17ー悲壮の現実
その後、一同は同じ空間にいた。
そこで、見覚えのある女性、メイザスと呼ばれた彼女はギルフェルトらに声をかける。
「みんな、こんなところに来るなんて驚きね」
「あんた、凄い人だったんだな」
「そうよ」
メイザスは誇らず、当たり前のように言う。
「私も初めて知った」
「あら?そうだったかしら?でも、ギルフェルト君は知っていたわよね?」
「ええ。でも、仕事中を見るのは初めてです」
通りで、ギルフェルトは2人に比べてリアクションが薄い。
メイザスは皆が初耳だと言うが、そっけない態度だ。
「あっちの仕事は?」
「あっち?あぁ、『クサギリ』の事?」
ルナは頷く。
「まぁ、あっちは少し副業の意味が強いわね」
「ティナはこの事を?」
「言ってないから知らないと思うわ」
「それじゃ、真面目に学ぶティナが可哀想……」
ティナは本気であれを仕事にしようと詰め通っている。
しかし、店主の気持ちが適当なら、可哀想だと思った。
「安心して。ティナを育てる想いは本物よ」
それを聞き、彼女は安堵する。
「メイザス様!お話は終わりましたか?」
聞き慣れないその声に皆が注目する。
すると、金髪を輝かせるシェリーがいた。
姫が同じ空間にいると思い出し、皆は驚く。
「そういえば、なんでお姫様まで一緒に来たんだ?」
「それは、これから分かるわよ」
メイザスは1人状況を把握して微笑む。
「ん?」
困惑するその中、メイザスはアンジェリーナの元へ近づく。
「あなたが聞いていた子かしら?名前は確か……」
「アンジェスの娘。契約の使者として参りましたアンジェリーナですわ」
「そうそう、アンジェリーナちゃんね。貴方は私について来てちょうだい。貴方の仕事を紹介するわ」
アンジェリーナは”仕事“と聞いて、身を引き締める。
「じゃあ、俺たちは?」
すると、またメイザスが笑う。
「貴方達は、姫の話し相手になってもらうわ」
シェリーは突然の告白に驚く。
「メイザス様!私も王族の血を受け継ぐ者。この年齢ならば、契約の儀式に私も立ち会うべきでは?」
「貴方には、”やるべき事“があるでしょ?」
そう言うと、アンジェリーナを連れてこの場から離れた。
残るは、ギルフェルトら3人と、シェリー、マラン。
(私のやるべき事?)
シェリーは首を傾げるも、この場で彼らを案内するものは自分しかいない事を悟ると、声をかける。
「そ、それじゃ、行きますよ?」
初めて会う同世代の客。それも、突然の来日。
シェリーは慣れない対応に焦る。
しかし、ギルフェルトは優しく微笑む。
「お願いします」
****
「契約の鎖よ、我願う。かつての契約を再構せよ」
アンジェリーナの声が聞こえて来るその部屋は、城の地下に位置する。
覗いてみると、その部屋の床には円形の魔法陣が描かれ、中央にはアンジェリーナが立っていた。
彼女は両手を重ね、想いを込め、それを言葉にして伝える。
すると、その詠唱と共に彼女は光を纏う。
さすれば、魔法陣の一線一線が共鳴する様に光出し、魔法陣の線は新たな魔法陣を組み出し、暗闇の地下室は光が満ちた。
しばらくしてそれは、次第に落ち着く。
「どうやら、成功した様ね。初めてとはとても思えなかったわ」
「ありがとうございます」
アンジェリーナは魔法陣から離れ、メイザスの元によった。
そして、今一度魔法陣を見る。
そこには、先程まで三重に重なる円形の魔法陣しかなっかったが、今では五重に重なっている。
「これで、一年は安定しますわ」
「十分よ。おかげで、またこの国は護られる……」
メイザスは少し俯く。
「?」
「本当に立派な仕事よ。ありがとう」
「ええ、こちらこそ」
その反応が気になり、魔法陣を再び見た。
その時、ずっと気になっていたことを思う。
(この魔法陣は、どんな恩恵を授けるのかしら?)
アンジェリーナは、真髄を覗く己の目を用いてその魔法陣を見た。
だが、その効果は、また別の魔法陣をより強くその土地に縛り付ける釘の様な役しか担っていない。
これが恩恵をもたらすなんて、思えなかった。
(でも、仕事は仕事)
2人は、その場を後にする。
****
一方その頃、城内にある中庭で、一国の姫とお茶会をする冒険者3名がいた。
そこへ、メイドが赤や黄色に染まった丸いお菓子を運んでくる。
確か、マカロンと言っただろうか?
ギルフェルトはそれを見て、前に一度エバルから聞いたなと思い出しながらそれを食べる。
すると、口元に甘い味が漂った。
「それじゃ、まずは自己紹介をするわね。私はシェリー。貴方達は?」
「俺達は冒険者。でもって俺が、イナズマだ!」
「私はルナ。よろしく」
「ギルフェルトです。どうぞ、よしなに」
シェリーは近い年頃の彼らに出会え、喜びを覚える。
「貴方達は、さっき門を通った馬車に乗って来たの?」
「ああ。そうさ。アンジェを無事に送るためにな。それと……」
「?」
イナズマはあの時、王が敢えて彼女に指輪を隠した事を思い出す。
「いや、それだけだな」
ギルフェルトはそこで、別の話題を振る。
「やっぱり、冒険者は珍しいんですか?」
「そうね。私が見た中で、冒険者のお客様は珍しいわ。と言うより、見たことがないわ」
「幸運でしたね」
ギルフェルトは同意を求めるべく首を横にした。
それに、ルナは頷く。
「私も、近い年頃の皆様と会えて嬉しいです!」
その喜ぶ様子に、ルナは聞く。
「シェリーは、他に話す人いないの?」
「あ……」
今一番気を使っていた部分に触れてしまった。
これで、兄の話題になってしまうかもしれないと、皆内心焦る。
そんな中、シェリーは無理に微笑む。
「ハハ、そうですね。普段はそこにいるそば付きのマランや、周りの世話をしてくれるみんなとよくお話しするわ。でも、お友達は誰も。私は一族の特徴で、生まれつき身体が弱く、外にはあまり出られませんから」
「そうなんだ」
彼女の兄、アイオニスへ話題が向かわなかったことに、皆は安堵した。
「でも、お兄様は弱く産まれて尚、よく外に出ていたわ。いつも国民思いで、優しくって……」
次第に、彼女の顔は暗がる。
マランはそれを指摘する。
「姫。もっと明るいお話をしませんと」
「ええ、そうね」
シェリーは一度目を瞑り、深呼吸をする。
そして、落ち着いた。
「では、気分をあらためて、少し、冒険のお話をしてくれませんか?」
「え?僕たちのですか?」
「ええ!貴方達の馴れ初め話でもなんでも。是非聞かせて!」
目の前のシェリーはただ純粋にギルフェルトらを見ていた。
外に出られない彼女は、外の世界に、冒険の話に期待している。
「それじゃーー」
話は、まずギルフェルトからだった。
内容は、この仲間達との馴れ初め。
初め、彼の話は孤独の道を歩む悲劇の物語に思われたが、次第に風向きは変わり出す。
「その時、他の冒険者に襲われてしまったんです」
「でも、貴方は今無事にここにいますよね?」
「はい。僕はボコボコにされたあと、そのまま森に取り残されましたが、偶然生き延びました。そして、ここには居ないけれど、もう1人の仲間に出会ったんです!」
「まぁ!」
そのあと、一通りの話を経て、今の仲間がある事を伝える。
イナズマはそれに、リーダーが決まった話も付け加える。
「それで、今はこのギルがリーダーってわけさ!」
「まぁ、決め方はかなり適当だったけど」
「ギルフェルトが適任。アンジェもそう言ってた」
「フフ、アンジェリーナ様も含めて、皆さんいいお仲間なんですね」
「ああ!」
すると、シェリーは気づく。
「それじゃ、パーティは今日結成したばかりで、皆さん一緒の冒険はまだなんですね。残念」
冒険話を期待したシェリーは肩を落とす。
「いや、午前中に一度行ってきたぞ」
それを聞き、顔が一変する。
「それも是非聞かせて!」
「ああ。いいぜ。今日は、空飛ぶ石を倒してきたんだ」
それから、空中を飛ぶ石の話も聞いた後、シェリーは前を見渡す。
彼らなら、アンジェスの様に頼れるかもしれない。そう思い、口を開ける。
だが、それは話し出すうちに自信がなくなる。
「皆さん、突然のお願いなんですが…… いえ、初対面の私が頼み事なんておこがましいですよね」
そんな、俯くシェリーに対して、ギルフェルト達は互いに見合うと微笑む。
「遠慮しなくていいですよ。姫、いや。シェリーさん、僕たちは語らい合った。それでもう友達です」
俯いた顔を上げれば、3人が迎え入れる様に見つめる。
「ギルフェルト様!」
「ギルフェルトでいいですよ」
ここで、一度気を取り直す。
「では、皆さんにお願いしたいことがあります」
「おう。いいぜ」
「それで、どんな願いなんです?」
「それは…… 兄、アイオニスについての情報収集です」
「ッ!」
皆一度、顔を向き合わせて、思わず驚いた。
そんな様子を見て、シェリーは続ける。
「分かっています。例え付き人2人を連れても、王族が1日中音沙汰無しなんて、生存の可能性は低い」
その言葉は重い。
そこから、彼女の不安が感じ取れる。
「でも、私はお兄様を信じている!だって、お兄様はあのメイザス様に魔法を教わっているの。きっと、今もどこかで生きている。あのお兄様の事、もしかしたら、日頃の癖で、今も人助けをしてるかもしれないし、羽を怪我した小鳥の看病の真っ最中かもしれない」
そんな期待する彼女を見て、マランは辛そうに見つめる。
現実を知るギルフェルト達は、顔をしかめた。
「そんなに悲しそうにしないでください。私まで悲しくなります」
すると、窓から見た光景を思い出した。
「そう言えば、貴方達はあの門を潜ったのでしたね。確かに、国民の言葉の多くはお兄様の生存を期待していないものが多かった。それでも、私は信じる!」
そこで、イナズマはこれ以上黙っていられなかった。
見ていて、胸が苦しくなった。このまま溜め込めば、彼女自信が現実に押し潰される。
そう1人決心すると、この場で手を挙げて事情を話す。
「あの、シェリーがそう期待するとこ悪いが……」
己を奮い立てたものの、その後が続かない。
シェリーはマランと2人でその先を聞こうと構えるが、少しの間に首を傾げる。
「どうしたんです?あ、報酬ですか?それなら安心してください。手伝ってくれるだけでいいんです。どうか、どうか皆様、お願いできまーー」
シェリーの言葉は風と、イナズマの声に掻き消された。
「あんたの兄さんは死んだかもしれねぇ」
「え……」
そこからは、簡単だった。
一度開いた口は塞がらず、その場でそれを知っていた他2人も止めない。
真実を伝えると言うことが大事だと、皆そう判断したのだ。
全てを言い終えた時、シェリーは悲壮の顔を浮かべる。今にも泣き出しそうだ。
シェリーは話に途中に感情が溢れ、声が漏れる。
「いやよ、もう辞めて…… そんなの、たとえあなた達のお話でも信じたく無い」
「でもこれは、本当のことなんだ。今日きたもう一つの理由だって、その指輪を王へ届けるためでーー」
「知らない。知らないわそんなの!私、嬉しかったのに。初めてお友達ができそうで、そんな人達にお兄様についても尽力してもらおうとしてたのに…… そんなこと、あるわけないでしょ!」
真実を知った後、彼女は現実を見ようとしていない。
これ以上溜め込ませないでよかったと、イナズマは安堵すると共に、彼女を現実へ目を向けさせる。
「本当だよ。目の前でちゃんと見た。この目でその指輪がつけられた手を、ちゃんと」
「………」
再度、イナズマが言うと、遂にシェリーは目を潤める。
そして、雫がゆっくりと、彼女の頬を伝った。
背後に立っていたマランもその様子に、目元にハンカチを寄せ、歯を食いしばっている。
その姿を誰も故意には見ようとせず、苦しい気持ちで目を逸らした。
悲しみに暮れるシェリーを止める権利など、誰も持っていない。
真実を知っていて、それを優しさで先延ばしにするのも、ただの悪行。
しかし、シェリーの感情を更に溜め込ませ、爆破をこれ以上にする。そんな事態を回避させたかったと言う意図は、彼女に伝えるには酷だった。
顔を背けたシェリーは、泣きながらに兄アイオニスが愛した中庭の植物達の方をただ見つめていた。
マランは泣きを堪えて言う。
「皆様。突然ですが、お引き取りを願います」
「……ああ」
誰しもが暗い面持ちだった。
****
城門の前。そこには馬車が停まっている。
マランはその後、そこまで共に来てくれるといった。
外へ出る門の近くまできたところ、丁度、反対側から来るアンジェリーナは声を上げた。
「皆さん!ちょうどでしたわね!」
しかし、返答はない。
「皆さん暗いですわ」
「確かに、暗いわね」
唯一返してくれたのは、隣にいたメイザスだけだった。
その後、先をゆく皆の後ろにアンジェリーナは続く。
そして、声をかけた。
「どうしたんですの?」
「アンジェ……」
イナズマは彼女を横目に素通りする。
ルナは無言のまま。
辛うじて、ギルフェルトだけが言葉を返す。
「お疲れ様。どうだった?うまくやれた?」
「ええ!今回のおかげで、これから自信が持てますわ!」
アンジェリーナの朗報。
それを聞いて尚暗いギルフェルトに違和感を覚えた。
「あの、何かありました?」
ギルフェルトは少し考えて言う。
「……うん。帰ろうアンジェ。僕達には、どうすることもできないから」
「?」
アンジェリーナは何も理解は出来なかった。
ただ分かったのは、何かがあったと言うことだけ。
思えば、マランと一緒に居たはずのシェリーの顔が見当たらない。
その後、全員馬車に乗り込んだ。
最後、ギルフェルトらを見送り、城の門を閉ざす時、マランが去り際に言う。
「本日は姫の話相手をして下さり、ありがとうございました。皆様方が、わざわざ持ち帰ってくださった真実を、彼女はいずれ、ゆっくりと受け入れるでしょう。ですから、今回のことは余り、お気になさらずに」
「ああ……」
その時、マランはお辞儀をしていた。
イナズマは、ただそれを返す。
何故なら、最後に見えたマランの表情が、泣いていたからだ。