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ブレイキングワールド  作者: キィ
episode1ー始まりの大地
11/19

10ー入り組む私情

 ギルド内入り口、ギルフェルトは2人を見つけると、やはり、そこに居たのだと安堵し、同時に足を急がせる。


「すいません、人混みに足を止められちゃいました」


「いいっていいって。どうせ、ここに来ると言い合ってたんだ。事前に知っていれば、また会える。ほらな?」


 この現実がそれを証明しているとでも言いたげな様子で、イナズマは言う。

 互いに再開したことを喜び合うと、まずはクエストの報酬を受け取りに行く。


 ギルド内、朝よりも人が増えた場所では、巨大な空間も狭く感じる。

 そこにいるメンバーも様々。皆、思い思いの想いを馳せ、様々な装備をしていた。

 そこへギルフェルトが入ると、その存在を知るものは皆、知らん顔して近寄られることを敬遠する。

 しかし、その隣にいる赤仮面、“赫雷(かくらい)”と呼ばれるイナズマの存在に気づき、見る対象を移す。

 周囲の反応は、既にこの町で、ある程度の情報が巡っている証となった。

 皆、噂を聞きつけ、彼を狙っていたんだろう。

 しかし、両脇にいる存在が、彼をスカウトせんとする皆の心を折る。

 その原因がギルフェルトであると知っても、もう1人の存在、ルナの風貌が皆を拒んだ。


 『第一に、杖を持つものを侮るな』


 これは、世界の共通認識。

 たとえルナが小柄な体躯でも、巨大な杖はある程度の威厳を示す。

 それに加え、衣に姿を隠す容姿は不気味さもある。

 それがあってか、一行に誰も話しかけようとするものはいなかった。

 が、当然ギルフェルトだけに気を取られるものも存在した。


「なんでそんな奴といるんだよ!お前、Bランクだろ?」


 ある冒険、己を強者と豪語する者はギルフェルトらの前、正確にはイナズマの元に立ち塞がる。自分の方が仲間に相応しいと、そう訴えるためだった。


「おい!そんな雑魚連れてねぇで俺と仲間になんねぇか?」


 悪意ある視線を有しながら、イナズマの隣に立つギルフェルトを見る。

 ギルフェルトはその視線に晒されることには慣れており、普段と変わらない態度でいる様に見える。

 しかし、その内には仲間に迷惑をかけてしまったと言う、己の存在を卑下する思いを寄せた。


「イナズマ、僕が邪魔な時はいつでも、遠慮なく言って下さい。こう言うのには慣れてますから……」


 澄ました笑顔は悲壮感を際立たせ、ギルフェルトを虚しくさせた。

 しかし、それを見て周囲は小さく笑う。

 当然、イナズマはギルフェルトを切るものだと決めつけた。


「ほら、みろよ!本人もそう言ってるぜ。当然、そんなやつ捨てて俺と来るよな?勿論、隣のローブやろうも一緒で構わねぇぜ。無謀に突っ込んで無駄死にする様な奴なんてそうそういないだろうからな!」


 彼はそう言うとギルフェルトを睨みつけ、その対象が彼であることを定義付ける。

 皆はその意味を即座に理解すると、今度は大きな笑いが起きた。

 常に分不相応の目的に望み、ボロボロの姿でなんの成果も出せず、無意味に帰ってくる彼の姿は皆の記憶に焼き付いてしまっていた。

 よって、誰もその発言に意を返さない。偶然通りかかり、彼を助けたことがある者も、庇おうとする者も僅かに居たが、彼らは全体的には弱者寄りの立場。

 立場を弁えなければ、排斥の対象になりかねない。そう思うと、ほとんどの者は目をつぶっているしかなかった。1人を除いてーー


『ヒィ!』


周囲の冒険者はその人物の容姿を視認して悲鳴を上げた。

その容貌、白くて灰色に髪を染め上げ、怒れる態度を現すような刺々しい癖毛を有している。

白は悪魔の象徴。『灰の悪魔だ!』と皆同様に奇異の目を集め、掃け始める

しかし、そんな対応に慣れているのか、彼は周囲の反応を意に返さない。


「フン」


白髪の少年はギルフェルトを貶した冒険者の近くまで歩み寄った。

 

「全く、情けねぇぜ。そんな理由でしか仲間に引き抜けねぇのかよ」


先ほどから前に立っていた冒険者は、その言葉に一瞬たじろぐ。


「あ、悪魔め。横から口を挟むな!」


その冒険者は、鋭い眼光の白髪の少年に少し震えながらも踏ん張って対抗する。

しかし、それを無視して話し出す。

 

「まぁ、先人切ったお前はクソの中でもまだマシな方だな。自分勝手に笑いやがったそこら周囲の有象無象。お前らの方がよっぽど気持ち悪い。ねぇちゃんから習わなかったか?『強い奴は強い奴をいじめろ』って」


 彼は周囲を見渡し、軽蔑する。

その視線に当てられた周囲は怯える。

この場では、彼が一歩でも前へ出るだけで一際存在の色を放っていた。

 今ではその圧というべきか、白髪を恐れる周囲は、少年を畏怖し、静寂を産んだ。


「沈黙ってこたぁ、ここにいる全員、教えられてこなかったってことか?はぁ……そんじゃ、そんな教えも乞うことができなかったお前らに、一個助言してやろう!」


『?』


「お前ら全員、1から人生やり直せ」


 しかし、それでも変わらないだろうと決めつけると、周囲を再び見下した。

 この場にいる皆は彼にとって、全てがふさわしくなかったのだ。

 唯一、対抗しに出たのは、先ほどと同じ、イナズマの前に出ていた冒険者。

 先人を切った責任と言うわけではないが、己を強者と自負する彼は、恐れる心を押し殺し、言い返した。


「だ、だったら、お前は何しに出てきた?どうせお前も、あんなゴミ同然の存在、”無謀”のギルよりも自分が優れてると、そう思って出てきたんだろう?それとも、あれか?悪魔として扱われる自分とでも重ねて、可哀想だって思ったか?」


「あ”ぁ“?」


 言葉を聞き、白髪の少年は更に威圧的な視線を向ける。

 それには飛び出した冒険者も身をすくめ、僅かに身を引く。


「どアホ。俺が優れているのは当たり前だ。同情でもねぇ…… まったく、根本的な意味すらわかららねぇ様なら、話し合いにすらならねぇな。お前、どっか行けよ」


「な、なに!?」


 向けられた彼は、怒号の勢いで己の表情を怒らせた。

 握りしめる拳の力は一瞬で己の限界点に達する。


「ハハ、いいさ。お前も意味が分かってない様だから、教えてやるよ!」


 その冒険者は感情に身を任せた状態で先に駆け出した。

 基本、街での殺傷行為は禁止されている。それに発展しかねる暴力も然り。

 だが、冒険者という気性の荒い一部が溶け込む世界では、暴力抑制は注意喚起程度の意味しか為さず、その多くは黙認される。

 死者が出てからでは遅いが、仕方のない環境であった。

 この場合、それに該当し、両者は例外なく戦闘に発展する。


 その男は拳の威力を上げるため、大気に発生させた水流を渦と成し、全てを右腕に宿す。

 そして、瞬時に姿勢を低くする事で相手の視界から消え、見つかる前に前へ詰めること全てはで完結し、直撃した。

 よって、致命打となりうるこの一撃で己の勝ちを確信すると笑みをこぼす。 

 だが、結果、己の拳は硬い腹部に触れているだけで、その身体ごと吹き飛ぶことは無かった。


「か、硬い!?」


 男は確かに渾身の一撃を出せた。

 その筈だったのに、どうしてこうなったのか、永遠と自問自答する。

 そして、その異変に気付いた時には、もう遅かった。


「邪魔だ、どけ」


 姿勢低く拳を突き出していた冒険者は頭を掴まれた。

 そして、払い投げで頭を横に払われ、身体ごと真横に飛ぶ。

 その一瞬の出来事に、受けた張本人も、周囲の見物人も理解が遅れてやってきた。

 投げ飛ばされた冒険者は近くにあった椅子に直撃し、それを壊して不時着する。

 全身を痛めながら立ち上がったその男は再び銀髪の少年の元へ向かおうとするが、それはことの発端とも言える存在のイナズマが手を引いて制した。


「そこまでにしときなよ」


「なっ!お前がそれをーー」


 何かを言いかけていたが、それに重ねる様にイナズマが出る。


「俺は元々、ほかの人を仲間にする予定はないから」


「え……」


「だから、無駄な争いで傷つくなよ。強者の高ぶり?っていうのだったら止めはしないけど、お前があいつに勝てるとは、俺は思えない」


 2人は同時に銀髪の少年の方を見る。

 その少年は仁王立ちして、後を追うそぶりすら見せず、ただこちらを凝視していた。


「賢い奴は理解が早いな」


 彼はそう言いながら口元を緩ませ、嘲笑う様に上から見つめていた。


「ま、そういうこった。敗者は潔く、負けを認めろ」


 その発言と同時に、冒険者の男の中で何かが切れた。

 ただ唖然とするその冒険者は、イナズマから掴まれた腕でその手を払い除け、俯きながらギルド内を歩く。

 そうして、出口へ向かう途中、白銀の白髪を持つ少年の近くを通る去り際、呪うように溢す。


「覚えてやがれよ」


 その一連の流れを見と遂げ、イナズマが口を開く。


「たはぁ、俺はまだこの町に来たばかりなのに、来て早々面倒事が多そうだな…… で、お前は俺に何か用なのか?」


「……おまえ、俺が怖くねーの?」


「怖い?確かに皆んなおまえに怯えてるみたいだけど……」


周囲を見て、現実を見定める。

そこには、未だ奇異の目で少年を見る多くの冒険者がいた。


「イナズマさん!ちょっと来てください」


「ん?」


ギルフェルトはあることに気づき、手招きする。

イナズマは近寄ってきた。


「イナズマさん、もしかして、灰の悪魔を知らないんですか?」


「ん?なんだそれ?」


「灰の悪魔は再録記で語られる強い魔人です。読んだことがなくても、聞いたことぐらいありませんか?『その者、白く、灰色に染まった髪をなびかせ、強大な魔力を振るう。その脅威は厄災にも及び、その存在は神ですら恐れる』と。有名なんですよ?」


「知らないな……」


イナズマは今一度、灰の色を冠する少年を見た。

そして、彼を恨むように、憎むように睨む冒険者を見る。

彼らは未だ堪えてこの場を動かない。

それは、まるで小動物が集団を作り、強敵と対峙しているようだ。


「なぁ、ならどうして、みんな逃げない?」


「そもそも、再録記自体がお伽話ですから。それに、魔人は人が住む世界と、別の空間の狭間に生きる魔物。それに対して、彼はどう見ても人です」


「確かに、どう見ても人間だな。でも、それだけか?」


「そうですね…… アザライト教団が最も信仰されるこの世界では、『全てが平等に存在を許される』と言う思想が強いのも、もう一つの理由ですかね。その思想によって、害悪な存在を消すと言う選択を失った人は、恐れる対象を“暴力”ではなく、“忌む”ことで心に壁を作り、守られた気になります。魔人は忌み人として、教団が最も敬遠する対象になりました」


宗教には、お伽話が絡んでいる。

そこから得る教訓が大きいからこそ、人々は更に崇拝した。

周りの反応を見ればわかる。

少年を見る目は、ギルフェルトを敬遠したがる、そんな目と同じだ。


「この思想によって、どんな犯罪者でも、どんな独裁者でも、多くの国では死の制裁は下されません。ただ、嫌われ者は、いつでも孤独なんです……」


「心に壁、か」


イナズマは、ギルフェルトを見る。

そこには、今まで孤独でいたその本人がいた。

彼は弱者として虐げられた。

同じ嫌われ者でも、悪魔をきっと恐れているはず。

しかし、目に映ったのは、皆同様には恐れない、勇ましい姿だった。


「お前は、怖くないのか?」


「最初は怖かったです。でも、彼は僕を庇うようにして現れました。灰の悪魔は確かに未知で、恐ろしい存在に変わりありません。今でもどこか、僕の小さな心は怯えています。それでも、彼は例外で、良い人なのかもしれない。そう、思いたいと決めたから、身体の震えは治りました」


「成る程な」


イナズマは、白髪を有した少年の元へ向かう。

見れば、彼は冒険者に取り囲まれる中、仁王立ちして律儀にイナズマを待っている。


「それで、話は終わったか?」


「ああ。白いナンチャラも、魔人がなんとかってのも、何もかもが初耳だった」


「ハッ!どうりで、さっきから俺を恐れねぇわけだ。お前が世間知らずなら、納得の理由だな」


「そうだな。俺はいつも、世間知らずだ……」


「そんなの、知ったこちゃねぇよ」


灰の少年は、ぶっきらぼうに言い放つ。


「なぁ、今のお前に俺はどう見える?」


「?」


「今の俺は、どう見える!」


少年は、訴えるように、確かめるように、ギルドに響く声を上げる。


「別に。珍しい髪の、普通の冒険者だろ?」


「気に入った!」


少年は、木造の床を強く蹴りる。


「俺はアズベル。お前を仲間にする者だ!」


 アズベルは攻撃の姿勢を見せると、拳を作り、直進した。

 それは、イナズマへ向けられる。

 イナズマは突き出された拳を難なくその手で受け止める。

 すると、その拮抗した様子に、アズベルは口元をにやけさせる。

 己と対等に対峙できる存在に、歓喜していたのだ。

 状況を側から見れば、それはイナズマが単純に手を広げ、攻撃を容易く受けただけに見えた。

 その実力差は明白に思えた。

 しかし、直にそれを受け、感じ取った互いは思う。


「強いな」


「お前も大概だぜ。ゥラァ!」


 アズベルは右拳、左拳で連打、連打。

 対してイナズマも、反撃を加える。

 それは、その場に留まらず、右往左往してギルド内をかける。

 周囲はかつて、悪魔としてアズベルを恐れていた。

 しかし、それは決めつけで、今は普段見る光景、乱闘を、人と繰り広げていた。

 それには、騒ぎ立てることが天職だと言わんばかりの内に流れる血が騒いだ。

 次第に、周囲はイナズマとアズベルに歓声を上げる。


『そこだ!』

『いけ!やっちまえ!』

『俺は悪魔にかける。お前は?』

『俺は赫雷だ!』


ギルドの中央は殴る蹴るの、もはや喧嘩。

しかし、それでも騒ぎあえる。

それが、冒険者という生き物だ。

 そんな中、戦う当事者達は、互いは直接的な交わりを経て、相手の特徴を掴み始めた。

 剛鉄の様に硬く、鉛の様に重いアズベルの殴りに対し、全く衰えず、むしろ力を増し続けるイナズマ。

 未だ、2人の攻防は続いていた。


 周囲はその行末を見守っている。

 第三者から見るそれは両者、実力を出さず、未だ余裕が窺える。

 2人は傷をあまり作らずに戦っていた。

 実力が拮抗しているともいえるが、それは今、どうでもいいだろう。

 本人達は、それでも楽しんでいるのだから。


「お待ちください!」


 ある時、突然、少女が声を上げる。

 その少女は、周囲の冒険者達が着るような不格好な服装ではなく、きちんとした正装姿でいた。

 両手に抱き抱えられた紙の袋は、出来立てのパンの香りが辺りを漂う。

 その存在に気づいたアズベルは、ちらりと視線を寄せる。


「ッチ、めんどくさいのが来やがった」


「よそ見!」


 アズベルは、1人明らかに嫌そうな顔をする。

 そして、再度戦闘に気を向ける。

 しかし、その一瞬にイナズマの殴りがクリティカルヒット。

 綺麗な一発が入った。

 しかし、そのまま踏ん張ると、アズベルも負けじと殴り返す。

 その後、互いに一定のリズムをとりながら、殴りの届かぬ激しい攻防戦を繰り広げると、暫くして同時に身を引き合う。

 そこで、イナズマはまた質問する。


「なぁ、今更なんだが、なんで攻撃するんだ?」


「そりゃ、お前をねじ伏せ、仲間にする為だろ?」


「はぁ?」


「俺は弱い奴には何もしないが、強い奴には興味があるし、手を出していい理由もある。だったら単純。お前を下して、仲間に加える!」


 それには呆れ顔で答える。 


「さっきも言ったんだけどな。俺、他のやつを仲間にする気無いよ」


 しかし、アズベルは怯まなかった。


「それは、“自分より強いやつ”でもか?」


「なに?」


「お前は、俺より強いか?」


「そりゃ、勿論ーー」


 直後、アズベルは、その頭部にある髪を揺らしながら、更なる猛攻を加えに駆け出す。

 今まで通り、殴る蹴るはお構いなしに、できる範囲での打撃、鷲掴み、全て使った。

 それに対してイナズマ。突然スピードを上げたアズベルに一瞬の虚をつかれ、今度は余裕無しか、全てを両手でいなし、又は避けなが全てをかわす。その様子には焦りすらあった。

 それでも、ある程度はうまく避け、流しながら徐々に崩れた体勢を整える。

 だが、受け身だけの行動。そういつまでもは続かない。


 アズベルが咄嗟に、近くの椅子を投げるとその対応をした直後、イナズマはその腕を掴まれ、遠くへと思いっきり投げられた。

 それは見ただけでは軽く投げている様で、しかし、実際には凄まじいパワーを秘めていた。

 吹き飛んだイナズマは抗うこともできず、椅子に直撃して床へ崩れる。

 その時、また少女が声を上げた。


「お待ちください!どうしてアズベル様は、誰彼構わずに喧嘩をするんですか?」


 それは必死の訴えに聞こえた。

 どうやら、向けられているのはアズベルらしい。悲壮の訴えが彼を抑えようとした。

 だが、彼には届かない。


「うるせぇな。いったろ?戦闘は“遊び”じゃ無い。互いを分かり合う”やり取り“だ。そもそも、そんな格好でここにくーー」


 言いかける途中、注意の逸れたアズベルの頬へ、横から衝撃が走る。

 ふと横を見ると、イナズマが反撃しに迫っていた。


「よそ見2度目」


 しかし、立ち直して再び蹴り返し、戦闘を再開する。

 戦いの収まらない様子を見ていた冒険者の男らは、声をかけた少女に向かっていう。


「おいおいじょーちゃん。そんな可愛らしい声で、あんな奴らが止まると思うか?」


 その男は腕を組み、壁に背もたれながら呟く。


「そうだぜ。あんな野蛮な奴らに、枝の様に細く、透き通る様な肌を持つ、そんな弱そうな少女の声なんざとどかねぇぜぇ」


「しかもその身成り。高貴に着飾っちゃって。本来、こんな場所にいる様な存在じゃねぇだろ?もしかして、俺らとでも遊ぶ気か?」


 下劣な妄企てを隠す気もない者らは、卑しい視線を直接向け、ジワジワと迫り寄ろうとする。


「良い子は、マンマの胸でチュッチュしてな!」


 そして、最後は呆れた様に、馬鹿にする様に物を言う者。

 それを聞いて皆は爆笑する。


『ガハハハ!』


最後、アズベルには腰が引けていた1人の冒険者が、威厳を醸し出して言う。


「お前、俺らをばかにしにきたのか?」


「違うぜ。きっと、俺らに遊ばれにきたんだ!」


『ガハハハ!』


「そ、そんなことは……」


 ドッと笑いが起これば、それら全てが少女にとっての精神的追いつめとして働いた。

 言い返そうと手に力を入れ、自然と袋を抱きしめる。

 そうして踏ん張ろうとするその少女は何かを言いかけるが、何も言い返せない。

 実際、言われた通りの結果だったからだ。

 自分の身なりがいけないのか?己の性としての細い腕がいけないのか?と、責めずにはいられない。

 そうして弱っている彼女。

 その様子に配慮などはなく、隙に漬け込もうと、一部の冒険者がジワジワ詰め寄った。

 全てを必然的に受け入れなければならない自分に嫌気がさせば、それら全てに抱いていた恐怖は無力感へと変わる。

 全ては己の過ちだったのだと。


 そんな様子を、少女の言葉を無視し続けたアズベルが戦闘中に横目で見ていた。

 それに気づいたイナズマは、拳を交えながら声をかける。


「いいのか?さっきからよそ見して見てるあの子。お前の知り合いだろ?それとも、お前にはとっては、この戦闘より意味が無い存在なのか?」


「そんなこたぁお前に関係ねぇだろ!そもそもこれはあいつの勝手さが招いた結果だ。元々、あんな身成りでのここへの立ち入りは止めていた」


「そうだとしてもだ。さっきは、ギルフェルトを笑った奴らに対してあんなに言ったのに、お前はあの子を笑った奴らを許せるのか?」


「ッ!」


 イナズマの声を最後に、両者は立ち止まり、攻撃をやめた。

 その様子には、戦いの決着を楽しみにしていた周囲が『なんだ?なんだ?もう終わりかよ』と言うような言葉が飛び交う。


「別に、あいつを特別扱いしてるわけじゃない。俺がなにもしない理由なら他にある」


 イナズマはふと少女へ目やる。


「でも、あれはさすがに危険、だよな。だったら俺が止めにーー」


 イナズマは代わりに自分が動き出そうと提言し、前に出ようとする。

 が、それより先に、アズベルが動いた。


「おい、今さっきそこのどアホを笑ったやつは出てこい。ソイツらもまとめて捻じ伏せてやる」


『ヒィ!』


 アズベルは本来起こす気の無かった行動を他人に指示され、それに従わなければならない現実に、腹を立てた。

 そもそも、ことを招いたのは彼女の失態であり、アズベルの言葉に耳を足ておけば、こんな事態にはならなかった。

 故にその言い方はぶっきらぼうで、何の配慮もなかった。あるのは、憤った怒りのみ。

 周囲はその声に怒りが宿るのを感じ、身を後方に退ける。

 それだけ、アズベルの声は重い。

 皆、忘れかけていた現実を再認識する。


『あ、悪魔だ!悪魔が俺たちを襲いにきた!』


 どうやら彼らは、最初の冒険者ほど勇敢ではないらしい。

 恐怖の象徴が近寄ると、一斉に逃げ出した。

 その横で、ただ俯くだけでいた少女は、近づいたその声の主を見上げる。

 しかし、己の起こした不始末を、結果的に任せてしまったことで、その無責任さから声が小さくなる


「あの、ありがとうございます……」


 少女は俯きながら下を見れば、そこに強く抱きしめたパンの入った袋があることに今更気づく。

 すると、それを差し出そうとした。


「あ、あの!これ、今日のお礼です。良ければ受け取って下さい」


 そうしてかけられた言葉に対しアズベルはそっぽを向きながら、遮って言う。


「そんなのいらねぇ」


「……」


 ギルド内はアズベルが圧を以って支配していた為、無言が生み出す静寂はより大きな空間を生んだ。

 そんな中で言葉を発する。


「お前。何様のつもりだ?俺は、お前をここまで連れてきただけで、何の関係もねぇ、ただの他人。そんなもん抱き抱えて戻ってきたのも俺への礼か?笑わせるな。俺が一緒にいたのも、ただ特別依頼で頼まれたからにすぎねぇ」


「でも、あなたは私に冒険者を、外の世界についての色々をーー」


「それも全てお嬢……テメェのオヤジさんへの忠義からだ。ここまで安全に連れてくるって言う依頼は終えた。そっから先は聞いてねぇから、俺にはもうついてくるな。帰りは勝手に、テメェの足で帰れ」


「……」


 言い返すことなく、会話はここに完結してしまった。

 しかし、結果的にアズベルは戦意を完全に失ってしまた。

 行動力となりうる源力は、別の部分に熱がいってしまったのだ。

 周囲にいる者も、静寂の中、アズベルの言を聞いて、何故少女を離す必要があるのかと、思う。

 そして、皆が、彼は悪魔だったと言うことを再認識し、再び軽蔑の目でみていた。

 そんな場を体感し、尚更全てがどうでも良くなった


「っは、場が白けちまった。ったく、こうもやりにくいと、調子狂うぜ」


 後頭部をその手でかくと、不本意ながら自分でギルドを出ることを決める。

 出口へ向かおうと動き出す初めの一瞬、袋を弱く抱きしめる少女の横を通った。

 互いに目が合うが、アズベルは気にする素振りすら見せず、通り過ぎる。

 その先に立っていた冒険者達は、その存在から逃げる様に掃け動き、アズベルの通る道を作った。

  出口から外へ出て、通りへ入る寸前、後ろからギルフェルトが駆け出してきて、声で引き止める。


「あの!」


「‘あ’ぁ‘?」


 不機嫌そうな声を出し、顔を歪めて振り向くと、その存在が初めに庇った少年だと気づき、アズベルは足を止める。


「さっきは、助けてくれてありがとうございます!」


「そんなことか。謝らなくていい。あれは、どアホ共が悪いんだ。別に、お前を助けたつもりはない」


 そう言い残すと、再び歩き出そうとした。しかし、ギルフェルトは言葉を続けた。


「だったらせめて、あの子には感謝されてください!あんなに突き放すようなことしなくても別にーー」


「どアホ。俺は強者にしか興味がねぇんだよ。弱者をいじめるのは許さねぇが、それは強者の理不尽な特権を無くすためにすぎねぇ」


 そうしてギルフェルトを一瞥すると踵を返しながら、失望するように言う。


「お前も俺を恐れねぇのか。でも、あんまり賢かねぇのな」


 また、彼は歩き出す。

 しかし、ギルフェルトは再度引き止めようと奮迅する。


「彼女は仲間じゃなかったんですか?本当にそれでいいんですか!?」


 もう2度と止まらぬ背中目掛けて、ギルフェルトは声をかける。

 そこから帰ってきたのは、言葉だけ。


「仲間ってのは、同じ志を持つもんだろ?その賢かねぇ頭でボサっとしてっと、お前んとこの赤仮面。俺がすぐにいただくぜ」


 アズベルはギルフェルトへ手を振りながらそう言い残すと、混雑する町並みに消えた。

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