邂逅、そして覚醒 5
この男を京介はよく知っている。黒爪クラウス。かつて仕事上のコンビを組んでいた相手であり、そして師子王財閥の私設部隊、威力部門の一員で主にスカウトを務めている、冷酷な男だ。
「なんだよ、その敵意に満ちたような挨拶はよ。ファーストネームで呼んでくれよ。コンビを組んだ仲だろ?」
「仲?冗談だろ?僕はいつもお前に虐げられてたじゃないか。」
「あんなの可愛いイジメの範疇だろ。ほら、日本だとよく言うじゃねぇか、好きなヤツにほどイジワルするってよ。」
「それは加害者のいいわけだ。実際には陰湿なリンチだ。」
軽口をたたきながらも、京介は内心焦りを覚えていた。あまりにも早すぎる彼の所業の発覚と追手の手配もさることながら、その追手が烏森であることが非常に危険な問題だったのだ。
「何しに来た?僕を連れ戻しにきたのか?」
「カッカッカ。まぁそれもあるけどよ、返してもらうべきものを返してもらいに来たのよ。」
「なんの話だ?」
「とぼけるなよ。テメェが保管庫から盗み出した星遺物だ。そいつを持ち逃げされたことがバレたら俺ら神風隊の地位がやべぇんだよ。」
顔は冷や汗をかきながら、頭脳は冷静に計算をしていた。どうやら京介を追っているのは組織でも黒爪を含め一部のみ。おそらく責任を逃れるために組織全体に発覚前に京介の始末と盗品の回収をする算段だろう。であれば発覚を防ぐため、箝口令が敷かれて京介の所業を知るものはほんのわずか。その中でも動いているものは数人。しかも急ごしらえの作戦であろうから相当粗もあるだろう。
であれば、ここで黒爪を始末すれば、まだ逃げ切るチャンスはある。
だが、出来るだろうか。黒爪の強さはコンビを組んでいた京介自身が一番よく知っている。組織全体で見れば下位の実力だが、それでも京介が敵う相手ではない。
話を引き延ばし、隙を作り一撃で倒すしかないか。
「よく僕がいる場所が分かったな。」
「俺の能力を忘れたカァ?探索は俺の得意分野さ。」
「フン、なるほど。ここに隠れるのはマズかったか。ここは生ごみや産業廃棄物が多いからな。さすがはゴミ漁りのカラスというべきか。」
「…オメェ、俺を…カラスさんたちを馬鹿ァにしてんのカァ?」
黒爪が急に殺気立ち、コートについていた肩や背中の羽が逆立った。それに呼応するかのように、周囲のカラスたちも怒り狂ったように鳴き喚いた。彼の逆鱗や沸点はコンビを組んでいた京介がよく知っている。怒るように仕向けたのだ。冷静さを失わせ、隙をつくるために。
無論、怒り狂って、攻撃に転じられても勝ち目はない。やや怒らせすぎたと見た京介はその怒りを肩をすくめることでやんわりと受け流し、話をそらした。
「…この惨状はなんだ。お前がやったのか?」
血だまりの広場を京介は見渡す。死体が視界の端にうつる。どこから嗅ぎ付けたのか、カラスが数匹降り立ち、死体の肉をつまんでおり、それを見て不快気に目を細めたが、それを知ってか知らずか、黒爪はキャーロットに跨り、体を揺さぶり喜びを表現した。
「その通りよぉ、俺っちの仕業よ。男6人に女3人。あまりホネのあるヤツはいなかったがなぁ。」
「なぜこんなことを…。」
「一般人の悲鳴、絶叫…それを聞いたら優しい京介クンなら助けにくるだろうと思ってね。」
「なに…。そんなことのために?お前ならばカラスを使えば簡単に僕を発見できただろう。」
「そう。だカァらこれは建前。ホントは特に理由はねぇ。」
予想外の答えに、京介は眉をひそめた。
「なんだって?」
「まぁ強いてあげるなら暇つぶしとかストレス解消とか、そんな感じカァ?」
悪びれる様子もなく黒爪は言い放つ。唖然とし、そして怒りを覚えたのは今度は京介の方だった。爪が食い込むほど拳を握りしめ
「ふざけるな!お前は…お前たちはなんでそんなに息を吸うように人を殺せる!なんでそんなくだらない理由で人を殺せるんだ!?」
「おいおいおいおいおいおい。」
突然怒り出した京介に、黒爪は戸惑っているようだった。宥めるかのように手を前におしだす。
「急に怒り出してどうしたんだ?カァルシウム足りてないんじゃないか?俺たち星輝士は人間を超越した存在…であれば価値のない無能力者どもをいくら苛んでも問題ないだろ?」
それがごく当たり前の行為であると、殺戮は当然の権利であると黒爪は言い放つ。邪悪が人の形となったものが黒爪クラウスであるように京介は思えた。いや、そもそも彼は最初から知っていたのだ。知っていながら今日まで彼の、そして彼らの行為を止めなかった。従順なフリをして黙って付き従ったのだ。それが”あの悲劇”を生み出した。それに耐えられなかったからこそ、彼は勇気を振り絞り、脱出したのだ。
だが、今再び人の姿をした悪鬼が彼の道を惑わそうとしている。この男を打ち倒さねば前に進むことは出来ない。であれば…。
体に宿す星のエネルギーを全身に巡らせる。身体中に力が漲るのを感じる。その様子を見てとった黒爪がわずかに警戒の色を露にした。だが、その顔には余裕のがにじみ出ている
「やる気かよ?やめとけ、やめとけ。お前じゃ俺には勝てねぇって。いつもみたいにボコボコにされてぇのカァ?」
「黙れ。やってみなきゃ分からないだろう。それに、俺は貴様を許さない。」
怒気のこもった声で叫び、京介は駆け出した。距離は数mもある。だが、どういうわけであろうか。京介は数秒かかるであろう距離をわずか一秒で駆け抜け、しかも黒爪の後ろに回り込んでいた。
やった、そう思った瞬間、呆れたような黒爪の声が届いた。
「あ~あ~。やっぱりダメダメ。」
黒爪はその速さに一向に驚く様子なく、裏拳の一撃で京介の動きを止めた。思わず嗚咽のもれる京介…。だが、それに追い打ちをかけるように目に見えないほどの速度で三発、腹部に拳を繰り出すと、締めにあん馬めいた態勢から京介を蹴り飛ばした。
「かはっ…」
京介は壁に打ち付けられ、口からは血のまじった唾が吐き出された。立ち上がろうとするが、脚が震えて立つことができない。
「だカラスぁ、言っただろ。」
黒爪は上から地面にへたり込む京介を嘲る。憎悪と戦意のこもった目で睨み返すも、それすら黒爪には愉快なことにすぎないらしく、「お~怖」と呟いた。
「ひょっとしてたった一回で終わりか?あんな偉そうなこと言っておいて、カッコ悪いねぇ、京介チャンよ。」
「黙れ黒爪!俺はまだやれるぞ。」
「相変わらずお口の方だけは達者だねぇ。よっし、京介クンが頑張れるようにご褒美をあげちゃおうかな。」
黒爪の下卑た笑みに京介は背筋に悪寒が走る思いだった。この笑みの意味するところを、パートナーだった京介はしっている。彼が任務中、遊びと称して残虐な行為に勤しむ時、そしてそのアイディアを思いついた時にいつも浮かべる笑みだ。
無言で黒爪の指さす先を追う。空だ。すでに夕焼けに染まりつつある空に一点、黒い影が集まりつつある。カラスの集団だ。そのカラスたちはなにやらビルから吊るされた何かに群がっているようだった。それが何であるか、モノクルを通してならば数km先ですら見える京介には見えていた。しかし、ああ、なんということだろうか。
カラスたちが群がっていたのは、あのキオという少年とユニカという少女だった。
「黒爪ェ!貴様ァ!」
「カッカッカッカッカァ!よかったぜぇ、すンげぇ喜んでくれてよぉ。」
自らの手を、太ももを、腹を叩きながら黒爪は爆笑する。京介の絶叫に合いの手をいれ、そのハーモニーを楽しむ。
「お前…なんてことを…。なんであの子たちを…。」
「なんでって…あのガキどもがあんな風になってるのは、お前に責任があるんだぜ?」
「なに?」
「あのガキどもがお前のことを教えてくれたんだ。お前がこの近くにいるってなぁ。お前が接点もったせいでかわいそうに。オヨヨ…。お前が巻き込んだんだよ!」
「…!」
「だが、安心しな。あのガキどもはまだ生きてるぜ。俺も鬼じゃねぇからよぉ…子どもを殺すには忍びなくて…。でもよ、俺の愛しいカラスちゃんたちは酷くお腹が空いててな。我慢できず食べちゃうかもしれねぇなぁ…。」
黒爪の言う通り、キオとユニカは体を縛られ、既に声が枯れているようだったが、カラスたちから逃れようと身動きしている様子はまさに生きていることの証明だった。だが、それを嘲るかのようにカラスたちがちょっかいを出して弄んでいる。いつ、カラスたちが襲い掛かってもおかしくない状況のようだった。
「あのカラスちゃんたちは俺の命令で動いている。ってことはだぜ、京介クン。俺を斃せれば、あのガキどもも助かるかもしれねぇなぁ。カッカッカ。どうよ、やる気でてきただろ?」
京介の瞳に、火が灯った。何としても黒爪を斃す…。それがあの子たちを助ける唯一の方法であり、自分に責任があるならば、やらねばならないことであった。
震える足腰をこらえながら、京介は立ち上がり、構える。その様子を黒爪は面白そうにみていた。
「うおおおお!」
叫び、黒爪に飛びかかる。先ほどよりもスピードのない攻撃を、黒爪はいとも容易くかわし、顔をなぐりつける。京介は怯まず、再び殴りかかるが、またも叩きのめされてしまう。京介は何度も黒爪に挑み、そして同じ数だけ返り討ちになった。十数回目でもう立つことすらできなくなっていた。
やはり敵わない…。これが獅子王財閥の精鋭部隊、神風隊の一員の力…。
黒爪の力は京介では及ばないほど強力であった。その力の差を目の当たりにし、京介の心はもう折れかけていた。
「弱いってのは悲しいねぇ、京介クン。何も守ることができず、ただただ奪われるだけ。」
ため息をつきながら黒爪は京介に近づき、見下すように言い放つ。
「これじゃあ、犬死にだな。あの女も、あのガキどもも。皆、皆、お前のために死んでよ…。笑えるね、まったく。」
「…。」
「それでお前も死ぬ。」
黒爪の両手を、巨大なかぎづめが覆った。その形状は周囲に散らばる哀れな犠牲者たちの傷跡と一致する。こんな鋭利かつ巨大なものに切り裂かれれば、ひとたまりもないであろう。それが例え、星の力で強化された人間であってもだ。そのカギヅメを黒爪は容赦なく京介に振り下ろそうとした。
「ようやく追いついたぜ、クソ野郎。」
不意に横からドスの効いた声が投げかけられ、黒爪は動きを止めて向き直る。立っていたのは見知らぬ青年…。だが、同じく向いた京介には彼が、否彼女が誰だかわかっていた。
「きみは…。」
恐るべき戦乙女、フェリシアである。