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女の俺は世界で一番エロ可愛い  作者: 椎木唯
第一章 力で商人のヒモになりたい
23/28

結局の所、床が一番強い

 いきなり上がった土埃に観客は疑問符で一杯だった。

 中にはコロッセオの観客歴10年近い人物もいたがそんな人でさえこんな演出は見たことがないのだ。と言う事はなんらかの異常事態か。徐々にその不安は広まっていった。

 なんて言ったって結構な衝撃音の後の土埃である。その後の直下染みた突風は圧倒的な異常事態でしかなかった。


 逃げるか、否か。そんな判断で右往左往していたのは観客だけではなかった。




「オーナー! こ、これはこれは一体どう言う…確かこの試合は『蛮人オーロバイヤvs聖騎士ゲイーリア』だった筈ですが…。えっと、これは…」


 観客席、凡そ百席ほどの空間に作られた四角形の関係者専用観覧席にはオーナーである『ケイン・ジェエリン』と、今回の試合の責任者である『ホルイ』の二名が居た。百席の空間に2人である。圧倒的な空間の無駄遣いであるがそれは今回の試合内容のせいである。

 そもそも、コロッセオは民衆のストレス軽減の娯楽である。その裏に金持ちや王家の陰謀がどーたらこーたら入っているが基本は娯楽である。だから身元不明なゴロツキでも圧倒的な政治的重要人物であろうと参加できる。そこに法はない。

 基本的に見にくる客は一定数いるが今回の戦いは無名中の無名。言わば若葉である。新人を発掘して育てて行こう、と考える富裕層の方々は王家主催の公式の戦いにしか出向かない。だって才能ある人がいないのだもの。例えるなら砂漠に別の砂漠から取った砂を混ぜて探しだせ、と言うのと同じである。それは少々言い過ぎだが、そのように才能のある人材を探すのには労力も、時間も余っていないと難しい。


 そんな理由で関係者席には2人しかいないのだがそんな中、ホルイは圧巻のテンパリ様だった。だって責任者だもの。この一試合でかかったお金は約分すれば億を超えるだろう多分。失敗の二文字はありえないのだ。ありえたら一家総出の内臓売買でも元の取り用がない。

 そんな背景があればテンパってしまうのも仕方がない。


 一方、オーナーのケインの心は落ち着いてた。流石コロッセオのオーナーと言えよう。


「(…恐らく返金殺到で従業員総出だな。今日も寝れそうにないな…。ま、人件費は1人分なくなるから…そこの部分だけは良い点として見ようかな)」


 ナチュラルに切り捨てるあたり流石コロッセオのオーナーである。


 視線は晴れてきた闘技スペースの中心を向いている。失敗である事は確定である。これがなんらかの異常気象で…とかでも本来出場する予定だった2人の闘犬が怖すぎる。殺処分しか選択肢がないので後処理が大変だ、と考えながらである。

 見た目はいかにもな肉厚で筋肉質なおっさんであるが内心は結構ユーモラスなほんわかおっさんである。失敗は失敗で楽しもう。と、プラス面に考えているおっさんであった。


 さて、見えるものはなんなのだろうか。

 少ない娯楽を楽しもうと予測を立てながらケインは眺める。徐々に開けていく砂埃の中。どうやら参入者は待つことができなかったのか中心部から逆向きの突風が吹いた。砂埃が一瞬で消え、見えたのは1人のボロボロのスーツ姿の女性と、妙に見覚えのある剣士の姿だった。


「確かあれは…『必殺剣のヴェイル』だったか。…だが、片方の女は…?」


 齢47であるが未だに視力が2弱ある健康視力で見つめるが対峙する女には一つとして思い当たる部分がなかった。


「…え、すげ、えぇ…へぇ、こ、こんな美女っているんですね…」


「おい、貸せっ!」


 太々しくのぞいていたホルイの双眼鏡を取り、覗く。


「(女…確かに整い過ぎるくらいに整った美人だな。いや、しかしボロボロのスーツ姿で。手に持っているのは…魔導書か? って事は触媒? 魔術師か。いや、本当に知らないな…)」


 横顔ではあるが、それだけでも判断できる目立つ容姿である。街で見かけたのなら記憶に残る筈だし、噂にもなっている筈だろう。そんな美貌を持っているのだ。

 そして、一番気になるのはコロッセオで人気闘士であったヴェイルと対峙している点である。


 凡そ2年前に大手の商会から護衛として採用された、と話を聞き引退したのは通であるコロッセオの観客の

記憶にはまだ新しい。明確に映像が頭の中に出てくるほど印象的なのだ。それほど闘士であったヴェイルの人気っぷり、戦いっぷりは他の闘士とは一線を引いたものがあった。


 視界が開けた事でヴェイルの姿を目にした観客は様々な反応を見せる。そのどれもが好意的で、肯定的だった。いつの間にかこの出来事は事故ではなく、イベントとして見られるようになった。それはケインもホルイも同じだった。完全に考える脳を手放していた。












ーーーー突風ですーーーーー









 流石に隠れすぎじゃね? そう考えた結果の『上部への突風』である。

 それっぽい感じに手を上にクイッ、と向ける。その瞬間視界が開けた。気になっていたヴェイルの姿はーー生憎の健康体そのものだった。

 一方のヴェイルも先程の攻防の中で薄々と感じていた手応えの無さを目で見る事で実感し、少しの溜息を付く。だが、その一瞬の隙も許さずに観客席に座っていた有象無象の雄叫びがBGMとして鳴り響く。まるで獣のようだ。本能のままに叫び、気持ちの良いように吠える。

 そんな音を流す。最初に動いたのはアクの方だった。


「『拘束』『結構キツめ』」


 2つの意味を込め、魔力を込めた文言を綴る。

 意思に沿うようにアクの足元から黒々とした鎖が2本、4本、6本。と、最終的には10本に増えヴェイルを拘束しようと向かってくる。

 ジャリジャリと、金属同士が擦り合う音を響かせながら向かってくる黒い鎖を前に表情を変えないヴェイル。ぎこちない左手を添え、両手で剣を掴む。


「ど、セッッッッッッイ!!!!!」


 そして向かってきたタイミングが不揃いな鎖を一回の振り下ろしで全て壊す。壊した衝撃波で地面が少し抉れてしまったがそんな事を気にする人物はこの場には立っていない。

 ヴェイルの一刀両断に驚いた表情を見せるがその後に綴る言葉は既に練っていた。


「『業火』『沢山』『拡散』」


 クソ熱い火を沢山、拡散させる。

 その言葉通りに現象を起こそうとアクの背後から無数の魔法陣が現れる。その全てが真っ赤に、その魔法陣自体が熱を持つように染まっていた。

 瞬間、音とも言えない衝撃波が爆発した。金属すらも簡単に溶かしてしまいそうな熱が数を見せずに襲ってくるのだ。ヴェイルの表情は変わった。


「オイオイ…まじでヤベェな。でも…まあ、なんとかなるだろ」


 赤黒い両手に鞭を打つようにまた、剣を握る。腰を沈め、抜刀のような形を取る。準備の時間は作れない。作る時間は取らせてくれない。発動したと同時に目の前まで熱波が迫ってきているのだ。未来予知を余儀なくされる。

 一波を剣で凪ぎる。剣先が溶けた。だが、切れた。


 二波を柄でエグる。指先が焦げたがまだ感覚はある。


 三波は限界を超える。答えるようにヴェイルの愛剣が応える。

 確か、知り合いの鍛冶屋に無理言って一週間監禁して作らせたものだ。そんな過去の思い出がふと、ヴェイルの脳裏に映る。煌めくように輝きが刀身に宿り、熱波を消滅させる。


 だが、まだまだ熱は終わらない。魔法使いの攻撃は発動だけで終わりじゃないのだ。発動で終わって、同時に始まるのだ。


「(ほら、違う魔法陣が見えてきた)」


 真っ白な思考の中で見えた視界を流し、剣を振るう。既に剣は剣としての形を保っていなかった。初めて狩った伝説上の生き物とされる幻想種、『輝きと未来の蝶』の光が再現しようと輝きを増す。その光は単なる目潰しなどではなく、真の姿を見せようとする過程であった。








 幻想とも言える頂上的な戦闘を見る観客は声にならない歓声を上げていた。

 見つめる目は乾燥を忘れ、限界まで目は開かれている。手は自然と握り拳になり力の込められ具合で軽く震えていた。

 圧倒的な戦闘なのだ。いや、戦闘と表すのも痴がましい。神話と言っても過言ではないだろう。神と神の神話がそこにはあった。


 実際には圧倒的な力の前に必死に抵抗する姿なのだがそれがより一層興奮を高めてさせていた。

 この世のもとは思えない剣を握る剣士の世界を超えた剣技と、いつの間にか腰まで伸びた髪を揺らし、ベールのようなドレスを身に纏った美しい女性は女神と表すのに相応しい姿をしている。


 神と神ではない。

 選ばれた勇者と、選ぶ立場の神。と言い表した方が良いだろう。人と勇者が綴る神話である。


 圧巻、と言う言葉だけでは収まらない光景である。目に焼き付くだけでは足りない。脳裏に焼きつかせ、DNAにまで残すべきだと本能が訴えている。それに従うように、獣としての本能に従いその決戦とも言えない抵抗を瞬きを忘れ、焼き付かせている。







 始まりには終わりがあるように、終わりなき永遠は存在しないように。

 圧倒的な抵抗は圧倒的な力の前に終焉を迎えた。


 女神のような姿から変わり、人としての過去を捨て、頭部に大きく美しい二本の龍角を生やし、全身を覆う膜のような衣服はアクを守るように。そして見せつけるように優雅に煌めく。世界を覆い尽くさんばかりの二対の羽は悠々自適に広がっていく。

 その翼の一枚一枚の鱗に魔法陣が浮かび上がり、最後の魔法を発動すべく、地力が集まっていく。


「『緋幻雷』『龍力』『強化』『二重強化』」


 赤い雷が様々な強化を施され、熱波を耐え切った勇者に最後の試練を与える。


 一枚一枚から溢れる魔力が海をも蒸発させてしまいそうな程高まり…発動された。

 限定的なその攻撃はコロッセオを文字通り、赤に染め上げた。


 試練の言葉通り、資格のないものには挑む権利すらないと言わんばかりに一切の効果がない。だが、その圧倒的な熱量を見てただで済むハズがなかった。圧倒的な圧巻に脳の処理が追いつけていなかった。


 バリバリと空気を揺らす雷がヴェイルに向かっていく。音より早いのが光である。反応も、抵抗も、準備の一切も許さずに全ての雷が集結する。


「…あ、これ俺終わったわ」


 一瞬だけ停止した世界でその一言を呟き、呑まれる。








 世界で一番最強に、最もカッコ良くて、最も可愛くて、最もエロい戦いが三分と経たずに終わった。加速された世界で観客を含め、半日程時間が経ったのでは、と思うほどだったが実際は三分である。

 ラーメンは三分前の固めが良いのでこれをタイマーにするのにはな、と考えるオーナーのケインであった。

 腕につけた時計の針は13時26分42秒を指し、止まっていた。

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