VS シオサイ デビュー後のとら①
Since1999
私はスロット生活者になる以前から
この生業に対して
何度も同じ問いを投げかける
【勝つために一番チャンスのあるところはどこか?】
今尚、自問自答し続ける
17年前から変わらぬ自分の答えより
納得できる答えを求めて
ここに私の初心と信念があるのだから
時は今(2016)より、15年以上もの前の話です。
私は仕事を辞めるつもりなど毛頭ありませんでしたが…
自分の身勝手でついに仕事を辞めてしまった。
20歳で結婚、その1年後にはお父さんになっていた私は27歳になっていました。
妻と子供が二人
なんとかして生計を立てねばなりません。
そのような状況ではあったのですが、私には前々からスロットで本気で稼いでみたいという願望がありました。
諸事情により会社を退社してしまい、その願いが叶うことになるのでした。
プロ初戦の相手に選んだ機種は4号機の
‘シオサイ30’
Aタイプの沖スロです。
この機種にはこれまでもお世話になっていたので不安などは全くありませんでした。
もちろん、先行きは不安でしたが…
この機種はいわゆる‘減算値’なる機能がついていたので、ある手法をとると設定判別(5•6)が容易にできました。
今では考えられない機種です。
私がデビューしたときには既にこの判別法を極めていました。
基本的にはビックボーナス(レギュラー不可)後にハッキリわかる方法がメジャーでしたが
私は通常時(ビックボーナスを引かなくても)判別も極めていたので、設定5•6以外は見極めも早くほぼ打たなくていい状況でした。
いくつかのホールの特徴もほぼ掴んでいて、通うホールには当分困ることはありません。
これまでの延長線上で、すべて準備は万全に整っていたのでした。
主に月曜~金曜までをメインとした稼働で勝負していこうと考え、覚悟を決めて相対していきます。
*当時、土日は客が多いうえに設定(5•6)を使わない傾向。
平日そのホールでのシオサイの設定配分は1列12台が4列あり、その内設定5が各列2台づつあるような戦況でした。
*当時のプロ連中複数で探していたので5•6の設定配分は丸わかりでした。
残念ながらその時期に設定6はほぼ皆無。
しかしながら、ほぼ毎日設定5を掴み閉店まで打つことができました。
payout(機械割)
フル攻略(通常時の小役狙い+ビックボーナス中のリプレイハズシ)
設定5→約110%
設定6→約116%
設定5を掴み1日8000回も回せば日当は約4万(期待値)
これを1ヶ月中→15日も掴めれば約60万
低設定を打った分と経費を差し引いても十分な収入になりました。
実際には月に20日以上掴んだ+たまの設定6もあったので当初の予定より収入を上回るときも多々ありました。
私は約二年間(プロデビュー前)のセミプロ時代を経て当時ずっと思っていたことがたくさんあります。
プロフェッショナルとは何か?
皆さん
この問いを深く考えたこと
ありますか?
私の知る限り
当時、この問いに呼応しているスロプロ&パチプロは、ほぼ皆無に等しい状態。
プロであることを口には出すが、行動がともなわない。
《ただ自分の自由気ままな生活をしているだけ》
《やりたいときにスロットを打ち、遊びたいときに遊びに行く》
そんな感覚なのだろう。
言うは易し行うは難し
これのどのあたりがプロフェッショナルなのだろうか?
一般的に
‘毎日遊んでいる人’
と解釈されても
‘もっともだ’
というしかないだろう。
仕事内容一つとっても
探究心に乏しく発想自体が貧困なのである。
この裏には
【勝てばなんでもいい】
その日の勝ち負けばかりを重要視して、本気でこう思う人が多かったのだ。
【ホールの戦況を冷静に分析し、明日の狙い台を絞る】
これはプロフェッショナルならばあたりまえで、ほぼ毎日の日課になるはず。
このようなスロプロは私の周りではほぼ皆無だった。
皆一様に
‘勝てば官軍負ければ賊軍’
なのである。
いまでも…
私のいたスロプログループは技術・知識とも県内最強で県下一だったと思います。
後に各地域で色々なタイプのプログループとやり合ってきたので、私にはそういえるだけの経験があります。
このグループにも繁栄と荒廃そして衰退がありました。
《スロプロとは所詮自称》
《免許も資格もいらない》
つまり、プロと名乗るのに何もいらないのだ。
しかし、結局のところ自分が自分を経営しているのである。
自分を経営している以上、経営方針がしっかりしてなければ上手くいくはずがない。
私は仕事をしていながらもずっとそう思っていたのでした。
しかしながら、仕事をしていた私の論理は全く受け入れられることは無く…
戯れ言扱いもいいところで
【プロじゃない人にはわからない】
的なことも言われてきました。
いざ自分がプロとなり3ヶ月もしっかりとした結果を残すと、私の方法論は賛否両論になっていきます。
デビュー当初は他にも4号機の‘花火’‘大花火’などを筆頭に他店のイベントなどで、他機種もちょこちょこと打ちました。
時代は‘目押し’さえキッチリできれば誰にでも勝てる技術介入時代のど真ん中です。
こうしてデビュー当初は無難な滑り出しをするのですが……
3ヶ月もたった頃、いつもシオサイを打っていたホール→A店でイベントが始まり、他地域の設定判別軍団と初のシオサイ戦争が勃発するのでした。
スロプロに平穏な毎日なんてありえないのだから。




