そんな気がしてたけどね。ジュリはモデルさん
アクアパッツアって妙に水属性感が凄いよな。まあ、完全に最初の三文字につられているだけなんだけどな。
カレーともハヤシライスとも違う匂いの正体はナポリ料理のアクアパッツアでした。しらねぇよ聞いたことはあるけど見た事ないぜよ。
タイムスリップしていた現代人が振る舞った料理に舌鼓をうつ江戸っ子みたいになってしまったが、まあ美味しかったので特に問題はない。魚が出るってことは海が近いのかしら? それとも物流が盛んなのかしら。商人的な立ち位置で考えてしまう。そんな事も鶏頭で知られるアクにとっては数秒経てばカケラすら残らない。老化が始まってるんじゃないか。そう思ってしまうが恐らく違う。多分間違い。
歩かずに忘れるので鶏の上位互換とも言えよう。内容的には下位互換なんだけどね。
そんなこんなでジュリさんの手料理を頂き、本題へと移っていった。ヴェイルは満足そうに膨れた腹を、夢への片道切符かのように抱えて半分寝ている。食べてすぐ寝ると牛になると言うが現代日本で社畜として生きていくか一生を牛として生きていくか。と、天秤にかけるとギリギリのところで社畜を選ぶだろう。社畜と家畜はレベちよ…。
キンキンに冷えた水をゆっくりと飲む。口の中に残った油が洗い流されるような感覚で、とてもお後がよろしいようで。
数秒と待たないうちに洗い物を済ませたジュリさんが相も変わらずの給食のおばちゃん装備で来る。
「どうだった、美味しかった? 結構時間かけて作ったから自信はあるけどね」
タレ目な事で少し眠そうな表情になっているジュリさんが胸を張りながら言う。
わざわざヴェイルの言葉に付き合う必要はないので素直に答える。
「はい、美味しかったです。初めて食べたんですけどとても素材の味を活かす感じで」
コメンテーター的な、食レポ的なサムシングで答える。素材の味云々はまずい料理に使いそうな文言な印象が強いな、と言い終わって始めてアクは気付いたがジュリはそんな理解はしなかったようだ。そのまま褒め言葉として受け取ったみたいでパァ、と目に見えて表情が明るくなった。
「そぉ?? でしょ! まあ、私は料理の才能があるからね!!! あ!! そう言えばだけど私、この街の料理コンテストの準優勝取ったんだよ? 見てみる? 流石に優勝は有名どころの店が取ったけど…店だもん。それはしょうがないよねっ。って事で実質私が優勝なところがあるね!! どう、見てみる? 凄い…アクちゃんだから…凄く可愛いんだよ、トロフィー!!! とてもフワフワでホワホワでポヨポヨなんだよ!!!」
マシンガントークとはこのことを言うのか、と。
一瞬で脳を埋め尽くしたジュリの言葉の暴力に軽い目眩を起こしていた。
何が地雷だったのか。料理が褒めたことか? スイッチはそこだったのか?
流せそうに流せない。妙に頭に残る良い声のせいで思考がまとまらない。何がホワホワだよ。若者にタピオカって言っとけば機嫌が良くなると思っている類の人かよ。擬音が擬音すぎで鐘の声が聞こえてくるまである。
どうしようか、と就寝中のヴェイルを見る。助け舟を…と、思ったのだが薄っすらと目が開いている事に気がつく。
「(こうなる事を予想してのその態度か…)」
考えてしまう。
若干頬が上がっているのが寝顔とかではなく、ただ純粋に隠しきれない高揚が顔に出ているだけか。
本来なら話を右から左へ受け流すのだが所々で同意や意見を求められるので堪ったもんじゃない。ほぼキス寸前の顔の接近も怒涛の言葉攻めで興奮すらもできない。寧ろ萎えていた。目に見えては分からないが。
さて、いつ終わるのか。と、微笑みながら話を聞いていること数十分。既にピッチャーごと渡された水は飲みきっており、気を誤魔化すものは無くなってしまっている。この文言を真正面から受け止めなければいけないのか、と徐々に血の気が引いているとやっとの事で助け舟が出た。
「ふぁあ。……え? まだ、話続いてたのか? もしかして料理好き?」
「断じて違う!! つか、ガチ寝かよっ。マジで、本当に!! 何とは言わないけどさ! ありがとなっっ!!」
少々テンションのおかしいアクに
「ジュリのマシンガントークで精神でもイカれたのか」
と、本気で思ってしまうヴェイルだ。誰でも思う。まあ、元々感が凄いが。
一度大きなあくびを入れ、話始める。
「料理が好きなのは知ってるから、な? 次はアクの話だ。コイツが次期モルリ商会の広告塔だ」
「…この子が?」
話題が上がった瞬間。今までの勢いはどうしたのか、といきなりテスト勉強をし始める男子中学生を持った母親のような気分になってしまうアク。母になった過去も未来も現実もないのだが。
圧倒的に変わった空気感で少し居心地が悪いアクを置いてけぼりにして話を続ける。
「おう。まあ、見つけ出したのが確か…モーリだっけか? ソイツが掘り出したんだと。色々あるらしいけど…まあ、追々で」
「追々って…って事は私の所に来たのは説明を受けに?」
「そだな。三日後に新作のアレがあるんだ。その為のだな」
三日後って…何を?
いきなり言われた期限におっかなびっくりしながらアクは必死に思い出す。新作って事は…もしかして会長が言っていたデザイン決めのモデルか?
このまま置いてけぼりは寂しいので聞いてみることに。
「えっと、それってデザインを決めるモデルの話…だよね?」
「そうだな。ってか、その話も詳しくしいてなかったよな…って事で前広告塔のジュリよろしく」
そう言って立ち上がり台所に向かった。妙に上機嫌なのはどんな意味があるのだろうか。何故か危機感を覚えてしまう。気のせいであって欲しい。
気になる言葉を吐いて立ち去ったヴェイル。その後を追うようにジュリが口を開く。
「そう言う訳なら仕方がないわね…そんな訳で紹介に預かりました広告塔だったジュリです。そもそもの広告塔の意味から言った方が良いわよね?」
「そうですね…お願いします」
「了解」
事前に準備をしていたのか側からクリアボードを取り出し、なにかを書き始めた。意外にも絵が上手だった。
「えっと、モルリ商会の大部分が洋服事業なの。でその服を売り出すに一番効率が良いのがモデルに服を着させて紹介するって事なの」
妙にデフォルメされたアクがドヤ顔でワンピースを着ている絵を指差す。その周りにはカメラを持ったカメラ小僧がバチバチにローアングルから撮影していた。それは紹介であってるのか…?
少し心配になってきた。
話はまだ続く。
「モデルにも色々いるんだけどね。女性服だけじゃなく男性服もあるし老若男女に向けて作っているから性別も歳もバラバラ。私がいたときは一番下が…えっと、10歳かな? で、上が79歳」
モルリに良く似た少年が短パン小僧のような服装になり、妙齢のおばさまが落ち着いた服を着ている絵を指差す。
書いた3人の絵を線で囲み、中心に線を伸ばす。
「で、ここで広告塔なの。このあらゆる年齢層を引っ張る為に見た目が良く、声も良く、性格も良い。そんな人物を1人選び、モルリ商会としてのモデルを出す。この場合は服の紹介よりこんな人材がいますよ、着こなせますよって自慢的な感じが強いかな? まあ、象徴って感じね」
中心にバチバチにタイトな服を着た俺が少し微笑んだ表情で立っていた。他に描かれた3人より、圧倒的に輝きが違うように見える。まあ、ラメラメなペンで囲ったのが原因だけど。
象徴、と言われ不安が溢れてくる。マジで責任感しかないじゃんそれ。
「えっと、その広告塔って仕事とかってあるんですか? 書類整理とか…?」
やった事ないのでありますよ、と言われても困るのだが。
逆に服の整理ならお手の物である。マジで。メイド服からスーツ。強いてはチャイナ服まで綺麗な折り目が付くよう、付かないように畳める技能を持っています。ハンガーにかけているのが大半だが。
誰に対しての期待か分からない期待を込めながら待つ。
「ん〜? 私の時はなかったわ。それ以前に体型維持、世間体。と、色々気遣う所があるからって本社から出させてもらった記憶がないわね。体型維持の為のトレーニングは敷地内で出来たし…。仕事内容って言われれば体型維持くらいかな?」
「…すぅ。ちょっと、不安ですね…ちょっと…そうですね…」
体型維持って…あれっしょ、りんごダイエットとかキャベツダイエットとか。それはダイエットか。
代謝が良いのか分からないこの体である。
正味言ってしまえば本社から出られない部分に関しては思うところはない。別に外に出て「サッカーやろうぜ! お前キーパーな!!」って言うようなタイプじゃなかったし。思うところは…あれ、じゃあ何もなくね? 体型維持だけやればお金がもらえる楽な仕事があるってマジですか?
急に仕事に対して楽さを感じ始めたことにより、気楽さが生まれた。そしてそれに追い討ちをかけるようにジュリの一言が加わる。
「三日後って事は月一の広告塔の発表でしょ? でも、それ以外に週に2、3度試作品の感想を求められちゃうからね…。そこまで頻繁に新作出ないけど」
レスポンスは凡そコンマ一秒であった。
「それは新作の服をタダで貰えると?」
「…え? う、うんそうだね…。でも、それについての感想とかを聞かれるから結構めんどくさいよ…?」
「…チャイナ服で商店街回ります。商店街あるか知らんけど」
「……ある意味逸材なのかしらね。アクちゃんって」
既に思考は新作で注目の的になっている超絶美少女系活発俺っ娘属性のアクちゃんだ。
道を歩けば男はガイパーでパンツをねんどろにし、女は月経を迎える。そんな性を司る神になりたい。そんな妄想を繰り広げていっていた。アクに生殖器があったのなら、パンツの替えは常備必須であっただろう。
逆に引かれる事になった訳だがどっちもどっち。50歩100歩である。他人に意見をぶつけ無い辺りアクに無害性があるとして旗が上がるが、気持ち悪さはアクがダンチである。キモさのステータスカンストであった。
広告塔の説明をそれとなく受け、止めどなく受け止めたアクは夢心地のまま妄想の世界に旅立とうとしたその時。忘れていた存在が雄叫びを上げながら剣を抜き、襲いかかってきた。全身を纏う風は妙にアルコール臭かった。
「龍殺しを殺せば実質ドラゴンキラーじゃね、俺!!!!!!!!」
ガキン、と金属同士がぶつかった音が家の中に響く。ヴェイルが丸太のような豪腕で振るった剣はアクの首に直撃している訳だが血どころか傷一つ見えない。徐々に首を覆うようにして蜥蜴の鱗のようなものが可視化し始める。
「…いや、人殺しだと思います」
妙に落ち着いた心でそう答える。実際そうである。将棋の竜王を殺してもドラゴンキラーの二つ名は顕現しない。付いてくるのは人殺しのカルマだけである。
そんな事実を湾曲し、いいように解釈している酔いが回っているヴェイルは受け止められた事に若干の驚きを見せる。瞬間、ヴェイルの剣を握った手首を掴み、大きく力強い翼を顕現させたアクは飛翔する。キチンと扉から出る。
いくら力が強い人間であろうと、武術に優れている人間であろうと翼はないのだ。空は飛べない。
そんな理由で持ち上げ、暴れても良さそうな場所を探す。意外にも戦えそうな場所はすぐに見つかった。完全にコロッセオが見える。
そちらの方向に向かおうと体を逸らすと、同時にヴェイルの斬撃がアクを襲う。
「はっ!? ここ、空中だぜ!? 自殺願望!?」
案の定、鱗に遮られ甲高い音で弾き、それと同時に掴んでいた手を離してしまう。今の姿が完全にスーツ姿なので異様にも異様なのだがニッチな層には受けそうだ。攻撃が効かない事で安心感を覚える。
空中に投げ出されたヴェイルを再度捕まえようと降下する。瞬前、異様な空気感を全身で感じる。
「すぅ……『魔力強化・肉体術』ーー飛翔剣ッ」
一瞬、ヴェイルの体がひと回り大きくなったような幻覚を見てしまう。その一瞬の隙をついて、その名の通り飛翔する剣を持ち、肉体の強化で空中を蹴り上げ切っ先を向け上昇してくる。剣先はしっかりとアクの目に向けていた。
「人だろうがドラゴンだろうが悪魔だろが…目は弱点って決まってるんだぜぇ??」
一刃の風となったヴェイルが向かってきた瞬間、紙一重に斬撃が停止する。正体はアクが発動した「『固定』」の魔法だ。
一瞬で異常を察したヴェイルは固定された空気に弾き返された衝撃を殺さず、そのまま後ろに下がる。飛翔剣の効果はまだ続いている。
「ウィンドドラゴンを倒したのに魔法まで使えんのかよ…とんだイカれた奴だな」
「まあ…ん? ウィンドドラゴンは魔法で倒したんだけど…あれ、その話したっけ?」
妙にすれ違いが起きている事に疑問を感じ、素直に声に出す。
この言葉を聞き、ヴェイルの表情は一瞬崩れる。
「はっ! 魔法耐性のあるウィンドドラゴンに魔法攻撃とは…嘘か事実かわかんねぇけど。まあ、試せばいいよなぁ!! いるんだし」
「そんな試食感覚で向かってこられても…」
攻撃は一度たりとも傷になっていないのだが明確な殺意を持って向かってくる悪人面の斬撃は徐々に精神にクル。例えるならMPダメージである。MPあるか知らんけど。
空中戦でいつ、ヴェイルが落下するか冷や冷やで怖いので攻撃を肌で受けた瞬間に腕を掴み、猛スピードで飛翔し、コロッセオの上空に来る。同時にほぼ真下に叩き付ける。多分死なない。恐らく。
「なんでこんな事になっているのかはさて置いて…せっかく貰ったスーツボロボロにされちゃったら流石に…ねえ? …貰ったよな俺。まさかの借りているパターン? 後で請求されんのかな…?」
一文無しの現状で一番怖い請求書におっかなびっくりしながら土埃で視界が悪くなっているコロッセオの中心に降りる。
完全に古代ローマ的な闘技場で、円形をしており中心の闘技エリアを数メートルの壁を上がったところで観客席がバームクーヘンのように盛り上がって設置されている。
落下して思ったのだがどうやらこのコロッセオ。試合前だったようで観客席にそこそこの観客が座っていることが見える。そこそこに冷静になりつつある思考でこの姿はまずよな、と考え翼を収納する。ついでに鱗も出さない。マサイ族でなければ観客席からは見えないと思うが…異世界である。人類皆マサイでもおかしくはない。安全第一である。
視界が開け始めた土埃の中、体をよく見せるため猛スピードで移動した際に吹き飛んだ本を魔導書的な要領で持ち、右手を構える。今のアクの姿は戦うOLであった。




