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第4話:宿泊客達3

「へぇ。それじゃ谷口さんはサメを間近で見たこともあるんですか」

「あぁ。あん時は大変だったな。エンジンが故障しかけて、一時はどうなるかと思ったよ。気持ちの悪いクラゲの大群がうじゃうじゃ押し寄せてきたりしてね」

「クラゲ! それは大変でしたね。僕、昔砂浜でクラゲに刺されてからすごく苦手なんです、無理なんです、絶対やなんです、クラゲ」

「……そ、そうか。そりゃあ…大変だったな。まぁ、エンジンは結局一時間くらいで治ったからよかったんだが。ネタになる話も聞けたし、いい写真も撮れたしな」

「写真?」

「あれ?谷口さんってカメラマンもやっているのかい?」

「ん?…あぁ、一応な。今回は取材オンリーだからカメラは持ってきてないが……」

「やるねぇ。カメラマンなんて、資格とかとるのも大変だったろう」

「いや、意外とそうでもないんだよ。まぁ、なってからはそれなりに大変なんだが」


谷口さんが僕等を集めてから約一時間。最初はただの取材だったのだが、段々座談会みたいになってきている。谷口さんも、初めは敬語を使っていたのに、わずか十分たらずで砕けた云い方に変わっていた。

今このロビーにいるのは、僕、直美、希利富さん、谷口さん、それからさっきやってきた新しい客二人だ。

まず、テーブルの右側のソファに座っている珈琲色のシャツの男性、神崎直樹さん。なんとあの有名なゲーム機、「グレイステーション」を世に送り出している超エリート会社「フィーズ」の正社員なんだそうだ。童顔で若々しい雰囲気を持っているから新入社員かと思ったが、今年で三十七だと云っていた。まぁ云われてみれば確かに、優しさの中に鋭い知性、冷静さを持っていそうな隙のない発言や行動が神崎さんのの振る舞いにはあった。……軽く流してしまったが、新入社員と三十七歳のベテランを見間違える僕の目って……。

もう一人は、左側のソファ、つまり神崎さんの向かいに座っているおとなしめな男性、志馬良平さん。抹茶のレザージャケットが小柄な身体を包んでいる。比較的おとなしめな性格で、自己紹介とあいづち以外はあまり喋らなかった。神経質そうな表情を顔に刻んでいて、こちらからも少し話し掛けがたかった。

と――。


ガチャ――


「こんにちは」

また多川さんが新たな宿泊客二人を連れてきた。二人共直美と同い年か少し上くらいに見える。

二人はすぐに僕等のところへやってきた。

「こんにちは、私、犬山さつきって云います。よろしくお願いします」

背は中くらい、黒髪のボブカットで、赤フレームの奥では大きめの瞳が輝いている。全体的に知的で可愛らしい印象を受ける。

「真民令です。よろしく――」

二人目は、どちらかと云うと長身で、ロングヘアーの金髪が目立つ。色素の薄い瞳は何だか妖艶で、吸い込まれそうな感じがした。

と、令さんと目が合った。にこっ、と微笑まれる。


ドキッ――!


急に、目の前がくらくらした。視線のやり場に困り、きょろきょろと目を落ち着きなく動かす。……なまめかしいような、妖艶な美しさがある。僕の心の奥底を見透かされたような、不思議な感じがした。どきどきしながら、軽く会釈する。もうパニック状態だ。

いや、別に僕が初対面の女の人に惹かれたとか、そんな僕が軽い奴だとか浮気者だとか、そういうことじゃなくて、僕には、そう、直美がいるし……って、そうじゃない!そうじゃなくて僕は……――!


ぎゅう……!


「どうしたの? そんなに顔赤くして」

満面の笑みで直美が聞いてくる。……額に血管を浮き出たして。直美の足が僕の足を踏み潰す。これは多分最大出力だ。……ぐりぐり。

「柳人君……顔、青いよ?」

希利富さんが心配そうに声を掛けてくれる。痛い痛い痛い!

「な、直美、その……」

ぐりぐりぐり。

「悪かった!謝るから……」

ぐりぐりぐり。

「止めて……」

ぐりぐりぐり。



◇◆◇◆◇◆




てくてくと廊下を歩く。

「ここがプレイルーム。で、こっちが物置で――」

僕と直美は、さっき二階へ上がった階段の横の通路を抜ける。その次にあるフロア、つまりこの建物の中心である食堂を挟んでロビーと反対の位置にあるフロアが……。

「あった。ここが『図書室』だね」

ドアのようなものは一切なく、明かりも廊下より少し明るめで、廊下からでも図書室内部がよく見えた。図書室には窓がないらしく、開放的なロビーに比べると重厚な感じがする。

ちなみに、さっきの僕の浮気(直美曰く浮気らしい……)の罰として、僕等は集合時間まで直美の行きたいところを中心に回ることとなった。割合としては僕と直美で1対9くらいだろう。まぁ、別にいいのだが……。


中に入る。図書室独特の匂いが僕達を包み込む。ほぼ左右対称にたくさんの本棚がずらりと並んでいた。

「すごい」

「うん。図書館並みの量だね、これは」

と。

「ん? ――――誰じゃ?」

右脇の本棚の陰から、一人の老人がおもむろに姿を現した。茶色の紋付き袴を着た、威厳のある老人だった。

僕はすかさず挨拶した。

「はじめまして、倉掛柳人です。どうぞよろしく」

すると、老人はどうしたことかいきなり目を見開き、口をわななかせた。

「竜子? ……君は竜子なのか?」

竜子? 一体それは誰なのだ。老人は僕の肩を掴んでがくがくと揺さぶるが、僕の記憶にそんな名前はない。

「あ、あの……」

このえもいわれぬ迫力を持ったはげ老人に何と云ったものか、僕が考えあぐねていると、直美が助け船を出してくれた。

「おじいさん、彼の名前は『りゅうこ』ではなく『りゅうと』ですよ」

「何?」

ぱっ、と僕の肩から手を離すはげ老人。反動で僕は尻餅をついてしまった。

「そうか、悪いことをしたな」

直前までの錯乱が嘘のようにあっけらかんとした口調ではげ老人は云って、そのまま図書室を出ていった。ぼけているのだろうか。

「何だ、今の?」

「色々あるんじゃない? きっと」

そうかな。僕にはぼけているようにしか見えなかったが……。


「今のは、瓦谷晋蔵様でございます」

と、図書室の入り口から低くよく通るバリトンの声が聞こえた。多川さんではないようだ。となると……。

僕達がそちらを振り向くと、一見その筋の幹部か何かに見える、黒スーツにサングラスのがたいのいい男が立っていた。身長も結構ある。

僕等が固まっているのを見て、男はまた口を開いた。

「突然、失礼致しました。私はこの館の使用人の瑚関です」

使用人、だったのか。このいかつい大男が。なんでこの館の使用人はしかめっつらな男ばかりなのだろう。阿音ちゃんがかわいそうだ……。

「そうでしたか。――あの、それでさっきのおじいさんは一体……?」

僕は気になっていたことを聞いた。

「柳人、聞き方が失礼よ」

「そんなこといったって……」

僕はいきなり肩を掴まれて揺さぶられたんだ、このくらいのことは聞く権利があると思う。

瑚関さんはちらりとこちらを一瞥し、視線を床に落として云った。

「瓦谷様は……申し上げにくいのですが、つい最近奥様を病で亡くされていまして。それから、少し心が落ち着いていないようですので、どうかお見逃し下さい」

「……そう、だったんですか」

その奥さんの名前が、竜子。妻の死を認めたくなくて、似た音の名前を持つ僕に、ああして必死に妻の影を見出だそうとしていたのだろうか……。

僕等は何だか申し訳ない気分になって、瑚関さんに会釈をして図書室を出た。




◇◆◇◆◇◆




「こんにちはぁ」

ロビーに戻ると、ちょうど多川さんが新しい客人達を連れてきていた。僕等と同じくらいの歳の一組の男女だった。

男の方は、現代の若者の代表格、今を生きるイケイケ青年のデフォルメといった感じの、ちゃらちゃらした服を纏ったひょろ長い体型のイケメンだった。髪は当然のように茶髪で、ウルフカットが嫌味な程に似合っている。

「よろしくお願いします」

僕等――ロビーには僕、直美、希利富さんがいた――の姿を認めると、口の端をくいっとあげて挨拶した。

「よろしく。――君、名前は? あ、僕は希利富っていうんだ」

早速希利富さんがイケメン男に話しかけた。

「飯田智です」

イケメン男、智は隣にいる女の子を肘で小突いた。お前も挨拶をしろという合図だろうか。

女の子は小柄で、内気そうな感じがした。正直智と一緒にいるのが不思議なくらいだ。

女の子は眼鏡越しに僕等を見つめ、云った。

「あ、ぇと、河野秋菜です。よろしくお願いします」

ぺこりと頭を下げる。


「さて、これで全員揃ったかな」

希利富さんが云った。

こうして孔雀館に集まったのは、僕、直美、希利富さん、谷口さん、佐伯さん、清子さん、神崎さん、志馬さん、さつきさん、令さん、瓦谷さん、智、秋菜ちゃん、多川さん、阿音ちゃん、瑚関さんの十六人になった。

五日間、楽しく過ごせるといいなぁ。





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