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星戦のフェリシア  作者: 重力小波
LORD OF STARGAZE
8/12

邂逅、そして覚醒 7

パンッ、と乾いた音が響いた。同時に黒爪の腕が弾き飛ばされ、狙っていた京介の首から外れた。不思議に思っていると、再び乾いた音が連続で鳴り響き、頭部や胴体に衝撃を受け、軽く吹き飛ばされ、地面に倒れた。


「テメェには卑怯と思わねぇぜ、蝙蝠野郎。」


京介が声の方を向くと立っていたのはフェリシア。その手には京介のあの拳銃が握られ、硝煙がもくもくと天にむけて上っていっていた。


「フェリシア…なぜ戻って…。」


「やられっぱなしは性にあわなくてね。なによりどんな理由があろうが、知り合いを見捨てて逃げたなんてみっともなくて生きてられねぇよ。早く逃げるぞ。立てるか?」


「ボクはだめだ…。それより君こそ早く逃げろ…。」


京介の苦言を無視して、フェリシアは彼を背負った。それからユニカとキオが縛られたビルに向けて駆け出そうとするが、黒い影が行く手を遮った。


「チッ…。やっぱりピストル程度じゃ死んでくれねぇか。」


苦笑しながら舌打ちをするフェリシアに対し、黒い影…黒爪クラウスの顔は怒りに満ちていた。


「当たり前だろうガァ!アア!俺ら星輝士がテメェら虫けらどもの武器で殺せるわけねぇだろうがァ!アアアア!畜生めガァ!ゴミクズが二度も俺の任務の邪魔をしやがってェ!」


彼に先ほどまでの強者の余裕はない。いきなり不意打ちを、しかも見下していたノーマルにされたこと、そして仕事を二度も邪魔されたことが冷静さを失わせ、怒り狂わせていた。それに同調するように周りのカラスも「ガァガァ」と怨嗟の声をあげた。


「ゴミどもめェ!殺す!カラスさんのエサにもならねぇほどグチャグチャに殺してやらぁ!」


黒爪の服に無数に生えた黒い羽が逆立ち、二倍、三倍にも体が膨らんだように見えた。そのシルエットが一気にしぼんだかと思うと、一瞬後、あの黒羽が四方八方、無差別に発射された。


一本や二本程度ならば避けることもできただろう。だが、百本近くも迫るそれを回避することは不可能だった。被弾し、フェリシアは京介ごと地面に倒れた。お互いの血の筋が、河川のように合流し、赤い海をつくった。


「助けにきて、このザマか…情けねぇな。」


自嘲するフェリシアだが、口の端から漏れる血の泡は、それが今度こそ強がりだと証明していた。


「いよいよ俺も年貢の納め時ってヤツか…。」


因果な行いをしてきたのだ。こんな風に終わるのも必然かもしれない。フェリシアはそう思った。ヴァーゴの住人特有の諦めの悪さとは矛盾しない、潔さを彼女も持ち合わせていた。


だが、その住人ではない彼は違う。剣備京介は諦めない。もう二度と後悔はしたくないから、守るべきものがいるならば立ちあがり続ける。


「ハッ…大した野郎だよ、お前。見直したぜ。」


そんな姿を見てしまってはフェリシアも立ち上がらなければならない。ヴァーゴでない人間が立ち上がれるならば、負けるわけにはいかない。それがヴァーゴの住民の矜持だった。


「だがよ、このままじゃ二人とも死ぬだけだぜ。何か方法はないのか?」


「…一つだけ、方法がある。だが、とてつもない代償を君は払うことになる。」


悩み抜いて京介は言う。また自分のせいで誰かが犠牲になるのではないか。その苦痛が彼を苛んだ。


だが、彼女はそれを笑い飛ばした。


「ハッ。面白れぇ、教えろよ。なににせよ、死ぬよりはマシだろ?」


生きていることそれ自体がリスクの塊だった。そんな彼女にとって代償など取るに足らない言葉だった。その意を汲んだ京介はうなずいた。


「答えは君の懐に入っている。」


「なに?どういう意味だ?あ、おい!」


その答えを言わずに、京介は駆け出す。黒爪を少しでも足止めするために。フェリシアが京介の賭けに乗ったように京介もまたフェリシアに賭けたのだ。フェリシアからは何のオーラも見られないが、彼女が自分と出会い、モノを盗み、京介や黒爪と戦ったことは偶然とは思えなかった。もし彼女が星に選ばれしものであれば、導きによってその意味がわかるであろう。


「クソッ…一大事にわけのわからねぇことを言いやがって!」


自分の懐に答えがある?彼女の胸のポケットにあるのはゴミと…京介から盗み取ったサイフだけだった。これが答えだっていうのか?


だが、そのサイフはごく普通の量産品であるようにしか見えなかった。確かに何十枚も100ドル紙幣が入っていたがこれがなんだというのか?苛立ちながらそのサイフの中をまさぐった時、そこから何かが一枚、彼女の足元に舞い落ちた。


「これは…?」


黒爪は三度挑みかかってきた京介を何度も殴りつける。だが、その度に彼は立ち上がり、また対峙する。まるで一枚の壁が如く、行く手を阻もうとするのだ。黒爪にはそれが苛立って仕方がない。コンビを組んでいたころ、あんなに弱く、いたぶってやった京介がなぜ今は執拗に立ち上がり続け、これほどまでに自分の邪魔をするのか、理解できない恐怖が彼を蝕んでいた。


こいつは絶対に楽に殺さん。残虐に殺してやらねば、もう気がすまない。あのガたちも、自分に一太刀浴びせた生意気なクソも手足をもいで殺してやる。


ふとそこで、あの生意気な小僧の姿を見失ったことに気づいた。そういえばヤツはどこに…。


「おい、クソ野郎!」


呼びかけられ、黒爪は京介を殴る手を止め、思わずそちらの方を向いた。あの生意気な小僧-フェリシアが何かを見せるように立っていた。


それは手のひらサイズほどの、極彩色の羽だった。


「お前の言うヤツはこれか?」


見るものの目を奪うほどのその華麗さに、黒爪は思わず動きを止めてしまった。だが、すぐ気づく。それは京介が獅子王財閥から盗み出したもの、そして黒爪が探していたもの…。組織の中でも最高のランク付けをされ、厳重管理されていた代物。


それは星導器…。星の力が封じられし、聖なる道具。選ばれしものに星輝士の力を与える女神の神具。


「そいつだ!フェリシア!そいつを使え!」


黒爪が何かを言う前に、京介が叫んだ。あまりにも曖昧な指示。だが、フェリシアにはこの羽をどう使うのか、何故だか理解できていた。


フェリシアはその羽を口に入れ、呑み込んだ。


「お前…!なにして…返せぇぇぇぇ!」


黒爪が怒り狂い、絶叫して飛びかかってくる。その速度は人間の速さではなく、反応できるものではない。一瞬で距離を詰め寄ると、鉄さえも切り裂こうかというカギヅメをフェリシアに大きくふるった。


その爪に、フェリシアは容易に反応すると、簡単に避け、黒爪の視界から消えた。


「な…?どこに…?」


直後に彼女がどこにいるか気づく。自分の後ろに気配がしていた。カギヅメとともに振り返ろうとしたところを、顔面への強烈な右ストレートが襲った。


「おべろほ!」


絶叫とともに吹き飛ばされる黒爪。地面に叩きつけられた彼はすぐに立ち上がることが出来なかった。ダメージもそうだったが、それ以上にショックの方が大きかった。


「そんな…バカァな…。」


自らの目にした光景を信じられず、黒爪は呟いた。


「フェリシア…やはり君は…。」


京介は目にした光景に感動し、呟いた。


両者が等しく見た光景、それはフェリシアの姿。白く光り輝く神々しい姿は、星々の光にも勝る、神の戦士のようだった。


「覚悟はいいか、クソ野郎。テメェをお星さまにしてやらぁ!」


フェリシアは星輝士となったのだ。


フェリシアの体には先ほどまでの痛々しい傷はない。星輝士特有の回復力が覚醒と同時に発動したのだ。


「ぐ…貴様…。自分が何をしたのか。わかってるのカァ?」


黒爪が震える足をこらえつつ立ち上がる。その様子をフェリシアは鼻で笑った。


「少なくとも、テメェをぶち殺せる力を手に入れたことは分かったぜ。」


「ほざけ、ヴァーゴ地区のゴミが。」


罵りつつも、黒爪は焦りを覚えていた。ヴァーゴ地区の不良が突如として星輝士に覚醒したこと、しかもそれが盗み出された星導器が使われたこと、そしてそれを阻止出来なかったこと。予期せぬ事態の勃発と、その自らへの責任。もしこれが組織に発覚すればタタではすむまい。非常にまずい状況であったのだ。


この失態を取り返すには全てをなかったことにするしかない。京介も、このチンピラも殺し、彼らも星導器も行方不明として処理するとしかない。

「まさか星輝士に覚醒するなんてな!驚いたが…。いい気になるなよゴミめ。お前なんて…」


俺はスカウト役として多くの新米や野良を散々相手をしてきた。強力な能力、素質を持つ者も、最初は戦闘もしたことないルーキーに過ぎない。慣れない能力に戸惑うヤツを、俺は悉く打ち倒し、服従させてきたんだ。


長い月日を星輝士として過ごし、鍛え上げた熟練の腕とその実績が黒爪を強者だと自負させてきた。目の前の新たな星輝士も、今まで見てきた新米に過ぎない。だが、どういうわけだろうか?足が震えて仕方がない。


この感覚を彼は知っている。恐怖という感情により引き起こされる感覚だ。


「この俺が恐怖…?ありえない、ありえない、ありえないィィ~~~!そんなことがあってたまるカァァァァァ!」


その黒い服を乱しながら絶叫し、その感情を否定せんと、黒爪は、その根源へ向けて黒羽を数本飛ばす。だが、フェリシアはその羽を全て掴んで見せた。


「なにィ?!」


「さっきまでは見えなかった。だが、今は見える。」


「な、舐めるなァ!」


先の数倍、否十倍以上の黒羽を黒爪は飛ばす。その数は二百にも迫ろう。だが、身に迫るその悉くをフェリシアはつまみ取ってみせた。


しかも、それだけではない。フェリシアに迫った羽の多くは、その体に着弾する前に、まるで蚊取り線香に仕留められた蚊のごとく地面に散り、塵となって消えていったのだ。


「な、なんだァ?」

それは身体能力の向上だけではありえない光景だった。ただ一つの可能性を除いては。


それが星輝士の能力由来のものであることに黒爪は気づいた。そしてその能力の正体も…。


バリアかそれに準ずる能力-京介とは違い、能力による分析を持たない黒爪だったが、京介とパートナーとして活動した、そしてスカウトとして経験が、その判断に至らせることが出来た。


その結論に達した時、黒爪は内心でほくそえんだ。そもそも黒爪の速度についてくること自体が並の星輝士では難しいのだ。だが、それも特殊能力由来のものであるとすれば納得がいく。


そして強力な特殊能力を持つ者はその能力に依存しがちで、素の戦闘力は低い。


であれば肉弾の、近接戦闘にもちこめば御し易い。


黒爪の背中から翼が生えると、土ぼこりをたて、宙に浮かぶ。そして空を自在に飛翔する。その速さは地上の比ではなく、黒い影が何個にも分身しているようにさえ見えた。


「カッカッカッカ!どうだ、この速さは!目にもとまらぬ速さだろう。お前のような地べたを這いつくばる虫けらには不可能な芸当だ!」


黒爪の自信は過剰ではない。その速さは京介の目をもってもとらえ切れるものではない。黒爪は広げた翼で、巨大な爪でフェリシアの周囲を飛び回り、恐怖を煽るがごとく地面や壁を切り裂いていく。


フェリシアもその速さについていくのがやっとのようだ。迫った刃をぎりぎりのところで躱しているが、とうとう黒爪の爪がフェリシアの二の腕を大きく引き裂いた。そしてそれを機に、フェリシアを切り裂いていく


「カッカァ!どうだ、虫けらァ!これが俺とザコとの違いだ。恐怖し、後悔しろ!この俺に歯向かったことをナァ!そして惨めに死んでいけ、あのガキども共々なぁ!」

黒爪は勝ち誇った笑い声をあげる。そう、この状況こそが当たり前なのだ。虫はカラスには勝てない。同じようにヴァーゴ地区のゴキブリがこの獅子王財閥の精鋭部隊、神風隊に属する黒爪クラウスに勝てる道理はないのだ。そしてカラスに襲われた虫はなにも抵抗できずに死ぬ。それもまた道理なのだ。


弱まり、徐々に傷の数も深さも広がるフェリシアを見て、黒爪の顔に勝ち誇った笑みが浮かぶ。そしてフェリシアがとうとう耐えかねて膝をつきかけ、体勢を崩した隙を見逃さなかった。


「死ねぇ!」


「フェリシア!」


京介が叫ぶが、どうしようもない。そのカギヅメがフェリシアの首筋を背後から捉えようとしていた。


「大丈夫だ、聞こえている。」


殺気。黒爪の背中に死の予感が走った。


フェリシアは振り向くこともせずに、その攻撃を躱すと、体をねじらせ、強力な回し蹴りによって黒爪を地面に叩き落とした。


「がっは…はぁ…!」


黒爪は頭への強烈な一撃により、受け身すらできず地面に打ち付けられた。呼吸が上手くできず、頭部のダメージにより、焦点を合わすこともできない。立つことすらままならない彼を、フェリシアが顔を掴み、無理やり立たせた。


「な…なじぇ…?」


呂律の回らぬ声で黒爪は問う。あんなに攻撃を受けておきながら何故攻撃を躱せることができたのか、何故攻撃を当てることができたのか。黒爪の頭では理解できなかった。


「お前は速かった。目で捉えきれんほどにな。だが、それならば目を使わなきゃいい話だ。姿は消せても音は消せない。それに…お前のような性格のヤツが最期に何をしてくるか考えれば簡単な話だ。」


理屈ではわかる。だが、星輝士同士の戦いをしたこともないニュービーが初めての実戦で出来ることではない。黒爪には信じることのできないことだった。


だが、唯一分かることがある。自分はこれからとんでもない目にあうということだ。


「さて、ようやく捕まえたぜ…。お仕置きの時間だ。」


「うご…おぶ…。」


なんとか逃れようとする黒爪だが、こめかみに食い込むほどの力の前に離すことが出来ない。自慢のカギヅメも、右は先ほど蹴られた衝撃で折れてしまい動かすことが出来ず、左は粉々に砕けていた。翼は折れ、黒羽は撃ち尽くしてしまっていた。チェック状態だった。


だが、チェックメイトではない。


「おぐ…やめ…助け…。」


「今更命乞いか、みっともないぞ。助けると思っているのか?」


「カカカ…ケケ…。アホが…これは命乞いじゃねぇ…命令だぜ!アホだらぁ!あれを見ろ!」


黒爪は視線で後ろを指す。その視線を追うと、吊るされたユニカとキオだった。そして彼女らを吊るすロープをカラスの鋭いくちばしがナイフめいてあてられていた。


「俺を殺そうとしてみろ!すぐさまカラスに命令して、あのガキどもを落とすぞ!カカカ…あの高さじゃ助カァらねぇだろうなぁ…カカ!」


その卑劣な行為に激昂して、京介が叫ぶ。


「卑怯だぞ!黒爪!」


「うぅるせぇ!黙ってろ、京介ェ!卑怯もクソもあるかよボケェ!これが俺っちのやり方よ…。さぁ、さっさと離しやがれ、ヴァーゴのアホ野郎!俺が一鳴きすれば一発だ。早くしねぇと、あのガキどもをぶち殺すぞ。」


唾をとばし、まくしたてる黒爪に対し、フェリシアは答えた。


「アホはお前だ。」


「なに?」


「俺はこう言ったな。お前のようなヤツが最期になにをしてくるかなんて考えればすぐに分かると。」


「な、なに言ってやがる!さっさと離せ。さもないと…。」


「そしてこうも言ったな。お前を星にしてやると。そしてお前はこう言った。一鳴きすればすぐだってな…。なら…鳴く暇も与えず、殺すだけだ。」


燃えるような怒りの炎の瞳が黒爪を睨みつけ、怯ませ、恐怖させた。そして黒爪は確かに見た。フェリシアの背に翼が…自分のと比較にならないほど大きな翼が片方だけ生え、赤く輝いていたのを。そして瞳と同じく、自分を焼き尽くさんと激しく燃え盛っているのを


思わず叫ぼうとするが、その喉を、突如として高熱を帯びたフェリシアの手が焼きつぶした。


「ガ…。」


熱い熱い熱い!だが、苦悶の声すら、黒爪にはもうあげることは出来なかった。足をばたつかせ、苦痛を露にする黒爪をフェリシアは天に向かって投げた。強化された肉体による遠投は黒爪をユニカたちのいるビルよりもはるか高く、はるか遠くへ飛ばしていく。そしてその体はまるで大気圏に突入した物体のように炎を帯びて小さくなっていった。


「…!…!」


叫ぶことのできないのに、苦痛のため、黒爪は大きく口を開けた。痛みと熱さが体と心を支配する中、プロとしてのプライドが取るべき行動を考える。


こ…これがあの星導器に宿られし星座の能力…。最強クラスの守護星の力…!これをボスたちに伝えなければ…これをカラスに…。


必死にそれを行動にしようとするが、どうしようもない。


「ガ…。」


黒爪クラウスは流星のごとく空にアーチを描き、その体が完全に燃やし尽くされ、この世から消えるまで輝き続けた。


「星になったな。汚い色だったがよ。」


呟くと、体力と精神の限界だったのだろうか、フェリシアはその場に倒れこんだ。そんな彼女に京介は慌てて駆け寄る。


「大丈夫か。」


フェリシアの顔は血と汗まみれだったが、彼女は苦しそうな様子すら見せず、あの不敵な笑みを見せた。


「ああ…流石に疲れたが…。やり返してやったぜ。ヴァーゴの奴らも、変態野郎、お前の分もな。」


「変態…それってボクのことかい?」


「だってそうだろう?人の体をあちこち触りまくってよ。ありゃ変態だ。」


「あれはその…勘違いだ。それにボクにはちゃんとした名前がある。」


「へぇ、なんて言うんだ?」


「京介。剣備京介だ。」


自らの名前を名乗り、京介は手を差し出す。やや一瞬間を置いてフェリシアはその手を受け取り、立ち上がった。


「俺はフェリシアだ。」


握手した手を固く握りしめ、フェリシアは不敵な笑みとは違う笑顔を浮かべた。そして踵を返すとユニカとキオのもとに向かった。


その後姿を京介は見つめる。この結果が本当に正しかったのか、彼には分からない。目先の危険は乗り切ったが、星輝士となってしまった以上、おそらく彼女には今日以上の、そして死よりも苦しいことが待ち受けているだろう。京介も切り札を切ってしまった今、より苦境に立たされることは間違いない。


だが、後悔はない。今まで縛られていた残虐な螺旋から抜け出せたのだから。助けられる命を救うことが出来たのだから。そして…。京介は右手を見つめ、ほんのり残ったぬくもりを感じる。フェリシアが星輝士になった時、自分は思わず目を奪われた。その絶世の美しさに。そして何よりフェリシアが最後に見せたあの笑顔。あれを見ることが出来たのならば、後悔など残り様もない。


なんだ、普通に笑えるんじゃないか…。


彼自身も小さく笑うと、その笑顔の持ち主の背を追いかけた。



「また一つ星が消え、また一つ星が瞬いた…。」


世界のどこか、ビルも都会の喧騒もなにもない草原で一人の男が満点の星空を見上げている。どの星も貴賤なく瞬き、その輝きを男に伝えている。


その男の隣に小さな男の子が立った。

「また星輝士が星へ導かれたのかい?」

その反対側に小さな女の子が立った。

「また新たな星輝士が星に導かれたのね?」


そうして男の周りを少年と少女はぐるぐると周り、お互いを追いかけ合う。その様子を微笑して見つめていた彼は、やがて少年と少女を肩に乗せた。


「見てみろ。星々はずっと見つめている。私たちが滅びるまでずっと見届けているのだ。その行く末を…。」


「どう死ぬのかをかい?」


「どう生きたかをじゃない?」


「両方だ。そして私も見届けねばならない。当代の星戦がどのような過程になるのかを、そしてどのような結果になるのかを。」


「秩序を生むか。」


「混沌を生むか。」


「私は見極め、見定めねばならない。星輝士たちがどのようなあり方であるのか。そして真に強き者、神の座にふさわしき者は誰なのか…。」


「預言に従って?」


「裁定者だからさ。」


「両方だ。そして秩序と混沌の均衡破れし時、私は…。」


そこで言葉を止めると、男は方から少年と少女を下ろし、踵を返して歩き始めた。


「いっちゃうのかい?」


「いっちゃうのね!」


彼らの哀し気な声に男は後ろ手をふって答えた。


「ああ、行ってくるよ。」


男は歩き出す。長い道のりを止めることなく。その姿を星々の輝きがずっと見送っていた。


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