若輩者 デビュー前⑧
私は会社に入社し、最初の部署で約6年間お世話になった職場の上司と仕事を教えてくれた、おじさん先生に今でも感謝しています。
そもそもどうしようもなかった私に‘仕事とは何か’を身をもって教えてくれました。
私の働いていた工場は今でいう
《ブラック企業》
などではありません。
給料もそこそこ良く、世の中の好、不景気にあまり左右されることの少ない職種でした。
今でも安定した企業です。
最初にいた部署では‘小生意気な’私を皆、可愛がってくれました。
私が部署異動した理由は、新しく配属されてきた課長に気に入られなかったのです。
この課長は
仕事が出来る出来ないは二の次で、自分の出世を妨げる可能性がある不文律因子の私を煙たがるのでした。
入社した当初の課長は、昔気質の人柄で細かいことを言わず、与えられた仕事をこなせば何も言うことはありませんでした。
言わば、アットホーム的な職場。
しかし、代わった課長は野心家で目をギラギラさせていました。
私は野心家を初めて見て
《心の無い人》
に見えました。
人の気持ちなどは関係なく、完全に理詰めにみえたから。
今考えれば、高卒のたたき上げで、上を目指す野心家の課長の気持ちもわかります。
ただ単に彼は仕事に対して本気だったのです。
それに比べ私は、右も左もわからない、いいかげんな若輩者。
そんな課長のことなどはお構いなし。
たかだか高校をやっと卒業しただけの私に何を求めていたのかわかりませんでした。
私が部署異動するのに対して、私を可愛がってくれた直属の上司は慰留するように何度も懇願してくれました。
これは後に話してくれた話です。
それにより、1度は異動が取りやめになりましたが、
他の課で
《若い人材が欲しい》
となれば、やはり私の名前が1番に挙がります。
いずれ異動に出されるのは明確な状況だったのです。
そんな経緯での他部署への異動。
私は、この上司とおじさん先生に私生活の面でもお世話になっていたので送別会の席でのスピーチで感謝の言葉を述べて異動していきました。
異動先では、最初いた課とは雰囲気もガラッと変わり皆が無関心。
《人のことなど気にもしない》
私にはさっぱりわからなかった。
ここでは、皆が皆ではないのだが基本、仕事で協力などしないのだ。
前の課では協力するのは当たり前だったので、非効率な方法論にしか思えませんでした。
そんな他人行儀のこの課は、仕事が前の課よりも大幅に楽でした。
《これで同じ給料?》
本気でそう思えました。
世間知らずでイマイチ空気が読めてない私は‘仕事が楽だ’ということを、そのまま話したので気分の悪い思いをした人もいたでしょう。
しかし、前の課で必死に働いている皆のことを考えると黙ってはいられませんでした。
そもそも、この課は仕事が楽だという噂があったのですが、それを体感して確信しそう思ったのです。
私のこの対応もまずかったのだろう。
徐々に新しい上司の対応は‘人を小馬鹿にする’ようになり
《お前は使えないから来たんだろう!》
と、一言。
私はそんなこと言われて黙ってなどいられなかった。
次第に上司との確執が生まれてくるのでした。
しかし
私は上司に1度も経験のない仕事ばかりを命令され、失敗すれば罵倒される。
所詮、私は‘カゴの中の鳥’でした。
これを約2年間も繰り返せば、私の人格はおかしくなっていきました。
1度も経験のない仕事を命令され、失敗なくこなす人などはいないだろう。
私の悪い所も多々あるのはわかりますが、ただの高卒でそんなに優秀でない私を安い賃金で上手く使うのが上司たる者の仕事。
これにより、私は決意します。
《窮鼠猫を咬む》
次に無理な命令をされたら
《やってられるか!》
ブチキレよう。
そうなる前に妻とはイロイロ相談しました。
妻は顔色の悪い私を見て
《1度きりの人生なんだから好きにしな》
と言ってくれたのを覚えています。
いちいち嫌味を言われ頭にきて3日間ほどよく眠れなかった日の夜勤前のミーティングで、その瞬間は訪れました。
人を小馬鹿にした笑い方で
《お前は発表!》
なんでも嫌な仕事ばっかりを押し付けられて
ついに!
《やってられるか辞めた!》
上司はびっくりした様子でした。
解放感
帰ってその日はよく眠れました。
私は、この上司の班の運営を問題にはしませんでした。
正直、どうしたらいいのかわからなかったのです。
犠牲者は私の後も出ていました。
私は問題を提起し、対処すればよかったとの後悔の念に今でも駆られています。
自分の無念と他の犠牲者の存在に今でも許すことはできないから。
私が辞める時にもう1人恩人がいます。
異動先の課で可愛がってくれた工務のおじさんです。
私が辞める旨を伝えると
《辞めるなんていうなよ!》
《俺のとこ(工務課)にこいよ!》
手先の不器用な私を誘ってくれました。
涙が出るほど嬉しかった
私のような者のために工務課長にまで掛け合ってくれていたのです。
私は丁寧にお断りしましたが、お礼を言って会社を去りました。
今でも勤務先でお世話になった方々に感謝の気持ちを忘れてはいません。
それと同時にあの上司に対する怒りも忘れられない…




