兵の対応に怯えている様だ。


「っへ、国王は所詮、今でも顔色一つ変えずにいるんだろ?それに比べたら、アイオニス様はどれだけ人間らしかったか……」


 槍を向けられた男は王へ抱く感情を嘲笑まじりに言うと、アイオニスの事を取り上げ、悔しそうな顔をした。

 その男の勇気ある対抗に、周囲の民衆も声を上げる。


「そうよ!そうよ!私は、アイオニス様に見失った子供を見つけてもらったわ!」


「お、俺は傷ついた足を癒してもらった!」


 次第に、その場ではアイオニスへ施してもらった数え切れない体験が溢れる様に語られる。

 民衆は皆、団結していた。

 しかし、痺れを切らしていた先頭にいる衛兵。

 槍を向けたままでいる彼は感情を荒げ、肩を上下する。


「貴様ら国民に、アイオニス様の生存を願う思いはないのか?」


「フン!そんなの、誰でもしてるに決まってる!でも、王族が1日中行方不明なんて、もう期待できねぇだろうが!」


 それには、衛兵も黙るしかない。


「だってそうだろ?町中みんなアイオニス様の味方なのに、目撃情報は昨日からぱったりと消えた。一つも…… そう!一つもな!」


 周囲はそれに乗っかる。尽力を尽くしたと。町中が協力していると。

 たった1日?違う。1日も探したのだ。

 王族はその生存より、その内に秘めた魔力や持ち物が狙われる。

 アイオニスが女性だったら最悪の状態でも生きて利用されるが、王子なら、望みは薄い。

 そんな、声を上げる広場が偶然聞き取った小さな声。


「あぁ、次の王様はやっぱりシェリー姫なのかな……」


 その呟きはとある少女の言葉。彼女はかつて、アイオニスに飼っていた小鳥の羽を治してもらった。

 そんな彼女は、普段全く見ない王女の存在に不安を抱く。この先、この国を任せていいのだろうか?と。

 この声は偶然、沈黙した一瞬の間に周囲へ届いた。

 それを聞いた民衆は、次にこの国の王候補に上がるであろうシェリーを標的とした。


「やっぱり、次はシェリー姫がこの国を支えるのか?」


「でも、私、姫をあまり見た事ないわ」


「俺もだ……」


 若い男女が話し合うその後ろで、頭髪が寂しい老人が声を上げる。


「訳のわからん小娘に、この国を任せられるか!」


 その声に、様々な意見が再び飛び交った。


「そうだ!それに、この国には男系の伝統がある。勝手に女を入れるな!」


「王子の方が、まだ安心だわ……」


 不安は爆発。誰もシェリーを受け入れない。

 未だ開かぬ城門を前に、馬車の中でただ傍観する事しかできなかったイナズマは拳を握りしめる。


「クソ、ここの奴らはシェリーのことを何も分かっていない。いや、分かろうとしてない!」


「でも、シェリーは外に滅多に出れないって言ってた。みんな、シェリーの顔を知らないから不安」


 ルナは客観的に状況を判断した。

 広場は、皆俯き始め、面持ちが暗い。不安な時の表情は、いつもああだ。


「それでも、一番不安で悲しむのはその家族だろ?家族を知らない俺でも分かる」


「そう、ですね……」


 その時、目先に広がる光景には変化があった。

 槍を民衆に向けて立つ先頭の衛兵が、遂に動き出したのだ。


「貴様!今なんと言った!?」


「何度でも言ってやるさ!俺らの国に、あの姫は必要ねぇ。母親同様、早く死ね!」


 それは、最初に先頭に立っていた男。

 衛兵は肩を上下に揺らし、衝動的にその武器を振るう。


「貴様、よくもそんな事を!」


「危ないッ!」


 馬車からアンジェリーナが悲鳴を上げる。その場にいた民衆も、誰もがそれに恐れる声を叫ぶ。

 イナズマは、馬車の中で腰を上げた。


「もう我慢できない!」


 扉に手をかけたイナズマは外へ出た。

 門兵は、彼を静止しようとするが、イナズマは止まらない。

 そのまま、イナズマは城門へ寄ると、周囲を取り囲む柵を高く跳び超えた。

 だが、間に合わない。


「あーー」


 その結末を予想した周囲は、皆、惨劇の状況を思い描き、それを見る事を恐れ、目を閉じる。

 子を抱く母親は子の目元も抑えた。

 だが、その瞬間に聞こえたのは金属が重なる音。

 黒いフードを被る影はその場に入り込み、衛兵の槍を、短刀で受けていた。


「なッ!」


 衛兵は突然入り込むその存在に驚く。

 その瞬間、槍は払われ、衛兵は後ろに押された。

 飛び込んだ影はその後、守った男にローブ越しに声をかける。


「大丈夫か?」


「あぁ…… 助かった」


「間に合ってよかった」


 彼はそう言うと、即座にその場を離れた。

 その背を見ていた皆は沈黙と同時に、彼を町影で見失うまで見ていた。


「イナズマさん!」


 振り返れば、門は開かれていた。

 迫った馬車に、イナズマは転がるように乗り込む。


 ****


 城前の喧騒をまき、今はギルドの裏側に着いた。

 皆馬車から降りると、周囲の空気を見る。


「ここは、落ち着いていますね」


「ええ」


 アンジェリーナはギルフェルトと同じように周囲を見渡して返す。


「どうしてみんな、助け合わないんだ」


 イナズマはそう吐き捨てる。


「このままじゃ、誰も彼もが何も分からず終い。もう、どうすればいいか、俺には分からない……」


 その顔は仮面が覆うが、不安が漂っていることは確か。

 誰も、顔をあげない。

 イナズマは1人、寂しそうに空を見上げた。

 そこには、夜に向かって下がる太陽があるが、夕方と言うにはまだ早い高さ。


「これからのためにもお金、集めないとな」


「そうですね」


「では、私はここで失礼しますわ」


 アンジェリーナは突然、別れを告げる。


「え?一緒に居ないの?」


「ええ。私は、戦えませんから」


 それを言われ、ギルフェルトは彼女の容姿を見渡す。

 そこにいたのは、きちんとした正装服姿でいる美しい少女。

 彼女は貴族。民を養う立場にある彼女は、普段の日常を国民達に守ってもらうため、戦えないのは当たり前。

 そもそも、一緒にこの場に立つ事が異例なのだ。


「それじゃ、せめて宿舎ぐらいお勧めさせて?まだこの町に残るでしょ?」


「ええ。では、お願いしますわ!」


 ギルフェルトのその提案を横耳に聞き、イナズマは自分の状況を思い出す様に言う。


「そういや、俺も泊まるところが無かった」


「では、丁度いいですね。一度、僕が泊まる宿舎まで案内します。アンジェとの別れはとりあえずそこで」


「その前に、クエストを貰いに行かないと」


「そうでした」


 ルナに指摘されたギルフェルトは、向かう先を変える。


「たく、ちゃんとしてくれよな。リーダー」


 その時は、イナズマも笑う様になっていた。


 ****


 ギルフェルトが普段住まう宿舎でイナズマとアンジェリーナは今晩泊まる予約を済ませた。


「よし。これでいいんだな?」


 受付代の上に置かれた紙に名を記名するイナズマ。

 ふと横を見ると、そこにはルナがチョコンと立っている。


「そういえばルナは、どこに泊まってるんだ?もしかして、お前もここ?」


「違う。少し先に行ったところ」


「そうか」


 イナズマがペンを代の上に置いた時、皆はその場を後にする。

 その後、アンジェリーナは共に宿舎の外まで出ると、ギルフェルト達を見送る。


「では、また明日!」


「そうだな。じゃ、少し行ってくる」


 民衆の叫びに当てられ、雰囲気が優れなかったイナズマは、今では普通に戻った。

 それを見て、彼らに何も聞かないでいたアンジェリーナは、一先ず安心する。


「皆様、お気をつけて!」


 手を振る彼女に見送られ、ギルフェルトらはその場を後にする。


 ****


 夕暮れ迫る森。

 赤いインクが空を染め上げ、辺りでは魔物の最後の1匹を仕留めるギルフェルトの魔法の残響が響く。


「風刃!」


 ギルフェルトがそう叫び、右手を出せば、そこに風が集まる。

 やがてそれは物理的な外傷を与える風の刃となり、迫る小さな魔物を無惨に散らす。


「やったな」


 倒れたのは細長い身体をした、イタチの様な魔物。しかし、僅かに輝くその歯には、神経毒を有する。

 その毒に当てられたなら、小1時間は自由に身動きが取れず、森の中でその様な状況に陥るのは危険だ。

 その毒は別の用途として、人の麻酔に使えるため、出現率の高さからも、頻繁に狩られた。

 周囲にはその死体が6匹ほど。

 ギルフェルトは今しがたの状況を振り返る。


「はい。でも、まだ発動までに時間がかかるみたいで」


 発動までにためを必要とするその魔法に、気にする様子を見せるギルフェルト。


「気にすんな。実践を通せば慣れるはず」


「はい。そうだといいです……」


 すると、イナズマが何かに感づく。


「!」


 背後を見れば、そこにはルナがいる。

 そこへ、何かが横からじわじわ迫ってくる感覚を感じた。

 目を凝らすと、景色と同化したイノシシの様な魔物がいた。

 その姿は牙を反るようにして天井を仰ぎ、今朝見た個体とは別格の体躯。

 目は飢えた野獣のそれで、恐怖を煽る様な鋭い眼光は、獲物をじっと見つめていた。

 間違いなく、襲ってくる。


「バイムードルだ!ルナ!逃げろ!」


 イナズマは叫ぶ。

 ルナは後方支援を行う術師なため、距離は少し走ったところにいた。


(また遠い!)


 辺りは夕暮れのせいか、影が落ち始めていた。

 そのせいで、迫るハンターに盲目だった。

 ルナはその声を聞いて横を見る。

 すると、すでに獣は走り出していた。

 ルナは戸惑うより先に杖を握りしめ、詠唱する。


「炎柱ーー」

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