VS B店(中) 逆転
B店は、4号機全盛時代は統合的に見ておそらく、県内ナンバーワンのホールだったと思います。
それだけ、超がつく優良店でした。
しかし、4号機末期時期になると営業形態が大きく変わっていきます。
それは、ホール自体の営業方針が変わってきたということでした。
ホールというのは慈善事業ではないので、利益を上げてなんぼです。
その日、その週、その月単位でどれぐらいの稼働があり、利益があるのかは簡単に表すことができます。
そう…
数字という圧倒的な有形の表し方があるのです。
4号機のAT機真っ只中では、圧倒的な集客能力を誇っていましたが、4号機末期頃にはB店ですら、落ちてきたのが私にもわかりました。
集客するためにホールがしたことは、真新しいイベントを打ち続けることでした。
このイベント内容はホールスタッフによる考案が多かったのですが、考案したイベントにもアタリハズレがあります。
アタリハズレがあるのは我々打ち手ばかりではなく、実はホール側にもありました。
アタリのイベントを考案すれば、考案者の実力が個人の成績として、認められたのだと、後にスタッフに聞きました。
ここで、ある一兵卒のホールスタッフが劇的に躍進をしていきます。
通常ホールスタッフから役職へ上がるには、それなりの順序と期間を踏んで上がるものですが、彼→藤はトントン拍子に昇格していきました。
彼の考案したイベントがアタリに当たったのです!
しかし、彼の手柄でないモノも彼の手柄となっていったりと、かなり非情な人間性がうかがえました。
藤がホールスタッフだった頃、私は島娘の放浪をしていたので、私自身はほとんど面識がありません。
その頃、B店では横柄な常連のスロプロ達が大威張りでホールスタッフに対応していました。
彼等は、当時ホールスタッフだった時の藤に、ことあるごとにクレームを何度も突きつけていたのです。
藤は役職になってもきっと当時のことを覚えていたに違いありません。
4号機末期時期に功績が認められ役職へと昇進。
役職になった藤は、何人かの常連のスロプロを出入り禁止にしました。
彼等は確かに横柄でしたが、クレームをつける内容は的確で明らかにホール側に落ち度がありました。
しかし、出禁にされてはどうしようもありません。
これを機に、一気にホール内の力関係が傾いていきます。
《客がホールを選ぶのではなく、ホールが客を選ぶ》
ホールに選ばれる客の大半は、スロット・パチンコに理解のない人。
言わば
《イイお客さん》
我々のような輩は言わば
《いらない客》
なのだ!
なんにも知らない善良な客をがっちりとカモにし、どこがクリーンな営業なのだろうか?
私は
《我々を殺すならホールで殺すべきだろう》
そう思っていました。
ホール内ですべてを握るのは、ホール側なのだから。
私はB店常連のようにホールスタッフに横柄な対応は、ほぼしていませんでしたが、都合のイイ時だけ我々のような輩を使い、いらなくなったら出禁では、やるせない気持ちがあります。
我々は今まで、一般客に出玉をアピールするのに使われただけなのだろう。
今度はイベントのガセを理論的に指摘すると…
《出入り禁止》
イベントが完全にガセっても文句を言わない、そもそもガセっていること自体に気づかないような客を歓迎するホール体制になっていきました。




