恋するニワトリ
昔々あるお庭に、二羽のニワトリがいました。お庭に住んでいた小さなニワトリと、大きなニワトリは、それぞれすてきな恋をして、すてきな卵を産みました。
「私が産んだこの小さな卵は、きっととってもすばらしいものに違いないわ。大切に育てましょう」
小さなニワトリは、自分の卵を毎日身体で包んで大切に温めました。
「やあやあ小さなニワトリさん。昔みたいに、あの草原に遊びにいこうよ」
ある時、お庭の外からやってきた他所のニワトリにそんな風にさそわれました。でも、小さなニワトリは自分の卵が気がかりだったので、残念でしたが小さく断りました。
同じお庭で、大きなニワトリもまた、同じように自分の大きな卵を育てていました。
「私が産んだこの大きな卵は、きっととってもすばらしいものに違いないわ。大切に育てましょう」
「やあ、君の卵はとっても大きいね。これは、とってもすばらしい雛が産まれるでしょう」
お庭に遊びに来た他所のニワトリ達は、大きなニワトリの産んだ卵の大きさにおどろいて、皆ほめちぎりました。大きなニワトリもほめられて悪い気はしなくって、自分で産んだ卵を誇らしく思いました。
「昔みたいに、あの草原に遊びにいこうよ」
彼女もまたある日、他所のニワトリにそうさそわれました。大きなニワトリは卵が気がかりだったので断ろうとしました。でも、「それだけ大きかったら、卵の場所を忘れてもすぐに見つかるでしょう。見失ったりしても、きっと大丈夫」という言葉にそれもそうだと思い、彼らといっしょにちょっとだけ遊びにいくことにしました。
「私が草原から帰ったら、きっと温めてあげるから、いい子で待っててね」
自分の卵にそういい残して、大きなニワトリはお庭を離れるのでした。
お庭にいる二羽のニワトリは、自分達の卵にとってもすてきな恋をしました。
「この卵は、私が産んだとってもすてきな卵なの。とってもすばらしい雛が産まれてくるに違いないわ」
二羽とも、自信まんまんにそういってはばかりません。これが面白くなかったのが、他所からきたニワトリです。
「でも…小さなニワトリさん。あなたの卵はとても小さいねえ。馬鹿にするわけじゃあないんだが…」
そんな風に前置きして、他所のニワトリは小さな卵を馬鹿にしはじめました。
「産まれたとしても、きっと小さな雛しか産まれないでしょう」
「あら、失礼しちゃうわ。小さな私が産んだ卵ですもの。たとえ世界中で一番小さな卵だとしても、誰よりも大きな愛情を注いでみせるわ」
そんな風に言い返せたら最高でしたが、あいにく小さなニワトリは小さな声しか出せません。仕方ないので、小さな声で謝りました。
「昔みたいに、あの草原に遊びにいこうよ。遊ぶ時間は、今しかないかもしれないよ」
そんな他所のニワトリの言うことももっともでしたが、小さなニワトリはやはり自分の卵が気がかりだったので、小さく断って大切に温めることにしました。ですが、こうなっては他所のニワトリはますます面白くありません。他所のニワトリは、もっといじわるなことを言ってやりたくなりました。
「卵、卵って。そんなに卵が大切なのかい。産まれないかも知れないんだぜ」
「「え?そうなんですか?」」
お庭に住む二羽のニワトリは庭から出たことがなかったので、卵が産まれないかも知れないなんて聞いたこともありませんでした。他所のニワトリは不安がる二羽を見て、得意げになって話し出しました。
「ああ。私も昔立派な卵を産んだことがあったがね。皆は『立派な雛』が産まれると喜んでくれたが、私は本当に『立派な雛』が入ってるのか、疑ったわけじゃないが、確かめたくなってね。ある日、ちょこっと卵を割って中を見てみたんだ。そしたら、中に何が入っていたと思う?」
「雛が入ってるんじゃないんですか?」
二羽のニワトリが唾を飲み込みました。他所のニワトリがニヤリと笑って答えます。
「いいや。中に入っていたのは…なんとドロッドロの液体だったのさ!半透明と、黄色の混じった、恐ろしく気味が悪いものだった!」
「そんな!うそでしょう!?」
「いや、確かにドロドロの液体だった。私は皆に騙されたと思ったね。『立派な雛』どころか、ありゃあ、雛の形もしていなかった!ひどくがっかりしたものさ!」
他所のニワトリの話を聞いて、二羽のニワトリはブルブル震えだしました。
「そんな、信じられないわ。私はニワトリなんですよ。ニワトリが産んだ卵に、雛が入っていないだなんて…」
「じゃああんた、卵の中身を確かめたことがあるのかい?」
「それは、ないですけど…」
「そうだろう。私は昔確かに、卵の中身が液体だったのを見たんだぜ。ドロッドロの液体が、どうやったら雛になるって言うんだい?」
そう言って、他所のニワトリは帰っていきました。その話を聞いてから、二羽のニワトリは泣き出してしまいました。
「私のあの大きな卵も、本当はただの液体だったらどうしよう…?」
「そんなことないわ。私達はニワトリなのよ。きっとこの卵の中にも、かわいい雛が入ってるに違いないわ」
だけど、二羽は怖くって、結局卵の中身を確かめることはできませんでした。その晩、二羽は怯えながらも卵を身体でしっかり温めて眠りにつきました。
「この卵の中身は、きっとすばらしいもの。だって、ニワトリの私が産んだすてきな卵なんですもの」
小さなニワトリは、小さな卵が大好きだったので、もしかしたら…なんて中身を疑いながらも、毎日いっしょうけんめい自分の身体で卵を温めました。
一方で大きなニワトリも、大きな卵が大好きだったのですが、もしかしたら…なんて疑いが頭を離れなくって、次第に卵に熱を上げることから遠ざかっていきました。
「だってもし時間が来て卵が割れて、それがドロドロの液体だったら私、耐えられないわ!」
「落ち着いて。他所は他所よ。きっと大丈夫」
小さなニワトリはそう言って大きなニワトリをなぐさめました。だけど、小さなニワトリもやっぱり、疑いが頭を離れたわけではありません。でも、大好きな卵を信じるしかなかったのです。
薄いようで厚い殻に包まれた卵は、外からは中身が見えません。
中身が雛だなんて、誰にも保証はできませんでした。
でも、中身を信じて温めることしか、小さなニワトリにはできなかったのです。
「この卵は、きっととってもすばらしいもの。大切に育てましょう」
小さなニワトリはそう言って卵を大事そうに包み込みました。大きなニワトリはというと、卵が大きかった分、中身が雛じゃなかったときのショックが怖くて、そっと卵から遠ざかりました。
「私の愛する卵が、ちゃんとした形にならないなんて、そんなひどい話ってないわ!」
そう言って、大きなニワトリは他所のニワトリの元へと遊びに行くことが多くなりました。でも、あまりに大きな卵だったので、もしかしたら…なんて期待も大きくて、卵を捨てることさえできませんでした。お庭のすみに転がったままの卵は、温めることを怖がって、時々思い出したように触る程度になりました。それから死ぬまで、大きなニワトリは自分の卵とそんな感じで暮らしていきました。大きな卵の中に何が入っているのか、誰にも確かめることはできません。大きなニワトリも、死ぬまで確かめようとはしませんでした。
さて、毎日毎日、疑いながら必死で温めていた、小さなニワトリの小さな卵は、ある日自分から勝手に割れました。ずっと温めていたら、あっけなく割れてしまいました。小さなニワトリは驚いて、割れていく小さな卵をじっと見つめました。すると中から、小さな小さな、かわいらしい雛が顔をのぞかせました。小さなニワトリは心からホッとして、大好きな雛をぎゅっと抱きしめました。いつのまにか泣いていることに、自分でも気づかないくらいでした。
「やぁ、おめでとう!」
するとそこへ、他所のニワトリが通りかかり、産まれた雛を見て祝福してくれました。
「君の卵は、『はずれ』じゃなかったってわけだ」
「あら、失礼しちゃうわ。私の子供に向かってそんなこと言うのは止めてください!」
小さなニワトリが大きな声で鳴いたので、他所のニワトリもびっくりしてしまいました。慌ててお庭から逃げ出すとき、他所のニワトリは負け惜しみに、
「でも、そんな小さな雛だったら、ちゃんとニワトリに育つのか怪しいもんだねえ。私は、途中で死んだ雛もたくさん見てきたんだよ」
なんて悪口を言い残して去っていきました。
だけど、小さなニワトリはもう怖がったりしませんでした。
「そんな風に言われたときどうすればいいのか、あなたが教えてくれたのよ」
そう言って小さなニワトリは、産まれたばかりの小さな雛をぎゅっと抱きしめました。小さな雛は腕の中で、ひときわ温かく感じられました。
燃えるように熱い血の通った雛は、外からは中身が見えません。
これから小さな雛がどんな風に育つのか、誰にも保証はできませんでした。