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星戦のフェリシア  作者: 重力小波
LORD OF STARGAZE
2/12

邂逅、そして覚醒 1

アメリカ、カルフォルニア州の西部に浮かぶ島「スターゲイズ島」はかつて先住民たちが星を使った占いやまじないをする場所であり、そのことが現在の島名の由来にもなっている。ほんの百年近く前は百人ほどの島民が住む静かでのどかな、大きくもない島であったが、日本人「獅子王百蔵」を代表とする日欧の企業家たちが「獅子王財閥」の立ち上げをし、投資と開発を行うと島の経済や生活は急速に向上した。


ただ、百蔵たちがなぜこの島に着目したのかは今もって不明のままである。さほど多くはない資源、不便な交通が背景にありながら行われた開発は当時有識者たちに「高貴な実験」と嘲られたものだ。だが、数年後に行われた禁酒法とは異なりこの実験は大成功に終わった。噂によると密造酒の売買や談合、インサイダーなどダーティな手段を用いたとも言われているが、スターゲイズ島はアメリカ西部の代表的な都市となった。


大戦が始まっても他の多くの在米日本人や、日系人とは異なり百蔵は財産の没収や強制収容所への連行はされなかった。むしろ彼は積極的に米軍に協力し、その豊富な脈を以て、艦船や武器の製造と売買、情報や人員の提供をし、より多くの富と人脈を米国で築くことに成功したのだ。その後まもなくして百蔵は死去したが、彼の後継者や子孫たちはその資産をただ食いつぶすだけではなく、むしろそれを元手に富を増やし、島の開発と埋め立てが進め、経済と土地面積は広げた。現在では中心部に住む人間のほとんどは中流階級層となり、国内でも平均資産は高い。


 だが、光あるところには影がつきまとうのが世の常である。百蔵のようになることを夢見て破れていった移民たちが星の数ほどいるように、今現在の島民たちが皆裕福な暮らしを送れているわけではない。島は黄道十二星を冠した名前を与えられた13の地区に分けられているが、そのうちの第九地区「ヴァーゴ」は、その名の通り、未開地を開拓されることを期待して名づけられた。そしてその開発は見事に―失敗した。無謀な投資と無計画な開発、そしてバブルの崩壊が生み出した大失敗であった。計画は途中で凍結されたが、鉄筋やコンクリートの塊は泡のごとくすぐに消え去るものではない。「ヴァーゴ」はめでたくゴーストタウンの仲間入りとなり、そして後々、様々な事情を抱えた―たいてい暗い―連中の住処となり、スラム街と化した。今では行政も開発者たちも手を出せない、というより放っているのが現状で、大多数の島民にとって「ヴァーゴ」はゴミだめ、タブーとなっていた。


だが、身を隠す理由のある者にとって、「ヴァーゴ」は砂漠のオアシスよりも価値のあるものに違いない。この日、この地区に初めて足を踏み入れたある日本人男性にとっても、それは同様だった。


奇妙な男だった。顔も身長も、髪型すら普通の若い男で、ただ歩いているだけなら、すぐに忘れてしまいそうな存在だった。日本人ということでさえ、この島では別段珍しくもないから没個性の一つとなっていた。だが、服装はと言うと、高級ブランドのスーツを、よれよれの状態で着ており、そして右目には黄金色に輝くモノクルをつけていた。貧相な風貌と外観に比べて豪奢な装飾品らのアンバランスさがギャップを生み出していた。


男は周りの怪訝な視線には目もくれず、ひたすら後ろを気にしながら走っていたが、次第にスピードを落としていき、ついには立ち止まるとため息とともに一言もらした。


「逃げ切れたか…。」


住民はこの言葉を聞いて安心した。男が権力機構に属するのではなく、自分たちと同じ人生の落伍者であることに確信を得たのである。


実際男は落伍者であり、逃亡者であった。彼が逃げているのは借金取りからではない。会社の人間であり、ともすれば法の番人たちからである。彼は勤めていた企業のある財産を持ち逃げしてきたのだ。


男の名前は剣備京介。つい数日前まではこの島を支配する大企業、「獅子王財閥」の第七研究部に所属し、島の上流階級として高禄をはみ、人生を謳歌していたのだ。そんな生活を捨て、逃亡者として自らの身を落としたことになんら後悔はなかった。それに勝る価値が、この旅にあるのだ。


「少し早かったか。」


大企業に勤めるにふさわしい腕時計を見る。時刻は午後二時をちょうどすぎたところだった。


早まったかもしれない、と内心舌打ちをしながら、京介は額の汗をぬぐった。実のところこの逃亡劇は以前から企んでいたのだが、実行段階にまで計画は十分に練られていなかったのだ。それでも決行に及んだのは二度はないチャンスに思えたからのだが、尚早だったのかもしれない。少し、冷静な判断が出来なくなっていた状況だったのだ。


それなりの工作は施したものの、急ごしらえのハリボテである。良くて数時間、誤魔化せる程度であろう。その前に島を離れる必要があるが、もしかするとすでに気づかれており、追手が放たれている可能性もある。


だがいまさら悔いても仕方のないことだ。


スターゲイズ島と本土の間には橋がない。これはかねてより批判の対象となっており、交通の便や流通をよくするためにもつなぐべきだという意見が多いのだが、当局は様々な理由をつけて退け、一部の住民も「景観を損ねる」という理由から反対運動を起こしており、計画の目途すらたっていない状況である。一説には獅子王財閥が握りつぶしに大きく関わっているのだ、と囁かれるが、橋の建設に反対したところで彼らにメリットなどなく、むしろ橋を作った方が利益が多く見込めるのに、出資などをしないのは逆に不自然だとして、なんらかの陰謀を企んでいる、と暴論を振るうものもいる。


というわけで、島と本土の主な交通手段は航空か、船かに絞られる。空は一部の富裕層にしか使えない上に目立つ以上、京介には使えない方法だった。となると船に限られるが、正規の便は現在の状況では危険であった。というのも、スターゲイズ島では昨今のテロの脅威を懸念して乗船者の身元と荷物の確認を徹底しており、仮に財閥に犯行が感づかれているとしたら船に乗る前、もしくは降りた時に連絡を受けた追手にそのまま捕まる可能性が考えられるのだ。


それでも、どんな物事にも抜け穴はあるもので、本土からの犯罪者や不法労働者、武器や麻薬などの密輸品を運ぶ船が夜な夜な、司法当局の監視の網の目をくぐり、この島に上陸しているという。そして本土への逆もしかりであり、それらの船を管理、手配しているのが、ここ「第9区ヴァーゴ」の人間たちだとされている。彼らは金さえ払ってもらえれば客の素性は問わない。京介がここに逃げ込んできたのも姿を隠しやすいというだけではなく、そういった理由もあったのだ。


昔の仕事や人脈のツテで密輸船のブローカーは何人か知っている。問題は金が足りるかどうかだが、これは運と交渉次第だ。


「まぁ、なんとかなるさ。」


苦笑を呼吸に乗せ、京介はひとりごちた。これでも、それなりの修羅場を乗り越えてきたという自負が、彼を幾分か楽観的にさせていた。


第九地区ヴァーゴは計画が放棄された建築物や、無計画に乱造された道路、そして行政の承認していない違法な建築などにより混沌めいた町模様となっている。殺風景な景色は人の認識力を惑わし、この地区の全容を把握している者は誰一人していないという。


現在彼のいるポリマ通りはそんな「ヴァーゴ」において最も有名な区画であり、境目に建てられた馬の銅像「キャーロット」は一種の目印ともなっている。そしてこのポリマは悪名も高い区で、ヴァーゴの中でも治安は特に悪く、ガラの悪い若者や、犯罪者の巣窟となっていると言われている。


彼の知るブローカーの潜むアジトへの道筋は京介の頭の中にあったので、行くこと自体は容易に思えたが、一つ問題が発生した。歩みを始めて数分、自分が何者かに尾行されていることに気づいたのだ。


「二人…いや、三人か。まさか獅子王財閥の連中か?」


京介は歩くスピードを速め、尾行者を撒こうと考えたが、彼らはしつこくつきまとってきていた。その内、彼は細く、人通りのない裏路地に入り込んでいた。そして、ある路地の曲がり角でついに、尾行者の手が、京介の肩におかれた。


振り返ると、立っていたのは明らかに堅気の人間ではない三人組の男たちだった。


「な、なんですか?」


京介が怯えた様子で問うと、男たちは嗜虐的な笑みを浮かべた。


「実は俺たち、金がなくて困っててよ…。良かったらカンパしてくれねぇか?」


「え?え?無理ですよ…僕も今は金がなくて…。」


「嘘つくなよ。そんな上等な服着ていながら騙されると思うか?いいから早く出せよ。」


そう言って、リーダー格の男はポケットから取り出したバタフライナイフを向け、催促した。


「は、はい。わかりました。」


右の内ポケットの固い感触を確かめ、取り出しかけて京介は手を止めた。そしてすぐに左の内ポケットに手を入れ、柔らかい安皮の財布を取り出した。


「あの、あなた方が欲しいのは現金だけですか?」


「そうだな…カードももらってくか。そのモノクルも高く売れそうだな。」


カツアゲ男の笑みに、京介も愛想笑いを返す。男が取り上げようとした瞬間、京介は財布を落としてしまったため、男は舌打ちをしながら拾うために腰をかがめた。その瞬間、京介が男の頭を掴み、顔面に向けて強烈な膝蹴りを食らわせた。骨の砕ける鈍い音が響き、血が飛び散る。倒れる男を踏み台にして、京介は二人目の男の首筋に飛び蹴りをお見舞いした。


「え…な…。」


瞬く間に二人の仲間が倒されて呆然とする三人目の男のみぞおちに拳を打ち込むと、嗚咽をする男にポケットに入ってた2ドル50セントを投げつけた。


「治療費だ。その二人を医者につれてやってくれ。ケガを負っている。」


着崩れたスーツを着なおすと、モノクルを外し、付着した血をティッシュで拭き取った。最後に財布を拾い上げ、右のポケットにしまった。


その時だった。突如、心臓を一突きされたような感覚が京介を襲った。身体を見渡すが、傷はない。だが、何者かに見られている気配がしていた。


何らかの「能力」によるものかもしれない、と思いつつも、その気配はない。この場にいるのがどうも居心地悪くなった彼は、反転し、小走り気味に駆け出した。


「痛っ!」


曲がり角で突如現れた人物とぶつかり、京介は思わず尻餅をついてしまった。


「大丈夫か?」


ぶつかった相手の方はなんともなかったようで、立ったままの姿勢から手をさし伸ばしてきた。京介は好意に甘え、その手を握り返し、起き上がった。


「すまない。少し急いでいたもので…。」


「気をつけた方がいいな。ここら辺は曲がり角が多いから出合い頭にぶつかることがよくある。」


無愛想な声で、相手は注意した。ここで初めて京介は相手と正面から向き合ったのだが、意外な容姿に少なからぬ衝撃を受けた。


若い青少年、と一言で言い表せたが、実際はより複雑な存在に思えた。身長は京介より一回り小さく、体は細く見えた。恰好はラフだが珍妙なもので、下はナチュラルダメージというにはボロボロなジーンズと、上はヘソを出したTシャツを着ていた。夏前とはいえ、まだ肌寒い季節でその恰好は冷えると思うのだが、故にかそのTシャツの上からジャケットを羽織っており、何をしたいのかよく分からない服装と言えた。


容貌の方はより強烈な印象を与えた。女性のショートほどの長さの髪は美しい黒色をしていたが、よく見ると油でコーティングされており、それが本来の美しさを台無しにしていた。対照的に肌は白かったが、こちらも汚れが目立っていた。


その中で一際目立つのが、燦然と輝く碧色の両の眼であった。宝石のような煌めきのそれは、しかし見る者を射抜く、日本刀のような鋭さを持ち合わせていた。


「君は日本人か?」


自信なさげに京介が問うと、相手は笑みもせずに英語で返す。


「ここが日本だっていうなら、俺は日本人になるだろうな。両親も俺も生まれも育ちも本土かここさ。あんたこそ日本人か?観光客には見えないが。」


「そうだが、ビジネスマンで、この島で働いている。」


「ビジネスマン?こんな所でビジネスなんて、まともな仕事をしているようには思えないな。腕っぷしも相当強そうだしな。」


少年が先ほどの裏路地に倒れている三人組を指さした。


「まぁ、ここら辺でストリートファイトなんて珍しくもないが、厄介ごとに巻き込まれる前にさっさと退散した方がいいぜ、お互いにな。」


寒さを逃れるようにジャケットのポケットに手を突っ込み、少年は去っていった。堂々とした後姿に、京介は思わず魅入ってしまった。そして彼に続いて去ろうとした時、異変に気付く。スーツのポケットに入れていたはずの財布が行方をくらませていたのだ。


「ない…ないない!どういうことだ!」


辺りを見渡して、落としたわけでもないことを確かめると、すぐに思い当たる節があった。


「あの野郎…。」


京介はさきほどの少年の向かった道へ向けて駆け出した。スリ、だ。ぶつかられた時にポケットから抜き取られたのだ。恐ろしいスピードだが、驚くことではない。以前、似たような経験があり、用心していたのにまたやられたのだ!苛立ちと焦りが京介の心を蝕んだ。

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