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5.終焉、その先に在るもの

最終話です。

――終焉その先にあるもの。


「これで話は終わりだ」

そこまで語って男は姉弟を見下ろす。

二人はしばし、しんみりとした様子だったが顔を上げて問いかける。

「けっきょくシレーヌはアレクを殺したの? 」

「まあ、そうだろうな」

弟の方の問いに男は答える。

姉の方はその言葉を聞いていたが不意に不自然なことに気がついた。

「じゃあさ、何で生きている人が誰もいないのにこのお話が伝わっているの? 」

そう、アレクが殺されたのなら生きている人間は誰もいなくなるのでこのような結末となることはない。

「ひょっとして……おじさんの作り話? 」

単刀直入に問いかける少女に男は苦笑する。

「さあ、本当かどうかは君たちで判断するといい」


そして三人の視界は急に開かれる。

森を出たのだ。

その先には村の民家の明かりがちらほら見えている。

そしてその明りから少し離れたところ、ややこちらに近い所にちらちらと炎が瞬いているのを三人は見た。

「松明の灯だな。どうやら君たちを探しているらしい」

男はかがみこみ二人の背を押す。

「さあ、案内はここまでだ。お家にお帰り」

二人は村に着いた安堵感に頬が緩み、ありがとう、と二人で手をつなぎ足を速めつつも振り向いて男に言う。

どういたしまして、と男は返すが森の出口から一歩も動かない。

「おじさんは? 」

「帰らないの? 」

それを不審に思い二人は男の前に戻って交互に問いかけた。

二人は初めて会ったのだが、この近くにある村はここのみであり、当然彼はここの人間だろう。

しかし。


「僕はここまでしか行けない」

彼はそう言って二人の問いを否定する。

親御さんが心配しているから、と促す男に姉弟は顔を見合せるがすぐに小さく頷く。

「また会える? 」

二人は問うが男は首を左右に振った。

「会わない方がいいだろうな。お互いのためにならない」

その顔はどこか寂しげだった。二人は彼の意図を理解できなかった。

しかし、しばし考えたのちに二人は手をつないで彼に手を振る。

「バイバイ」



駆けだしつつも名残惜しそうに時折振り返る二人の姿が見えなくなるまで彼も手を振り続けた。

彼らが見えなくなってからもしばし手を振り続けたがやがて溜息をつき。腰に手を当て夜空に浮かぶ月を見上げる。

今宵は満月。

月影の馬車は静かに東から西へとめぐる。

昼と大気は夜と闇から生まれた。

その話が本当なら今見ている夜こそ原初、生に近い光景か。

しかし夜は死と眠りをも生み出したという、ならば死に近い光景か。

いずれにしても今自分がここに立っていることに変わりはない。

その暖かい月明かりに照らされ彼の髪は金色に輝き、碧の眼は僅かに細められる。

中性的な顔が月光によって幻想的な色を帯びる。

「全くもってこの夜空だけは変わらないな」

懐かしさとどこか諦めのような言葉が口からこぼれる。

過去と現在の狭間に存在する決して取り払うことのできない隔壁が存在する様に。


「あの子達は? 」

再び森の中に戻ってきた彼に問いかける声。

彼はその声の方を向くが声の主の姿は見えない。

「帰したよ。問題はなかったよな」

「無いわ」

声の主が見えないことに彼は動揺を見せずただ森の奥へ歩く。

心なしか森の奥へ行くにつれ彼の姿が時々ほんの一瞬で崩れては元に戻る。

「強いて言うのなら、手を貸さずともあの子達は村へ辿り着いた。わざわざ送ってあげる必要はなかった」


「貴方も私も人と交わるのは正直よいと思えない」


「この世ならざるものか」

湖の畔に辿り着いた彼の背後に人影が現れ彼を静かに抱きしめる。

紅の髪、紅の衣の女、そう、シレーヌである。

いや、湖の意思と契約し、彼女を死に追いやった村人を殺した今となっては魔女レウケと言うべきか。その姿はアレクの最後に目にした姿より紅の色がずいぶんと失せまだ色は残っているものの生前の彼女に近いものであった。


「本当に何であんな決断をしたんだか。とっとと殺してしまえば全て終わったのにね、アレク」

そうだな、と男、アレクは彼女とよく似た色の目を歪め呟く。

あの時からもう人の生の数倍は経っている。

アレクは仮にあのとき彼女が生かしていてももう死んでいるはずであり、あの時とさほど変わらぬ様子で彼女の抱擁を受け入れているこの状況は明らかに異常だった。

その時、アレクの姿がゆっくりと崩れ、変化する。

「生かし、いつか私を忘れることも、殺し解放することも無く……」

「朝と共に滅び、夜とともに再生する生ける屍と変えるとは、な」

交互に自嘲気味に呟く。


あの時彼女は彼の心の臓を抉った。

消えゆく鼓動をその掌に感じつつ、身に纏う色が赤黒から深紅に変化していく中、思った。

このまま殺したのならこの魂は冥府へ行き安息を得てしまう。


それは消えることのない復讐の炎か。

それは殺した刹那に生まれた歪んだ愛か。

気がついたら彼女は願っていた。

『水の意思よ、この者に不完全な契約を与えるのをお許しいただけませんでしょうか』

その答えはすぐに返された。


『許す――』


愛しい娘。

そして同時に愛しい下僕よ。

汝の為さんとすることは分かっている。

いずれ汝が纏いし怨嗟は消えうせる――その時までなら許そう。


『ありがとうございます』

主に感謝しつつ彼女はアレクの屍を湖に沈め歌を紡いだ。


そして彼は再び目覚める。

紫の瞳は彼女と同じ碧に変化し、その身体は人のものから遠く。




「不完全な契約とはよく言ったものだ」

彼女が水の化け物ならアレクは屍肉の化け物。

アンデッドと言うべきか。

森の中から出られず、東の空が白むとともに崩れ落ち、西の空が夜の色に染まるとともに再生する。

復讐のために与えられた力と纏いし怨嗟が消えるまで彼女は永遠に死の恐怖と解放されぬ生の苦しみの中に彼を捉える。

彼女は自分の心の中に深い闇を抱きつつも、彼の目覚めとともに現れ、死とともに湖に眠る。


完全な契約ならアレクを蘇生させることができたのかもしれない。

それをあえて不完全にした。

彼女はゆっくりと彼の前に回りつつ腕を振る。

彼の崩れた肉は水に包まれ幻影を生み元の姿になる。

永遠というものは存在しない。

薄れつつあるまとわりついた怨嗟、それとともに訪れる新たな契約の終焉。

彼女の身に纏う色は最近急激に薄れつつあった。

終わりは近いのだ。


「私が憎い? 」

彼の頬に指を這わせつつ彼女は問う。


「ああ、憎い」

その手首をつかみ、彼はぎりぎりと握りしめる。

本質が水である彼女の手はその力に対し大きく形を変えるが決してちぎれることはない。

「そうでないとね。でないと私の復讐は成就しない……」

その答えに彼女は満足げであり同時に禍々しい笑みを浮かべる。

彼はそんな彼女の様子を見詰めつつ、掴んだままの彼女の手首を引き、引き寄せる。



「確かに、憎い。君さえいなければ僕たちは平凡に生きていられた」

その声には誤魔化しようのない憎しみが宿り、彼女の極小の湖のような翠色の瞳を青色の眼に映す。

「だが……」

「こんな状況になっても……シレーヌ、君のことを愛している」

その憎しみの中に確かに宿る愛情。

そして呼び続ける魔女としてではない人としての名前

彼女は彼から全てを奪った。

発端は彼、いや、彼を含んだ村の人間が彼女を異端として狩りたてたことだ。

だが彼女が全てを奪ったことには変わりはない。



その言葉に彼女は僅かに目を見開く。

「……貴方らしい。全く愚かだとは思うのだけれど」


「私も愛しているわ」

だから、貴方に裏切られ死んだとき、貴方が私を忘れることを恐れた。

だから、貴方を殺したとき、貴方が私を置いていくことを厭うた。




――愛している


その言葉は本来はその言葉の通りの心を伝える尊いとされるもの。

しかし二人のその言葉は籠められた思いとともに互いの心を縛る呪詛となす。


赤い赤い紅い紅い深紅の呪詛。



二人にこの結末しか用意されていなかったのか。

それは神のみぞ知り、全てを俯瞰する語り部すらも語ることは出来ないだろう。

もしかしたら二人で幸せな家庭を築き、共に老い、死を迎えるという穏やかで幸せな結末もあったのかもしれない。



だが――


結果としては今在ることが全て。

それ以外は所詮はあり得ぬ仮定。


終焉の終焉は近い。

それが訪れるまで二人はただ夜の下で存在し続けるだろう。


終焉の終焉のさらにその向こうに待つ者。

シレーヌには契約の代償による自己の消滅。

アレクには安息か永遠の彷徨か……それとも…………


叶わぬ幻想の代わりに叶いし悪夢を抱いたまま。

二人はそれでも満足だった。


二人を繋ぐのは愛という名の衣をまとった



――深紅の呪詛のみ




これでこの話は完結となります。いままでおつきあいいただきありがとうございます。さて、この作品は夏ホラーに出した死神が予定調和のハッピーエンドとするなら予定調和のバッドエンドです。どちらを出せばよかったのか……まあ、間に合わなかったから選択の余地はないですが……3回書き直してやっとこのレベルですしね。因みにアレクの名は宝石のアレキサンドライトから取ってます。光によって色を変えることから優柔不断と言う意味を込めて。ネーミングセンスが欲しいものです。御意見御感想切実にお待ちしています。



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