スピンオフ VS D店 クーデターへの道 (後編)
私はそんなD店常連と協力し、新台の考察&推察をするようになりました。
D店当初、私は
《クーデターを起こそう》
などという考えはありませんでした。
ただ、頭のイイ少し自惚れたこの常連連中に
《ホンモノを見せてやる!》
というようなことを思っていました。
D店常連連中も皆が
《私のような男は初めてみた!》
と、口を揃えて言っていたのを記憶しています。
私が通い始めた頃、彼達は
《確率偏差表》
《期待値》
さらに
《師の話》
などと、私に自慢話のように
《俺はもっと知っている!》
《もっとすごい!》
的なことを言っていた彼らですが、D店で私の実力を認めてからはそんなことは一言も言わなくなりました。
それはそうでしょう。
《あの人はすごい!》
そう言っていた人は2017年には誰1人存在していないのだから。
それどころか、これより1・2年ももたない輩がほとんど。
その程度の話。
こうして、私はD店常連達を束ねるようになっていきました。
私はこれまで、D店常連のような高学歴な人々と接する機会はありませんでした。
彼らは確率偏差表などを用いて、Aタイプを打ち設定看破に役立てていたのですが、今で言うツールのようなモノです。
アナログな時代にも彼らはそうやって設定看破に努めていました。
私は彼らと共闘するようになり、彼らが如何に優秀なのか理解を深めていきました。
私にはないモノを彼達は沢山持っていたのです。
彼らから
《過信》
《固定観念》
を取り除くと、まるで
《水を得た魚》
のよう。
その中でも1人、図抜けた鋭さを持つ男がいました。
私がこれまで(約18年)見てきた中でも、彼は異才を放ち極めて優秀でした。
少し偏屈な性格でしたが、仕事内容は優秀の一言。
私は皆の
《固定観念》
と言うモノを粉々に砕き
《何事にも囚われない》
という自由な発想を作りました。
彼らの固定観念(石頭)はナカナカ砕くことは難しかったのですが、私を認めたのをキッカケに自由な発想を持つように徐々に変わっていきました。
私と各機種の特徴を推察し、共に早く並んだり考察したり…
私はこうして、D店で黄金時代を築いていったのです。
しかし、1年も経つ頃にはD店の設定状況も渋くなっていき、10人以上いる常連の中でも
《上手くいく人》
《上手くいかない人》
とで、ハッキリと別れてきます。
私は、助かる見込みのない者は見捨てました。
私からすれば、元々そこまでする義理はなかったので当然のことなのですが…
これにより、不満分子が生まれたことは間違いありませんでした。
不満分子がドラゴン先生側につき、あることないこと言いふらせば、私の築いた城は簡単に陥落。
私はこの時のことを物凄く反省しています。
皆に持ち上げられるようになり、私も自惚れていたのでしょう。
私は
もう長くはもたないだろうというD店状況を把握することをせず、他のホールを探しもしない…
《古いモノにしがみつく》
このスタイルは到底今まで自分がやってきたモノとは違います。
この時には、もう次の一手を打ち出すタイミングだったのです。
しかし私は、完全に我を忘れていたのでしょう。
D店に執着しすぎでした。
この時のことを‘不覚’と強く反省。
もう二度と戻ることはないあのD店グループ。
仕事ができることと、優秀とでは意味合いが違いますが…
彼らは優秀な打ち手でした。
共に共闘しましたが、結局の所は‘物別れ’。
しかし
彼らの居る場所はこのような所ではないはず。
正確に言うと私はクーデターで敗れたわけではありません。
己の甘さに負けたのです。
事実、その時既にドラゴン先生は死んでいたといっても過言ではありません。
結局の所、己を過信しすぎた自分自身が最大の敗因なのです。
道は違えど、D店グループの皆が世の中で活躍することを願っています。




