11ー孤立した彼女
ギルド内には、1人の少女が立ち尽くしていた。
彼女はこの土地出身者でなく、外から来訪しに来た者で、ここに来るまでに1人の冒険者が護衛として付き添ってくれた。
その冒険者はどうやら少女の父親の知り合いらしく、多少気性が荒々しかったが、多くの物を教えてくれた。沢山の危険から守ってくれた。
その体験が少女にとって初めての冒険であったなら尚更、短期間でも行動を共に出来た彼を、仲間だとは思わずにいられなっかった。
だから、すでに良好な仲を築けていたと、1人で思い込んで、勘違いしていたらしい。
そんな己の思考を嘲笑する。こんな考え方、都合が良すぎだ。簡単に仲が深まる訳がないと。
現在、そんな思いに打ちひしがれる少女に手を差し伸べた冒険者達がいた。
ギルフェルトら一行である。
彼らは彼女の今までをなにもの知らない。だが、なぜ悲しんでいるのかだけは分かる。
その過程を見せずして、きっかけだけに遭遇したため、今は、その過程をを聞く段階に入ろうとしていた。
「な、お前。大丈夫か?」
最初、イナズマが声をかけに向かう。
しかし、そううまくは行かない。
「あなたは……アズベル様と戦っていた人……」
そう言葉にすれば、再びその冒険者の存在を思い出し、肩を大きく下げる。
ギルフェルトがアズベルの元へ駆け出している今、その近くにいるもう1人の仲間のルナがローブ越しにイナズマと顔を見合わせる。
そして、自分も話しかけた。
「あなた、アズベルとか言う人と友達?」
「ルナ!?今それを聞くのか?」
ルナは頷いてそれを肯定した。
流石に今それを聞いては、更に落ち込ませるだけだと危惧し、それを訴えたイナズマだが、ルナには別の意図があった。
それは、純粋な彼女の気持ちを聞き出す事。無事、功をなしたのか、今、僅かに少女の心が動く。
「いいんです。どうやら私は……最近知り合ったばかりの彼を自分の仲間だと勘違いしてた様です。仕事で町を出るのは今回が初めてで……。そんな不安だった私の為に父が呼んでくれた護衛の方は、あの優秀な冒険者のアズベル様でした」
「あいつ、そんなに凄いのか?」
「はい!私の町では、彼はとても有名人で、いつも多くの人を助けていたと聞いています。そんな彼は優しいとは言わずもいつも献身的でいてくれて。そんな中、身勝手にも私は……ですから、これから反省して、もう2度と周囲には迷惑をかけない様にとーー」
まだ少し幼く見える少女の凛々しい顔立ちは、徐々に暗くなる。
そして、最後まで言いかけた時、イナズマがそうはさせないと声で制した。
「それ、本当にお前に責任があるのか?」
彼女がこうなったのもアズベルとか言うさっきの冒険者のせい。
何が発展して少女を突き放す決断に至ったか知らないが、それでも、彼女が悲しむのは違うと思えた。
「僕も、そう思います」
そこで、戻ってきたギルフェルトもイナズマの声に賛同する。
彼もまたそう思っていた。
外で本人から聞いた言葉だけでは、全てが納得いかない。
「あなたは?」
ルナのことはイナズマのそばにいたと言う事で彼の仲間という定義をいていた少女は、ここでは初対面のギルフェルトへその存在を問う。
「僕は、そこにいる彼等の仲間、ギルフェルトです。僕も、あなたが悲しむのは筋違いだと思います。今も、そうやって、渡す予定だったプレゼントを持っているでしょう?たとえどんな理由でも、他人の好意を無碍にすることはいけない気がします」
「でも、アズベル様は私に『付いてくるな』とおっしゃいました……」
思い返すほど考えは深くなり、少女はまた気を落とした。
それだけ、今は絶望の淵にいる。だから、希望を与えようと、イナズマが言った。
「そんな悲観すんなって。孤独でも、人は周りにたっくさんいるだろ?周りをもっと見て見ろ?」
見渡すと、今は素行の悪そうな冒険者が沢山いた。
偏見だが、スキンヘッドに吊り目、目の下の大きなクマがある彼らは皆、今の彼女を怯えさせる。
「ま、まぁ、ここはちょっと、と言うより相当柄の悪い連中が集まってる様だが、探せば、いい奴はいると思うぞ?たとえば、うーん。そうだな、ギルとか?」
「そ、そうなんですか?」
本当に頼っても良いのか?と言う様な視線で、その少女が振り向くと、皆も同様にその顔を見た。
「ま、まぁ。僕は自分以外の誰かが不幸になっている姿なんてみたくなので、助けたい気持ちは山々ですが……」
「やっぱり迷惑、ですよね……」
「いやいや!そう言うのじゃないんだけど、人を守れる程の力と余裕が……」
そう言うと、己の今まで失敗してきた護衛依頼と、心許ない生活費を頭に思い浮かべる。
まず、お金がなければ活動金も少なく、大きなリスクは犯せなくなる。
そして経験上、誰かを守ると言うクエストは、魔物討伐より遥かに難易度が高かった。
報酬が高いことと、金欠期が合わさり、かなりの無理をして条件を満たしたクエストに向かったことがあるが、それらは全て失敗。
依頼主を死なせる事態こそ発生しなかったものの、すべては到着前に、荷物、予定に影響が出た。
それでも目的地に着いたことから感謝はされることも少なくはなかった。
だが、たかが1、2時間歩けば着く目的地に位着いてそんな事を言われても、あまり意味がない様に思えた。
とあるパーティへの臨時加入でも、足を引っ張りすぎて、到着が1日遅れた。
それ以来、分不相応なクエストの中でも、特に他人へ迷惑をかける護衛依頼は避けて生きてきた。
無謀な活動は1人で行う。必要のない迷惑はかけたくない。
だから、彼女を助ける気持ちより、身を引きたい思いが強かった。
「だが、今はその余裕を生み出す仲間がいるだろ?」
イナズマは曇るギルフェルトの顔に灯を灯した。
「後衛支援なら任せて」
「みんな!」
何を今まで悩んでいたのだろうか?2人を見れば、既にパーティとしての意識があるではないか。
目の前にそんな物がありながら、何故自分だけ孤独気分で離れようとするのか。
それはいままでの癖からか?否、一番周りを見ていないのはギルフェルトだった。
1人の意識の綻びがどれだけの影響を及ぼし、周囲に迷惑を被るのか、それを一番に理解しているのは自分自身。
今更過去の、孤独な自分に戻るつもりなどない。
進むべきは先は、新たな冒険人生。彼女にも、孤独が原因で悩んで欲しくないと言う思いが強くなる。
「やっぱり言い直します。僕は、僕達はあなたと共にいる」
その強い決意は言葉にも宿り、周囲はそれを聞いて感激する。
「よく言った!勿論、異論は無いぜ」
イナズマが言えば、続けてルナも言う。
「私も」
再び舞い降りた都合の良い出来事に、疑心暗鬼となった少女は目を丸めて疑う。
「そんな。本当に良いんですか?こんな私の為に」
「ええ。人は、お互い様で生きてますから。借りなら、“僕“は気にしませんよ」
「おいおい、そこも“俺たち“だろ?」
イナズマは自分がその輪に入れられていない事に不満を漏らす。
「ギルは、私達を心の狭い人だと思ってるの?」
どうやらルナも、多少気になるらしい。
「アハハ、ごめんよ」
ギルフェルトの返す返事には、その否定がない。
故に、肯定と捉えると、イナズマは驚嘆する。
「思ってたのかよ!」
「仲間でも一様、損得の話は皆に聞かなきゃと思って」
その言葉を耳にして、再びイナズマとルナが顔を見合わせた。
そして、互いに気づくと呆れた様に言う。
「たく。お前の人間性には、いつまでも勝てる気がしないな」
「いっそのこと、ギルがリーダーになればいい」
ルナの突然の提案に、イナズマは歓喜の声を上げ、また、張本人のギルフェルトは驚愕する。
「お、良いこと言った!それじゃあ、今日からお前がリーダーだ!」
「えぇ!いきなりそんなこと決めちゃって良いの!?」
「ああ、もちろんだ」
「ギルは嫌?」
フード越しでも伝わってくるルナの、上目使いの視線。
イナズマの物だったらまだしも、これには断るわけに行かない。
最も、嫌な気持ちを抱いていなかったのは事実なので、僅かに残る自分への最低評価を加味して、曖昧に応える。
「別に嫌じゃ無いけど……でも」
「フフ……」
「どうしたんです?」
その様子を見ていて、笑いをつい溢してしまった少女は、ギルフェルトに問われた。
「いえ、これがアズベル様の言っていた“仲間“なんだろうなって」
彼女は少し寂しそうにして言う。
それを聞き、ギルフェルトも、アズベルが言い残した言葉を思いだす。
「それって、『同じ志を持つ者』のこと?」
しかし、彼女が聞いていたこととは少し違った。
「いえ、意味は確かに似ていますが、確か、『強い繋がりで結ばれる兄弟みたいなもの』と言っていた気がします」
「強い繋がり、兄弟……」
内容の違いにギルフェルトは思索を浮かべ、黙り込んでしまう。
「またそうやって、全部自分で全て解決しようとするな。いつか、本当にその頭がパンクするぞ?」
そうやって、ギルフェルトの頭を揉む。
「痛いですよ、やめてください」
「これが、イナズマッサージだ!」
そう言うと、今度は拳をギルフェルトのこめかみ部分へ押し当てる。
そんな愉快な光景を見て、少女は言う。
「良い、お仲間ですね。羨ましいです」
「でもこのメンバー、今日集った」
ルナの言葉に、ありえないと言う想いを寄せる。
「うそ……信じられません。こんなに仲がよろしいのに」
「でも、だからこその思いやり。元々、私も1人だったから」
まるで、遠くの過去を見つめる様に語るルナ。
天井を見上げた姿から、一瞬、フードのうちが見える。
その時、素顔を肉眼で捉えた彼女は、少し力のない声で言う。
「あなたはーーそうですか。これから、良い旅になると良いですね」
ーー私にとっても
心の内で、彼女はそう願わずにはいられない。
やがて、皆落ち着くと、イナズマが提案をする。
「じゃ、早いとこ報酬獲得して、飯に行こうぜ。何たって、ギルがお勧めしてくれるらしいぜ。な?リーダー」
「リーダーなんて、気が早いよ。あ、君も。一応言っておくけど、僕のことはギルでいいからね」
皆、そんなギルフェルトの様子に微笑んでいた。
少女もそれに応える様に、皆に己の名を明かす。
「では、私のことはアンジェリーナ。いえ、アンジェと、そうお呼びください」
身内にしか呼ばれることのないその愛称を胸の中で抱き、彼らにそう読んでもらいたいと言う切実な願望を告げる。
そんな意味は勿論伝わらないが、ギルフェルトは快く受け取る。
「分かったよ。よろしく、アンジェ」
「ええ、こちらこそ。リーダー」
その時、微かにアンジェリーナは笑った。
「え?君までそれを言うの?」
「ふふ。冗談ですよ、ギル」
それを聞いて、皆が驚いた様な、呆気に取られた顔をする。
「あれ?皆さんの反応があまり芳しく無い様な……冗談の使い方、私、間違っていましたか?」
その言葉を聞いて初めて、皆が納得した。
周囲とは隔絶している、アンジェリーナの美しい身なり。
冗談の使い方を知らないとなると、余程世離れする様な過保護な環境で育てられたのだろうと解釈する。
ギルフェルトは、優しく笑った。
「いえ、最高の冗談です!」
しかしそこで、とある疑問が浮かび上がる。
(あれ?それじゃ、彼女の父親はどうして、愛娘をアズベルのような冒険者に任せたのだろう。恐らくアンジェは、かなり高貴な身分のはずなのに……)
疑問の答えは浮かばない。
今わかっているのは、それでも、アンジェリーナを1人にはしておけないと言う事だ。