三度目の正直
わざわざ手紙を送ってくるなんて、あの子も案外律儀だよね。
と、手紙をヒラヒラさせながら思った。
名前は書いてないが、籠められた魔力の感じですぐに分かる。
ラビリンガスだ。
魔王が来るようになって姿が見えなくなっていたが、生きていたらしい。
しかも僕に教えてくれるくらいだ。
「もうちょっと優しくしてあげればよかったかな?」
それで回避できたとは思わないけど、茶菓子くらいは振る舞ってあげても良かった。いつか会えたときにはお礼として押し付けてみよう。
君のお陰で被害が少なくて済んだって。
「危険をおかしてまで僕に知らせてくれたんだ。有効活用しないと」
宙に浮き、高く昇っていく。
地平線が見える位のところにこの森の終わりがある。そこから先は魔界だ。
くるりと反対側を向けば人間界。
「被害は最低限に、でないとまたグロウとヒウロがクレームの嵐で疲弊しちゃう」
足元を使い魔達がマリちゃんの報告で慌ただしく動き始めた。
僕の作った魔法陣を設置してくれている。
意識を集中させる。
「おいで、僕の杖」
目の前に光と風が集まり杖を形作る。
楢の神木から作られた杖だ。
結構ごつくて大きいその杖は、ずっと僕の体の中にあったものだ。杖を持たない魔術師と呼ばれているけど、実際は杖をずっと持っている。むしろ存在を融合させていただけだ。
「久しぶりだね、僕の相棒。早速だけどお仕事だ」
僕の魔力の貯蔵庫となっている杖を手に取れば、これでもかというほどに馴染み、ずっと抑えていた魔力が解放されていく。
ああ懐かしき僕の本来の魔力。
今魔力測定したらどんな数値になるのやら。53万は超えるといいな。
あ、ほろりと涙が。
「っと、ふざけている場合じゃなかった」
杖を掲げ、頭のなかで構築されていく魔力の回路を繋げていく。
この世界ではあり得ない魔法だ。
本来やっちゃいけない領域に足を踏み入れている現象をこれから発現させる。
「これを使うのは三度目か。今回は、廻らないといいな!」
魔力が大量に消費され、僕の思いが形となって組上がっていく。
「さあ、いくぞ」
杖の底を空気に叩き付ける。
コーーンと音を立てて波紋が広がり、森の境界線一杯に広がる。
効果範囲の捕捉完了。
緑色の線が空間一杯に一定間隔で縦横奥行きを示すように張り巡らされていく。
それだけ見れば転移の時の空間把握、座標指定の時の光景だ。
だが、まだだ。まだ終わりじゃない。
「空間を切除、次元剥離開始」
空間線が二重にぶれて剥がれる。
耳鳴りがする。
ヤバい。血が出てるかな。
「ごほっ…、更に限定空間生成。今より7日間、この空間は一次元上に昇り、現実空間との干渉を拒否、主導権は僕にあり、解除された暁には巻き戻り無かったことになる」
意識がボヤける。
まだ、あと少し…。
「空間固定、ペースト完了。世界線よ弧を描いて繋がれ」
杖が唸り震えている。
頑張れ、壊れるな。
ガチンと鍵が締まる音。
────《完了。カウントダウン開始します》。
景色が元に戻っていく。
「ははっ、初めて上手くいったや…」
杖が消え、体が落ちていく。
駄目だ凄い眠い。
ロックか誰か気づいて僕を拾ってください。
「お師匠は!?」
寝室から出てきたメナードに訊ねた。
『大丈夫です。今はぐっすりと寝ています』
「良かった…」
ホッとした。
ロックさんが血だらけのお師匠を抱えてきたときは血の気が引いた。さっきまで感じていた腰が向けるほどの魔力圧と景色が上下にブレるような眩暈はお師匠が原因なのは知っていたけど、まさかこんな姿で戻ってくるなんて。
「…あれ?」
きっと包帯グルグル巻きなんだろうと覚悟を決めて覗いたのに、うっすらとした傷があるものの大したことがなさそうになっていた。
え?だってさっき凄い血が出てたのに。
『ウィルのしぜんちうの力なの』
『でもウィル過信しすぎ、おかげでからだつめたい』
「うわわっ」
大福とわたあめがお師匠の布団に潜り込んでいた。
人型で。
「何しているの?」
『魔力おくってるの』
『こうすると早くおきるの。こんかいは何日くらいかな?』
『二日?』
『えー、つまんない』
今回はって…。
「お師匠はこんなことたまにするの?」
そんなの危ないじゃない。
『…こどものとき以来じゃない?』
『ねー、ひさしぶりだよね』
「……そうなの」
何をしたのか分からないけど。
お師匠の手に触れる。すると雪のように冷たい。
見よう見まねで魔力を送ればほんのり手が暖かくなった気がした。
「………なんだろうこの気持ち」
無茶をしてほしくない。
兄に対しての心配とはまた違う。お師匠だから?
………わからないけど。
「私もなにか手伝えるといいのに…」
力がないのが歯痒い。
目が覚めた。
めっちゃ寝た。爆睡した。
「ふぁあーーーっ!!!んーーっっ!」
おもいっきり伸びをする。そして手を見てみた。
良かった。廻ってない。
カレンダーを見ても丸々1日寝たりとかしてない。翌日になっているっぽいけど。
よし!よし!強くなってるぞ!
「ん?」
違和感。
視線を下ろすとマリちゃんがいた。
スヨスヨと僕のベッドで寝ている。
寝落ちした感じかな。
可愛い。
頭を撫でてみると、僕に魔力を送った形跡があった。
繋がりがないのに魔力の移動をさせたら辛いだろうに。
「ありがとう」




