つまりは世間に旋風を巻き起こすって訳
観客席に座る大勢の人々。それらは、それなりに名声を得ている凄腕のオーナーだったりしている訳だが、その中でも異彩を放っているのが最前列で、他の席とは物理的に距離が空いている3名である。
1人は外国、隣国に位置する国を代表するファッションブランド、『ラ・ブティーン』のオーナーであるキラ・キキ。フェレットを首に巻いているのかな? と思ってしまうようなもふもふをエリマキトカゲかのようにしている金髪褐色美女だ。アクよりも身長が高く、スタイルも抜群である。
過去に、自身もモデルとして活躍していた時期があり、魅せる側も見られる側の心も分かる実力派な彼女だ。
1人は国家事業の金銭面の三割を個人負担している程の奇人であり、国一番の大富豪、ローシャ・ペルティナだ。刈り上げられた側頭部には切り傷が多数見受けられ、その顔面にも多くの切り傷が見える。過去に何度も起きた大戦を生き延びた戦場を練り歩く武器商人であり、個人で力と権力、そして金を多分に有している人物だ。顔が怖いが綺麗な奥さんと可愛い娘がいる。好きなものはハンバーグ。
最後の1人はこの国で多数の事業に力を入れ、最近では学園を作った生きる伝説であるフェリア・ノン。彼女が伝説たる所以はその姿が物語り、奇抜な魔女っ子スタイルなのが原因である。アクと出会ったあの魔女は関係はそこまでない。巷では100歳を超えているんじゃないか? とまで言われている程昔からいる人物であるが、その容姿は衰える事なく、17歳程の若さを持っている。
そんな異様な空気感を、異様たらしめる3人の視線は今、同じ場所を向いている。
モルリ商会の新商品、聞くものが聞けば分かる、新商品の響き。それは単なる新作発表の言葉ではない。何か別の、別種の何かを感じる。それが故にこんな異質な3人が集まったのだ。
彼ら、彼女らの間には言葉はなかった。ただ、ここまでして待たせるには何があるのか。ただそれだけを待っている。
時間にして数分後か。
見覚えのあるライトアップがカーテンの上から浴びせられ、ゆっくりと幕が開いた。瞬間、目に入ってきたのは飛び切りの、そして圧倒的な美と、生物の根本を司るエロスだった。
一眼見ればそれは下着である。ランジェリーである。そして勝負下着的な考え方もできる。下品、とは言えないが、自身の大事な部分を守る為の肌着は本来、高貴で、高潔で、純白で、清くないといけないのだ。それは恥部を守る服の役目なのだから。
だがそれは、視界を徐々に上げた、モデルの、彼女の表情を見ればその意見は一切の意見を真逆に変えてしまう。その表情は、様々な捉え方があるが、一貫して3人が、そして、多数の観客が思ったのは
「『私を見て』」
との過剰に溢れた自意識と、満ち溢れた自己肯定感だった。
その瞬間、浮かんでいた本来の下着の常識は消え去り、残ったのは冷静な『ラ・ブティーン』としてのオーナーとしてのキラ・キキと、3権を有している富豪のローシャ・ペルティナ、そして生きる伝説としてのフェリア・ノンだった。
彼女らは思考を回す。
「(そうだね、生地としては・・・光の反射的には化学繊維っぽいけど、呼吸する度に色を返す様は人工的では無い、自然物を思わせる。という事は東部にしか生息してないって言う極彩ペンギンの素材かな? 輸送方法が確立されたんだねぇ・・・まぁ、それも驚きだけど、一番は)」
「(ふむ。振る舞いは、素人だな。無防備な姿勢、視線。見られる事には慣れてないと見える。だが・・・偶然か。何度か彼女と目が合う気がする。いや、これは偶然ではない、のか。・・・見られる事には慣れていないが、魅せる事には慣れている、だな。・・・それにしても)」
「(・・・うん、彼女が欲しいわ)」
服を見て、仕草を見て、将来を見る。三者三様な思考であったが、意見は一致である。
「「「美しすぎる」」」
と。
彫刻のようなキレのある造形に、だがその中にも生き物としての柔らかさ、そして暖かさを感じる顔のパーツ。狙ったとしか思えない妖艶な雰囲気に、その中に微かに感じる手を出してはいけないと思ってしまうナイフのような鋭さ。
時代が時代じゃなかったら、彼女1人追い求めて国を捨て、財産を捨て、何もかもを捨てても欲しいと、行動するものは少なく無いだろう、とそう思ってしまう程に魅力を詰め込んだ、水風船のような人間だった。
「・・・あの人は凄い子を見つけたのねぇ」
「凄いで済ましちゃいけない範疇だがな」
「彼女が欲しいわ」
彼女と彼が同じ発想になり、理性で止めている中、その隣で本能丸出しの言葉を吐いた、長老な彼女をギョッとして見る。数秒はその視線に気付かず、異様な空気が流れたのだが、ようやく見られていると気づいたようでフェリアは開き直る。
「何よ。欲しいものを欲しいと言って何が悪いのよ。いや、そうよね? ふーん、分かるわ。貴方達も彼女が欲しいのよね? でも、自分が彼女に出せる魅力が無い。だから指を加えて、頭の中で妄想するしかない。ええ、理解できるわ。でも、理解出来るだけよ。だって、もう彼女は私のものなんだから」
と、言い終わる頃にはゼェゼェ、と息を切らしているフェリア。
「そうですねぇ」
「そうだな」
相手にしていない2人。そもそも、この舞台に出てくる人間が、フェリアに魅力を感じるはずがないと確信しているが故の、大人としての対応である。これが、この舞台ではなかったら、速攻にフェリアの文言にブチギレてキャットファイト開幕しているだろう。
だがしかし、そこんところが分かるのはアクの判断であるので、そうなるのかは謎であるが。
と、そんな感じで、初めての舞台であるのに伝説を残し、後世に語り継がれる伝説のモデルになった・・・と、思いきや、現実はそこまで上手くはいかない訳である。
翌日。
眠たい目を擦りながら、朝食をモシャモシャと食べていると、半笑いで、分かっていたかのような、したり顔で話しかけてきたモルリ。
朝からご苦労様です。だが。
「え、俺を起用したいって人が殺到して外に出歩けない? んなまさかぁ」
んな訳あるかいな。確かに俺は世界一の美少女としての自覚はあるが、そこまで影響力を持っているとまでは自意識過剰じゃねぇ。数人は押しかけはあるかもしれないが、出歩けないは流石に盛りすぎだろ。この朝食みたいに。座布団じゃあるまいし、目玉焼きは積み上げれば良いってもんじゃないんだぜ?
半信半疑で、よいしょするには過剰すぎるだろって事で商店の、磨りガラスが張っている正面口の扉を開ける。めずらしくロックがかかってるなぁ、と思いながら開けると、人人人。魑魅魍魎とはこんな状況のことを言うのかぁ、と妙に俯瞰しながら、人の流れに引き込まれ、揉みくちゃにされる。
救助されたのは人の波で溺れて十分弱後の頃だった。
危ない、今の服装が女騎士スタイルじゃなかったら怪我必須であった。ドラゴンだけど。鱗出せるけど。まぁ、乙女だもの。




