03.ほこらを作ろう
港町ウルクに着いてから一週間。
ディーはアイリスの紹介で、当面の住まいと仕事にありつけていた。
「よいしょっ、と」
石焼窯に木製のスコップのような物を差し込んで、出来上がったパンを取り出す。空いたスペースにこれから焼く生地を入れて、ふたを閉める。
ディー自身はしたことがないが『人間は火に近づくと火傷する』ので、きちんと手袋をはめ、作業は手早くすませる。他にも『人間が持てるのは粉袋二つまで』とか、『客には笑顔であいさつ』など、人間として暮らしていく上でラジーニアに教わったことは多い。
普段は『信者が少なくて疲れる』とかで依代にこもって出てこないが、ディーが間違いそうになると出現するのが不思議だ。
「クラウ、冷まし終わったものを棚に並べてくれないか?」
「……」
無言で手だけ差し出すクラウに、パン入りの籠とトングを渡す。ディーも別の籠とトングを持って、同じ作業に入った。
「ディー君、ありがとうね」
「いえ。こちらこそ、仕事どころか住まいまでお世話になってしまって」
カウンターに立って客の相手をしているのは、パン屋を営む夫妻の妻、ペトラである。
アイリスが紹介した働き口は、夫妻のパン屋『未知への挑戦亭』を手伝うというものだった。夫妻にとってアイリスは姪にあたり、夫のロルフが腰を痛めてしまったので、力仕事のできる若い働き手を求めていたらしい。住まいも仕事場の近くで探してもらえたのでそこから通っている。
ちなみに、夫妻がパン屋を始めたのは怪我で竜狩り師を引退したからで、アイリスの言っていた『私が竜狩り師だと証明してくれる人』というのも彼らの事である。
(それにしても、アイリスが本当に竜狩り師だったとは……あんな少女が、信じられない)
(まぁ、確かにおかしな縁ではあるな。ドラゴンが、よりによってドラゴンを追う狩人に助けられるとは)
(ラジーニア様、自分は)
(あー、分かった分かった! お前は人間だとも!)
夫妻の話によれば、竜狩り師の娘として生まれたアイリスは仕事中の怪我で叔父夫婦の元へ預けられ、療養がてら学校に通っているらしい。その後アイリスは延々と『私は今でも竜狩り師だ』『怪我なんて大したことない』『すぐに復帰できる』とディーに繰り返し聞かせたのだ。まるで、働き口を紹介する代わりだと言わんばかりに。
(でも、自分は心配です。ドラゴンを相手の狩りなど、命がいくつあっても足りないではないですか)
(私は良いと思うがな。アイリスは療養など不本意でたまらんと言ったふうであったし、仕事が好きだったのだろう)
呼んでもないのに飛び出てきた女神を横目に、空になった籠をクラウから受け取って片付ける。『いつもがんばってるね』と客に頭をなでられる様子を見守りつつ、調理場に戻る。先ほど窯に入れた生地の焼き上がりを待ちながら、新しい生地をこねる。
生地をこね、休ませ、発酵。焼いて、冷まして、店に出す。
一通り客がはけるまでは、ひたすらこの繰り返しだ。
「ディー君、もうお客さんはしばらく来ないから休憩していいよ。疲れたでしょう?」
パンが売れ、客足も遠のいたころ。
「ありがとうございます。では、少し散歩をしてきます」
ペトラの言葉に礼を言い、エプロンを外してから店の外に出た。服の粉を払い、うーん、と思い切り体を伸ばしてから歩き出す。
『人間は働くと疲れるもの。適度に休むべし』
これもラジーニアに注意されたことである。
(ラジーニアさま、休憩の時間です。川に行きましょうか?)
(いいな! 是非そうしてくれ)
依代を振って呼び出し、行き先を告げると、女神は上機嫌で飛び出してきた。清流の女神であるラジーニアには、定期的に清浄な水が必要だそうで、ディーは休憩時間にはなるべく川に行くようにしているのだ。
幸いにも、ほこらそばの川は流れ流れてウルクを縦断し、海に注ぐルートを通っているので行くのは容易だ。
(うーむ、心地よい日差しだな)
川端、水車と粉引き小屋のそばには座れそうな大きな岩がいくつかある。ディーは川の水に浸した依代を、日光でほどよく温まった岩の上に置いた。ここはウルクの中でも高台にあり、海に向かって緩やかに下っていく街並みがよく見える。頬をなでる海からの風に、ディーは潮の香りを胸いっぱいに吸い込んだ。
数日後の午後。
夫妻に休みをもらったディーは、借りた部屋で、買ってきた大きな紙を食卓に広げてうなっていた。ペンを片手にうんうんと。
住まいと仕事を手に入れたなら、ほこら作りに取りかからなくてはならない。その計画書作りを始めたのである。
「一体、何から手をつければいいでしょうか」
「まず場所、見た目、材料だな。良いものを揃えなくてはならないぞ」
「なるほど」
他人の目がないので、声に出して女神と会話し、さっそく紙にメモをする。
「場所は……布教に励むことを考えると、町の中に作りたいものだが……面倒くさいのでこれは後にしよう」
「なぜ『面倒くさい』のですか?」
「ウルクのような大きな町には、他の神の縄張りもあってな。先達には敬意を払わねばならないし、ほこらを建てる許可となると、人間の法が……まぁ、いろいろあるのだ」
小さな女神がはぁ、と食卓の上で嘆息する。
「ラジーニア様は人間の法にもお詳しいのですね」
「まぁ、な。長く神などやっていると、気まぐれに勉学に励んでみることもある」
信者が多かった頃は遠出もできたし、と呟いて、女神は机上を歩く。
「先に材料を考えるか。これは、前のほこらと同じ、木材と基礎の石材がいい。見た目はほれ……以前描いてやったろ」
貸せ、というラジーニアにペンを渡すと、両腕で抱えるようにしてほこらの外観を描いてくれた。
地面からの湿気を防ぐ石材の基礎に、御神体をしまう扉つきの本体と屋根は、風雨に耐えられる頑丈な作りに、との注文である。
「材料を揃えるのに、お金はどれくらい必要でしょうか? それに、大工仕事の経験がない自分が、どうやって作ったものか」
「おぉ……お前も金の事を考えるようになったのか、成長したな!」
「ラジーニア様、今の言葉は自分を」
バカにしましたか? と続けようとしたディーの言葉を遮るノックの音。
「ディー? 私、アイリスだけど。ペトラおばさんからの差し入れを持ってきたの。お邪魔してもいいですか?」
「お、おぉ。よく来てくれた」
ドアを開けると、アイリスがバスケットを持ってそこに立っていた。
(ラジーニア様、初めて借りた住まいに、初めてのお客です! これが人間の生活!)
(感動はいいから、その客に茶でも入れろ)
アイリスに椅子をすすめ、女神の助言に従ってお茶を二人分いれる。
「これ、おばさんが作ってくれたサンドイッチ。お昼がまだだったら、食べて欲しいって」
「さ、さんどいっち……」
人間の姿を手に入れたばかりのディーにとって、この世は初体験ばかりである。無論、かぼちゃの種を散らした固いパンに切れ込みを入れ、トマトとレタス、ソーセージを挟んだ食べ物も。
「おぉ……」
受け取ったサンドイッチをじっと観察する。焼き目のついたパンとかぼちゃの種は香りたち、トマトとレタスの爽やかさ、肉と香辛料が絡み合うソーセージの匂いが鼻を刺激する。
口を大きく開けてほおばれば、咀嚼するごとに野菜とソーセージの汁気が広がり、添えられたケチャップとマスタードが心憎いまでの働きで具とパンをまとめあげている。
「……うまい」
「感想、おばさんに伝えとくね」
初めてサンドイッチを食べた感動で、あっという間に一つ完食したディーは、ふと思った。アイリスは昼間のこの時間、学校に行っているのではなかったか。
「学校? 今日は午前中で終わりの日なの。だからお店を手伝おうと思ったんだけど、あんまりお客さん来なくて」
質問の返事に頷きながら、二つ目のサンドイッチに手を伸ばす。
「これ、何が描いてあるの? 小さなほこらみたいだけど」
「あぁ……ちょっと作ってみようと思って」
「ふぅん?」
片付けるヒマが無かったので、食卓の上に敷いたままだった紙。ディーはしまった、と慌てた。女神のことは話さない約束だから、言葉をにごすしかない。
「そういえば、今日はクラウは一緒じゃないのか?」
「そうだな、この時間は叔父さん達と昼寝か、食事……のどっちかだと思う。叔父さん達、クラウの事可愛がってるから」
アイリスはそう言って微笑み、カップを口に運ぶ。窓からさしこむ午後の日差しが、彼女の髪を紅茶のそれと同じ色に照らし、ディーは目を細めた。
「アイリス、君は以前『クラウがドラゴンの巣で保護された』と話していたな」
「そうだよ。私が見たわけじゃないけど、父さんからはそう聞いてる。白いドラゴンを退治する仕事を終えて、巣に入ったらクラウが震えていたんだってさ。裸足で服はボロボロだし、優しく話しかけても泣きじゃくるばかりで、よほど怖い目にあったんだろう、って。生まれ故郷はおろか、親も自分の年も覚えていないみたい」
お代わりはいるかと聞くと、アイリスが頷いたので、彼女のカップにお茶を注ぐ。
「まぁ……仕事終わりで血まみれの、強面のオッサンに話しかけられたら恐怖でしかないだろうけど」
アイリスは苦笑いして、お茶を一口。
「クラウにとって、ドラゴンの匂いがする人は、巣での出来事を思い出させるのかもしれないね。私だって竜狩り師だし、ほら、ディーだって換金用の鱗を持っていたでしょう?」
でもね、と彼女は言葉を続けた。
「知り合って間もないから、あの子がどんな人生を送ってきたかなんて分からないけど。今まで辛かったなら、その分これからは幸せになってほしいと思うんだ」
「そ、そうか。話してくれてありがとう。彼に嫌われたのではないかと、少し気になっていてな」
「どういたしまして」
彼女の笑顔に、ディーは胸をなでおろした。
クラウの指摘が正体に気付いたからではなく、アイリスも匂いの原因をウロコだと思っていることに。
アイリスが帰り、茶器を片付けてから。
ディーはたまらず、女神にたずねた。
「ラジーニア様、私は人間ですよね?」
「……前にも言っただろう、私に変えられるのは姿だけだと。仮の姿をやる代わりに、お前はほこら再建と信者獲得のために働く。私たちがしたのは、そういう取引ではなかったか?」
「そう、でした」
その日の夜。ディーは室内の鏡に自分の姿を映して見た。
柔らかく鱗のない皮膚。
ひらべったい爪に、金色のまっすぐな髪。
瞳の色は金ではなく青。
尻尾や翼なんてどこにもない。
――だいじょうぶ。自分はどこからどう見ても人間だ。
すみずみまで確認して、ほっと一安心。
さっさとベッドにもぐりこんだ。
◇
サンドイッチをもらった翌日の午後。ディーは小麦を粉にひいてくるよう頼まれた。初めての粉引き作業は、アイリスが教えてくれるそうだ――が。
「クラウ、ついてくるのか?」
「そうだ」
パン屋で使う粉袋を運ぶ荷車。小麦を入れた袋の隙間に、なぜかクラウも座っている。
「粉引きの作業にどれぐらい時間がかかるか分からないし、乗り心地も良くないんじゃないか? 店で待っていた方がいいと思う」
クラウを荷車から下ろそうとすると、ビシッと人差し指を突きつけられた。
「俺、忘れてないぞ! お前、人間なのにドラゴンの匂いするヘンなやつ。見張ってやる」
「えっ」
絶句するディーの横で、アイリスがやれやれとため息をついた。
「見張るって、一体何のためによ」
「悪さをしないようにだ」
「いや、その、クラウ? 匂いの件は誤解だ」
「お前の言うことなんか信じない!」
その後もしばらく説得を試みたが、クラウは荷車にかじりついて埒があかない。仕方なく、夫妻に連れて行く旨を伝えて出発する。
「アイリス、以前君に宝石商を紹介してもらったな」
「ん、何か他に売りたいものでもあるの? 道、忘れちゃった?」
ディーは、クラウを乗せた荷車を引きながら、道々アイリスに確認をする。
「いや。君は店のご主人と知り合いのようだったし、他に木材や石の店を知っていたら教えてもらえないかと思って」
「木材と石材のお店ねぇ……」
ほこらを作るためには、材料を集め、製作技法を学ぶことが必要だ。教職にあった父にねだって教えてもらったので、ディーは会話と読み書きには不自由していない。残る問題は良い店を選ぶことだけ。
そう結論付け、ディーは自分よりは確実にこの町に詳しいアイリスに聞くことにした。
「いいよ。知り合いじゃないけど、いくつか場所は知っているから。お休みの日にでも、案内するね」
彼女は快く引き受けてくれたが、不思議そうに首をかしげて言葉を続けた。
「でも、木材と石なんて何に使うの?」
「あぁ……ちょっと作りたいものがあって」
「昨日も言ってたね、それ。もしかして、あの大きな紙に書いてあったほこらの事?」
問われても、女神のことは話せない。ぐっと唾をを飲み込んだところで。
ぐらり、と地面が揺れた。
「二人とも大丈夫か?」
地震によろめいたアイリスを支えて、荷車のクラウを振り返ると。彼の黒い目は港の東側――街を見下ろすようににそびえる山に向けられていた。
「どうかしたのか?」
「なんでもないし、何かあってもお前に言うわけないだろ」
すげなくあしらわれて、しょんぼり落ち込む。
「ディー、助けてくれてありがとう。最近多いよね、地震」
「……どういたしまして」
アイリスの優しさに気をとりなおし、揺れが収まってから出発したものの。
「そういえば、ほこらを作りたいって言ってたけど、どんな神様をお祀りするの?」
終わっていなかった彼女の疑問。うろたえるディーを見かねたのか、依代から出てきた女神の囁きはこうだ。
(仕方ないな。お前の姿や神と共にあるとは言わず、私の偉大さだけを伝えるといい)
はぁ、とため息をついた。偉大さと言われても、姿のことを話せないなら、何を話せばよいのやら。
「自分が奉じている神は、ラジーニア様という清流の女神なのだ。自分の不注意でほこらを壊してしまったから、今はこのペンダントを依代にしてもらっている」
首に下げたドラゴンの牙を揺らすと、アイリスだけでなくクラウまでがじっと見入っている。
「……なんか変な匂い。これがカミサマか?」
「変とはなんだ、変とは! 爽やかでかぐわしいと言え!」
女神は顔を真っ赤にして怒鳴ったが、彼に聞こえるはずもない。ククッ、と思わず笑い声を漏らしてしまったディーに、アイリスが心配そうな顔でこう口にした。
「ねぇディー、あなた、誰かに『金もってこい』とか言われてない?」
「えっ」
「ほこらを建てないとタタリがありますよ、とか脅されているんじゃないの?」
「ち、違う」
ディーにはアイリスがなぜこんな事を言うのか分からなかったが、謎はすぐに解けた。
「だって、ラジーニアなんて神様の名前、一度も聞いたことないもの」
彼女の言葉を聞いた女神の表情といったらなかった。
一度は髪と同じくらいの顔面蒼白になったかと思うと、次の瞬間には炎もかくやという赤に染まる。
無理もない。ほこらの古さからして、ラジーニアが力を失ったのはかなり昔の話だろう。話を聞く限りでは地域に根ざした土着信仰だったようだし、十年前後しか生きていないアイリスやクラウに知識を求めるのは酷だ。
「ディートハルトよ、私の言葉をそこの少年少女に伝えろ! 信者になってもらうとな!」
「あ、あの、ラジーニア様?」
布教ってこんな感じでいいんですか? と確認しようとしたディーは、憤怒の形相で急かされてため息をついた。
「アイリス、クラウ。君たちには見えないだろうが、この辺にラジーニア様がいらっしゃる。ええと、それで……信者になって欲しいんだそうだ」
三人が面を突き合わせる真ん中。ふわふわ浮かぶ女神の輪郭を指でなぞったディーに、アイリスとクラウはそろって哀れみの視線を向けてきた。
「本来は女神を崇める心が必要不可欠であるが、今回は特別に! 見たい聞きたいという気持ちだけで勘弁してやろう。二人とも、手を出すのだ」
ディーは女神の言葉を伝え、アイリスとクラウに手を差し出すように、と頼んだ。
「汝、清流の女神ラジーニアの信徒なり! 万物流転の世において、変わらぬ守護を授けよう」
少年少女と手を合わせ、高らかに宣言するラジーニア。
「う、うそ……。まさか、本当に?」
「お前がカミサマか?」
「こらこら少年少女、無礼であろう。ラジーニア様と呼べ。そして私を崇めるのだ!」
アイリスとクラウの前には、また少し大きくなった女神ラジーニアの姿。満面の笑みを浮かべ、実にエラそうである。
「で、でもいくらいきなり現れたからって、本物の神様だなんて信じられない」
「そうだそうだ!」
打ち合わせをしたわけでもないのに、二人は息ピッタリである。なぜだろうと首をかしげるディーの耳に、アイリスの言葉が突き刺さった。
「何かの手品かもしれないし……ディーは騙されやすいんだから、私が気をつけてあげなきゃ」
「なぜそうなるんだ? アイリス、自分は騙されてなどいない」
ディーはアイリスの心配を否定したが、『はいはい』と聞く耳を持ってもらえず。
「金をとられてたやつの言うことなんて、信じられない」
ニヤニヤ笑いのクラウに止めをさされ、ディーはぐうの音も出ない。だが、放っておかれた女神はそれどころではなかったらしい。
「お前たち、神を無視するとは何事だ! 私は荒れ狂う流れを鎮めてきた清流の女神だぞ! 水を清浄に保ち、奉ずるものは生水に当たらないと、人間たちはそれはもう感謝したのだ。きれいな水がなくとも生きていけるというなら、そうするがいい! お前たちを汚水の中で這いずるゲテモノに変えてやるからな!」
涙を浮かべた女神の叫びに、ディーはぞっとした。ラジーニアは自分を人間の姿にしたのだから、他の姿にすることもできるに違いない。信者の増えた今ならなおさらだ。
「アイリス! クラウ! ラジーニア様を慰めてくれ、頼む!」
人目が少ない場所に移ってからの懇願に、二人は『しょうがないなぁ』という顔で協力してくれた。
何とかラジーニアに機嫌を直してもらって、依代へご帰還頂けたのだ。
粉ひき作業を終えて、店に戻った後。粉を裏の倉庫へしまって、今日の仕事はおしまいだ。
ディーは自分の部屋へ、アイリスとクラウはパン屋の上階へ。手を振ってお別れする際、クラウ一人が走ってきてディーの服を引っぱる。注意深く服の匂いをかがれ、上から下までじろじろ見られた。
「お前のなさけない顔、あいつに守られるのが似合ってるな」
「……アイリスは療養中なんだろう。怪我に障るかもしれないことはさせられない」
どうして彼はいつも自分に敵対的なのだろう、とディーはぼやいた。何かクラウを傷つけることをしてしまったのだろうか?
歯を見せてキシシ、と笑うクラウを見送って、ディーも帰路につく。
首に下がったドラゴンの牙をもてあそびながら、うーん、と体を伸ばす。泣き疲れたのか、女神が出てくる様子はかけらもない。
まぁいいか、とひとりごつ。
なんにせよ、ラジーニアの信者は二人も増えたのだから。