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要塞破り

作者: カエリ

とある事務室に二つの影があった。


「ここに五千万ある。これで高屋敷邸にある証拠が入ったデータ消してくれ!」


切迫した様子で、50代くらいの男が詰め寄る。


「高屋敷邸ですか……。あそこがどんな場所だかわかって言っていますか?」


もう一人の青年は、静かに尋ねた。


「勿論です。ですから、こんな大金を用意して依頼しているんです。西の要塞を破ったあなた方ならできるはずだ」

「そうですね、私たちならできます。しかし、私はできるかできないかの話をしているのではないです。東の要塞と言われる屋敷に忍び込むのです。報酬が少なくないですかね」


慇懃無礼に青年は報酬を上げろと要求する。


「なっ! 五千万だぞ!」

「西の要塞のときは、もっとありましたよ」


思わず声をあらげた男に青年は冷静に告げる。


「……なら、一億だ。一億ならどうだ?」

「……いいでしょう」



青年は重々しく頷くと、


「チカ!」


と誰かを呼んだ。



呼ばれて出てきたのは、美しい少女だった。

艶のある黒髪が腰まで伸びている。

ヘッドホンを首にかけ、不機嫌そうに口を開く。

「……何か用事?」

猫のような目が、青年に向けられる。


「簡単に削除できるものなら?」

「消されても仕方ない」

「簡単に削除できないものなら?」

「どうせ消えるんだから無駄な工作はするな」


むすっとしたまま、チカと呼ばれた少女が答える。その姿は確かな実力を感じさせた。


「この通り、うちには有能なハッカーが多数いますので、確実に邪魔なデータを消し去って見せましょう」




男が去って、チカはドカっとソファに腰掛けた。


「毎度毎度、あのセリフ言うの面倒」

「おまっ! 決め台詞大事だろうが!」


先ほどの冷静な姿を脱ぎ捨てた所長、カイトにチカは深いため息を吐いた。


「そもそも、人材不足で私はハッカーですらないんだけど」


それっぽく登場したけど、チカはコンピュータはからっきしだった。すぐ壊してしまうほどだ。


「なんで人が来ないんだろうな」

「お金がないから。西の要塞の報酬もワンコインだったよね」

「あれはいいんだよ!」


自信満々に言い張るカイトにチカは押し黙った。



「……まぁ、私は、今のままでもいいけど」

「ばーか、いいわけないだろ。この仕事成功させて宣伝するぞ」


頬を染めて言ったチカのアピールはいつも、カイトに躱されてしまう。

チカは不貞腐れて、クッションに顔を埋めた。




東の要塞、高屋敷邸の侵入はどうなったかと言うと、カイトがあらかじめ通行証を偽装して、ちょちょいと細工をくぐり抜けて行った。


件のデータが入ったPCは黒の間にあった。


「あーもう! ピーピーうるせぇ!」

「……私も手伝う」


カイトはPCをいじってデータを抹消していき、チカは何故か修復不可能なまでに壊してしまう呪いの手で抹消していく。


「よしっ! 逃げるぞ!」


ものの数分で依頼を完了して、あとは逃亡するだけになった。


警報がなってすぐに黒の間の周りは分厚いシャッター

が下りており、逃げるのは不可能と思われた。


「シャッター開けるからちょっと待ってろ」

「私のほうが早い」


チカは言うや否や、腕を振り上げ、シャッターを()()した。鉄でできた分厚いシャッターを、だ。


「おい! 手、大丈夫か!?」

「……問題ない。カイトは道案内して」

「あとでちゃんと見せろよ」


チカたちは順調に逃げていき、窓までたどり着いた。


「行き止まり?」

「!? 見取り図では、ここから抜けられたはずだったのに」


呆然としてカイトは窓を見た。


「私に捕まって」

「は? ちょ!!」


チカはカイトをお姫様抱っこして、窓を蹴破り、上空に飛び出した。


そのまま、常人離れした脚力で、屋根や木に飛び移り、着地した。


「男としてのプライドが粉砕骨折した……」

「早く、逃げる」


項垂れるカイトを引っ張り、庭を走る。


「西の要塞を逃げ出したときは、逆だった」


チカはこの化け物じみた身体能力のせいで、西の要塞に監禁されていた。そこを救い出してくれたのが、カイトだった。


たったのワンコインでカイトはチカの望みを叶えてくれた。


「私はカイトが好き」


スルーされないようにはっきり口に出した。

カイトは壊すことしかできないチカの能力を凄いと褒めてくれた。チカを普通の女の子のように扱ってくれた。


「この気持ちを簡単に削除できるものなら、してみて」


よく言わされる言葉に似せてチカは想いを伝える。


「私の気持ちはどうせ消えない。諦めてずっと私といて」


すごい速さで走りながら、チカは告白した。


「逃亡中に言うか?」

「思い出したら言いたくなった」

「……そうか」


一瞬だけど、チカにとって長い間が流れた。


「俺も、好きだ。あの夜、手を取ってチカと逃げたときには、もう惹かれていた」

「っ!!」

「本当は年の差もあるし言う気はなかったんだけど、こんなシチュエーションで告られたら、嘘つけないだろ」


チカがあの日の逃亡を胸に刻んでいるように、カイトの胸にもしっかり残っていたのだ。


「言っておくけど、俺はロリコンじゃないからな。こんな風に思うのはお前だけだ」


焦るように言葉を重ねてくるカイトに、チカは感極まって抱きついた。


これほど幸せな逃亡者はいないだろう。


『簡単に削除できるものなら』という台詞を使った「ロマンティックな場面」というお題で書きました。

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