06.どういう仲?
――『生きがい』や『人間らしさ』について教えてほしい。
ディートハルトの頼みを引き受けたアイリスは、彼とクラウを引き連れて、ウルクの音楽堂にやってきた。
今日はここで演奏会が開かれるのだ。
「いい? 『文字』と『おいしいもの』と来たら……次は『芸術』よ。『人間らしさ』を芸術から学びましょ」
アイリスは音楽堂を横目に、男二人に言い聞かせた。叔父夫婦の家に置いてもらっているとはいえ、仕送りで暮らしているアイリスには演奏会など贅沢なものだ。
――しかし、そこは見栄である。
「げいじゅつ……げいじゅつってなんだ?」
「範囲が広すぎて一概には言えないな」
「知らないなら知らないって言えよ」
「なっ……芸術というものは色々あって、ひとくくりに言うことは出来ないだけだ!」
手をつないだまま言い合うディーとクラウを『はいはい』となだめ、入口に向かう
――と、そこへ。
「あら、アイリスじゃありませんか。あなたが音楽を好むなんて知りませんでしたわ」
「う……ウィルヘルミーナ……」
「あら、他人行儀ね。学友ですもの、ミーナと呼んで下さいとお願いしたはずですけど?」
行く手に、すみれ色のドレスで着飾った少女と、恰幅のいい紳士の姿がある。
「それにしても……わたくしは父とですのに、あなたは素敵な殿方とご一緒? ご紹介いただけませんか?」
「素敵な殿方とは誰のことだ?」
「その前にトノガタって何だよ」
男二人が首をかしげる横で、アイリスは肩を落としてため息をついた。
彼女――ミーナは確かに友人だし、悪い人間ではない。ただ、少し苦手なだけで。
「クラウは知ってるよね。金髪の彼はディートハルト。私が恩人で、ディーが被保護者ってところかな」
数歩歩いて彼女をひっぱり、男二人と離す。
ディーに対しては、すられた財布を取り返し、仕事を紹介したのだからこれぐらい言ってもバチは当たるまい。当のディーは『被保護者……ということは、保護される人……はっ?』とつぶやき、嬉しいのかショックを受けているのか、形容しがたい表情をしている。
「ふぅん、純朴な好青年といったところかしら。いかにも田舎から出てきたばかりという感じの垢抜けなさが……庇護欲をそそる感じですわね。はじめまして、わたくしはウィルヘルミーナ・アンテスと申します。あなたのお名前は?」
「こ、これはどうもご丁寧に。自分はディートハルト・ブラウだ」
ディーと挨拶を交わし、握手をしたミーナがこちらを振り向く。
「恋人ではありませんの?」
「ち・が・う! いつもいつも、私が男の人といる恋人にしたがるのはやめてよ」
ミーナは金の巻き毛を揺らし、可愛らしく小首をかしげて言った。
「だって、アイリスはわたくしを助けてくれた騎士様なんですもの。ふさわしい方と結ばれて、幸せになって欲しいのです」
――アイリスがミーナを苦手としている理由は、ひとえにこれに尽きる。
彼女に絡んでいた酔っ払いに一発くれて撃退してからというもの、アイリスを『私の騎士様』と慕い、崇拝めいた感情まで抱いているようなのだ。
「騎士様とは……アイリスは竜狩り師ではないのか?」
「あー、もう今のは例えよ例え! 本当に騎士なわけじゃないの!」
「わたくしを助けてくださった時のアイリスは、それはもうかっこよかったのですよ」
「ふぅん。忙しい女だな」
「こら、そこ! 子供に変なこと吹き込むんじゃない!」
「ラジーニア様は君のことを『りりしく同性に頼りにされそう』と評していたが、大当たりだな。さすがは神だ」
しっちゃかめっちゃかになった場で女神の名前を出され、アイリスは今更ながらに気づいた。
ほこらが完成した今、ディーは依代のペンダントをしていない。今までなら、あの女神が出てきてディーに教え諭したり、クラウに説教したりしてくれていたのに……!
「ラジーニア様、どうか私をお助けください!」
アイリスは、知り合ってから初めて、女神に真剣に祈った。