序
ぱちぱち、と。
何かが爆ぜる音がする。
ディートハルトは麦わらを敷いた寝床から顔を上げ、周りを見回した。小屋の窓から、オレンジ色の炎に包まれる市街が見えた。
鼻をつく煙とこげ臭さに、へくしょん! とくしゃみが飛び出た。
「父さん……どこです?」
にじむ涙をぬぐって身を起こす。
体をブルブル振って麦わらを落とし、父の姿を探した。
鼻先で戸を押して小屋の外に出ると、ぶわりと熱気が押しよせてくる。小屋まわりの校舎や図書館はまだ燃えていなかったが、時間の問題だろう。
「ディートハルト! 良かった、無事だったか」
「父さん! ……怪我をしているのですか?」
額から血を流す父に、しっぽを引きずってかけよる。
「ディー、いいかい? よく聞きなさい」
傷を舐めようとする彼を押しとどめ、父は静かにこう言った。
「お前はもう一人でやっていける。飛んでここから逃げるんだ」
「逃げる? なぜです?」
「このまま街にいたら、人間同士の争いに巻き込まれてしまうんだ。お別れだよ、ディー」
「そんな、父さんを置いていくことなんてできません」
ディーがそう言うと、父はぐっと言葉に詰まったようだった。
片手で顔を覆い、大きなため息をつく。
「しつこいぞ! お前みたいなデカブツがいては、私が逃げるのに苦労するじゃないか。まったく、ドラゴンの子供なんて拾うんじゃなかった。どこへなりとも行ってしまえ!」
そう吐き捨てた父は、ディーをちらとも見ず、背を向けて走り去った。
「デカブツ……」
いきなりの暴言に訳が分からない。
「ドラゴン……」
ふらふらしながら背の翼を広げ、助走をして地面を蹴る。
空に舞い上がれば、街のあちこちで炎が上がっているのが見てとれた。いたるところで白刃がきらめき、聞こえる悲鳴に怒号、物の壊れる音。事切れた親から、泣き叫ぶ赤ん坊をむしり取る輩までいる。
「父さん?」
視界の隅に父が映った気がして、方向転換。地面に下りる。
「父さ……」
言葉の途中で気づいた。背に大きな切り傷を作った父が、血だまりに倒れていることに。
「父さん、起きてください、父さん」
何度も鼻先で体をつついた。
けれど、父が目覚めることはなかった。