9ー流れる事象
クエストを終え、町を歩いていたギルフェルトら。
相変わらず周囲は人が増え続け、それでも互いを見失わずに歩いていた。
「相変わらず、混んでるな」
人混みをかき分けながら進むイナズマへ、ギルフェルトは逸れぬよう付き従いながら後ろで声を発する。
「ですね」
ギルフェルトはイナズマに比べて、少なくとも喜んでいるように見えた。
何故なら、この町が発展しているのが嬉しいから。
長年住んでいた記憶でも、ここ最近が1番賑やかであり、それだけで自分まで嬉しくなるのだ。
住み慣れる事で、故郷の様にすら感じている。
3者は道を歩きながら会話する。
「ギルドに向かった後、どうする?ご飯?」
ルナは、2人へ今後の動向を聞く。
「そうだな、飯にするか」
「それなら、僕がいい場所知っていますよ」
イナズマがルナに賛同すると、ギルフェルトが提案する。
ギルフェルトはその店が2人を満足させる自信があるため、その声には力強さが宿る。
「おぉ、それなら、ギルに任せるとするか」
「うん」
2人の同意を得る事で、少し先まで予定は確定した。後は、この人混みを抜ければいい。
しかし、そこで人声が町中に走る。
「号外!号外!」
その声に意識が向き、発生源らしき場へと目をやると、少し先で高台が建ち、その上から人が紙をばら撒いている。
そこでハッとした時、事態は既に遅く、ギルフェルトだけ人混みに分断された。
ルナより身長のあるイナズマはギルフェルトの存在を見つけるとすぐに声をかける。
「ギルフェルト!」
「先へ行っていて下さい!すぐに追いつきます!」
その声は人混みにかき消され、ただ1人で町中に消えた。
****
城下では、その噂を聞きつけ、次々に人が集まる。
それは、情報が張り出される掲示板の前然り、その情報を記した紙を撒く者の周り然り。
昼時の時間帯と、誕生祭の準備も重なって、大混雑を起こしていた。
「すいません、どいて下さい」
今、人混みの中で仲間を見失ったギルフェルトは、共通の目的地、ギルドに向かって歩いていた。
ギルフェルトはその人混みの中を通ろうとするも、なかなかに抜け出せない。
と、そこで、ある存在に会う。
「エバル!」
見覚えのあるその男。かつての仲間。人混みに飲まれる中、紙を手に取り眺めるエバルを見つけ、そこへ迫る。
すると、彼もすぐにこちらの存在に気づいた様だ。
「お、ギルか」
2人は落ち合うと、話をする。
「全く、困ったもんだぜ。祭り前に加え、こんな急報が入るなんて」
ギルフェルトは何も状況を知らず、首を傾けた。
「急報?」
辺りを見渡せば、大混雑。確かに、祭り前と言うだけでは説明がつかなそうだ。
その原因を知るエバルは、手元の紙へ視線を移し、まるで1人ごとのように呟く。
「あぁ。まさか、こんな事が起きただなんて。一体、どうなってるんだか」
それを聞くと同時に、高台から舞降った一枚の紙。
ギルフェルトも紙を手に取ると、主に上部に記載された内容を読み上げる。
「急報。第一王子、アイオニス・ルズートの失踪!?」
それは、王子が失踪したことを記した紙。
アイオニス王子はすぐに王位を継承する儀式が迫っている、国にとって大切な存在。
次期に王となる者がいなくなっては、民が騒ぐ。
「これじゃ、誕生祭と同時に行う、王の継承式はどうなるんだい?」
ギルフェルトは、エバルへと問う。
「わからねぇが、このままじゃ、後継の候補はシェリー王女ただ1人のみ。王直近の親族しか認めないこの国では、男系で続いた王家が滅ぶぞ」
男系は、歴代続いて男から男へ血を継いでいること。それは、歴史的意味を持つ。
王家の血を引く者は他にも存在するが、この国ではそれを王にあげることは認めていない。
それ故に、王位継承の話で揉める事は少なかったが、それは今になって帰ってくる。
そこまでの国の存亡がかかっているのかと、ギルフェルトは今一度紙を見た。
手元にあるそれには、他にも、こんな事が記された。
「外見は目立つ金髪で、その手には紫の魔石を取り付けた魔法杖を有する。発見者には……聖金貨10枚!死体でも1枚だなんて」
「あぁ。それだけ急いでいるんだ。きっと、今後の対応を早く決めたいんだろうさ」
それは、報酬が証明していた。その期限は残り3日とあるが、期限を超えても発見次第では最高半額とある。
いかに重大な事態か、巨額の報酬が証明していた。
「ところで、調子はどうだ?“赫雷”を見つけられたか?」
エバルは今朝を思い出す。あれから、状況はいかにと。
それに対して、柔らかな表情でギルフェルトは言う。
「うん。見つけられたよ。既に一度、森には行ってきた」
「おぉ!遂にやったなぁ!これで、一気に複数人パーティだ!」
まるで、自分のことの様にはしゃぐエバルを前に、ギルフェルトは苦笑した。
「今まで、心配かけてごめん」
「いいってことよ」
今までを申し訳なさそうにするギルフェルトの背に2度、手で叩くと、晴れた顔でエバルは笑った。
彼もギルフェルトを心配した1人。今、その苦労が解かれる様に彼を元気付けた。
そこで、ギルフェルトはハッとした。今は新たな仲間を待たせている。
エバルとの会話を続けたい気持ちはあるが、それを抑え、向かうべき場所へと動き出す。
「それじゃ、僕は先を急ぐね」
「あぁ、しっかりやれよ。相棒!」
相棒。それは、エバルがかつてのギルフェルトを呼ぶときに使った呼び名。
その再来に、目を光らせた。
人混みで分断される寸前、ギルフェルトは言い忘れていたことを言う。
「あ、そうそう。もう1人仲間ができたよ。仲間はルナ!あの、紫のローブのーー」
その言葉は、最後まで続かなかった。人に流され、2人は分断される。
しかし、伝えたかった内容は、相手に伝わっていた筈だ。
伝えられたエバルは、聞き間違いの可能性もあると疑いながらも、確かに聞いたその名を復唱した。
「今、確かにルナって……そうか、あいつらーー」
運命とは、実に気まぐれだ。
過去では、今まで自分らに過酷な試練を、ただ一方的に突きつけてきた。
それを理由に夢を諦めたのがエバル自身だが、ギルフェルトは違った。
今もこうして、直進する。
そして、どうだろうか。運命も遂に、彼に味方し始めた。
エバルの最も嫌いな言葉。それは、運命。
かつては裏切られ、激怒した。憤慨
実力は当時の自分たちより低く、それでも上手くやって進む他者を見ると、尚更、運命の評価を下げる。
それは、情報屋としての生き方を選んだ今でも、払拭しきれなかった。
日頃の癖は、目に映る光景から知り得る他者の環境を羨み、それでも彼らをサポートする。そんな日常。
そこだけ取れば捻くれているが、その本意は、自分たちの様に悔やむ冒険者達を減らすために他ならない。
だから今日、運命の認識を改める。
「まったく。運命って奴は、気まぐれだな」
最低評価から、ただの不確定要素へと認識を変える。
運命は、固定していい概念ではなかった。そう思い、また笑う。
すると、そんな不確定に振り回された今までの自分がバカに思えてきた。
天を仰ぎ、誰かへと語る。
「なぁ、見てるか。俺たちは今、確実な一歩を進んでるぜ。ーーベルナート」
人が交差する町中。1人、救われた男がいた。
****
ビギノア王国では、女王が100年に一度、大事な責を担う。
その所以は、かつての幻想の勇者が使ったとされる宝剣、『ゼブレ・ルクシア』を生誕祭当日に民の下に晒すという、かつての女神の様に、女性が人界へ剣を託す儀式的な意味を持つ。
しかし、それは100年に一度の出来事。基本は男の王が国を統治し、それを見守っている。
この様に、男と女、互いに重大責務を分担する事で、この国は成り立っていた。
女性には王位継承権が存在せず、基本は男を後継に立てる。
例外は、500年一切無し。故に、国唯一の、第一王子の失踪は、町中で噂される。
そして、当然、その親族が住う王城内では、血族が嘆き悲しんでいた。
「そんな……お兄様が」
1人の少女は、手入れしていた花の花瓶を床に撒き散らし、膝から崩れ落ちる。
その少女の名は、シェリー・ルズート。
ビギノア王国の名の由来は、初代国王ビギノア・ルズート。
基本は家名をとって名付けるのが流行していたかつての世の中、この国は珍しく、人名が国を建てていた。
だが、受け継ぐ血は皆同じ。その身体には、黄金の色を宿している。
窓から差し込む光に金髪を輝かせながら、その輝きに等しい涙を王女は溢す。
「姫!お気を確かに!」
傍付きとして長年支えていた老婆、マランは、泣き崩れる王女の元に近寄った。
同時に、彼女は思う。『だから、伝えたくはなかった』と。
この国では、たった2人の子しか生すに至らなかった王からの命令、『娘にも伝えよ』。
その意味が、彼女にはとてつもなく重みに感じた。
何故なら、かつて、一度も女系を為さなかったこの国の体制が、今に崩れようとしていたから。
直系の血でなくとも、枝分かれした王の血を持つ親戚に託せば、これは解決する問題。
だが、それは長い歴史が許さない。偶然的か必然的か、培ってきた美しい国の経過も、今では1人の少女の重荷にしかなり得ない。
この現状は、現在、マランが抱き抱えるか弱い少女、シェリーにその全て注がれる。
もちろん、それは、失踪した兄、アイオニスが死したときの話。
現実を断定するには早計で、ただ単にここから飛び出しただけならいいが、あの王子がそんな衝動的な行動に出るとは思えなかった。
また、普段から外出を行なっていた王子のことを考えれば尚のこと、今回は帰りが遅いだけかもしれないと、揺らぐ自身の心も支える。
そうして、同じ様にシェリーを落ち着かせる。
「落ち着いて下さい、姫。アイオニス様は昨日狩りに出かけるとおっしゃって、2名のそば付を連れておりました。変装もしっかりと。ですから、きっと、襲われてはいないはず」
「そんなの分かってるわ!あの強いお兄様が負けるはずがない。でも、もしもの事があってわ……」
そう、あの兄は、この城に仕える偉大な宮廷魔道士、メイザスの修行を受けている。
“紫の幻影”と、あの堅物である元王、シェリーの父に言わしめたその実力は本物。
僅かにでも継いでいるなら、心配は無いと叫んだ。それでも、もしもの事態が無いわけではない。
シェリーは最悪の事態を想像して、嘆く。
「落ち着きなさいシェリー。私はいつまでもここにおります」
マランはそう言い、より強く抱きしめる。
目の前の少女は暫く、その腕の中に包まれていた。
「マラン……」
「落ち着きましたか?姫」
「ええ、助かったわ。ありがとう」
シェリーの様子は落ち着いて見て取れる。さっきの取り乱し方と比べ、今は冷静な様だ。
泣いた跡が残る腫れたその目には、青く、聡明な瞳を取り戻して口を動かす。
「分かっているわ。今すべきことはたくさんある。それに、まだ、お兄様が生きている可能性も……」
勇者の誕生祭まで、残り2日。
その日は、大役を預かっている。母は病弱で、シェリーは幼い頃に失った。
だから、王女であり、女王であるシェリーは、宝剣を運ぶ。
そして、今回は特別に、王の継承式も行う予定だった。
理想は、シェリーが宝剣を運び、それを受け取るアイオニス。
王の継承式も、かつての史実を再現する様に、勇者を模して行うため、生誕祭の儀式と、継承の儀式。その両方を行う予定でいた。
だから、王を失っても、式を行う意味は、半分既存のまま。
民を喜ばせる大事な行事を、潰すわけにはいかない。
「そうと分かれば、今すぐに行動しなくては」
そう言って、弱った心を鼓舞し、フラフラと身体をよろつかせながら立ち上がる。
その衰弱しきった様子は目に見えて、マランは心配の声をかける。
「姫、お気持ちは分かりますが、ご自分のお身体もお大事に。元々、あなた様のお身体はそう長くはーー」
「ええ、分かっているわ。私が倒れてわ、今度こそ、何も始まらないもの」
そう言うと、床に落ちた花瓶の破片を眺める。
「お兄様、どうか、ご無事で……」
そう願い、指を組んで祈るシェリーの指には、黄金の指輪が宿っていた。