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なりわい  作者: とら
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とら外伝 ~回想~ 在りし日


新装開店


リニューアルオープン


グランドオープン



私達プロは各地でこのようなイベント事があると同窓会のように一堂に会するものでありました。


しかし、この話は‘今は昔’と言えるでしょう。


なにしろ、そんなに長いことこの生業を続ける人々は少ないのだから…






私達にとっても皆が集まるこのようなイベントは‘お祭り’のようなモノ。



各地より集まりまるで同窓会のよう。



ホールの状況も様々(さまざま)で、もの凄く良いところもあれば、サッパリの所も沢山ありました。



私の時代(1998~)では当たり外れのあるお祭りごと、そんな認識だったのですが、私が高校生(1990)の頃にはもっとホンモノの‘在りし日の鉄火場’状態があったのです。



新装・リニューアル・グランドといえば、ガラの悪そうなパチプロが先陣を切って並んでいました。



その中に


《島娘編スピンオフ》


で登場した‘古豪達’は、既にプロ人生をスタートしています。



ここからの話は高校生(1990頃)の私が見たものと古豪達の話を聞いた、当時の懐かしいパチンコ事情の話です。



そもそも当時のパチプロは新装巡りをしていたそうです。


当時の新装初日は大概が18時オープン。



おおよそ、3~4時間の営業でした。



スロットは1.5号機~2号機が主流の時代。



全台モーニングは当たり前

、ビッグボーナスorレギュラーボーナスorフルーツの集中などがよく仕込まれていました。


パチンコも激甘釘調整です。


特に新台に限ってはあり得ない程の甘釘調整。


新装開店の先頭集団はこぞって新台の一発台コーナーへと走っていきます。



その頃の新装では3時間も打てれば、1人頭2万以上の利益があったそうです。


1日並び、3時間程稼働し2万円~になれば、イイ稼ぎだったでしょう。




勿論、ネタ系はもっとよかったのでしょうけど…





当時の新装開店がハズレることはあまりなかったと思われます。


今からでは考えられません。



古豪達は古参のパチプロ達(師匠)と新装巡りをして仕事を仕込まれ、荒稼ぎしていたとのこと。



この時のことを彼達は



《楽で収入が安定しいて、あの頃はよかった!》



と言っています。




当時、ホールの新装開店による理念は


《還元》


だったのでしょう。



何もわからなかった私も、新装開店には胸躍らせて並びました。


スロットを打てばモーニングだったり、パチンコを打てば甘釘だったりと至せり尽くせり。



まあ、当時の私には甘釘の意味もスロットの設定などもサッパリわかりませんでしたが…



その中をパチプロ達は、キッチリと新台選びして立ち回っていたのでしょう。



そのホール内は、まるで


《生け簀の中にサメを飼っているよう》


だったはずです。



良さげな台は彼達のようなグループに占拠されてしまうのだから。




それでも


今一度、このような新装開店を迎えてみたいと思うのは、きっと私だけではないでしょう。





本来、ホールの新装開店とは、このようにあるべきだと思います。




煽るだけ煽って、サッパリの新装開店などは見飽きたのだから。


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